第九章 突然の…(6)
「そーちゃんねえ」
一つの帯のように連なっていくマシンを見つめながら祥太郎は言う。
「いつも上位に食い込めなくて、本当に苦労してたよ。
…でも今年は一皮も二皮も剥けて化けたね」
間違いなく真由ちゃんのおかげだよ、と祥太郎は笑った。
「俺さあ…」
真っ青な、それでいて少し秋の雰囲気を漂わせている空に向かって祥太郎は手を伸ばす。
「兄ちゃんと真由ちゃんが結婚するってずっと思い続けてた」
その発言に真由だけでなく大輝もかれんも驚いて祥太郎を見つめた。
「妊娠してるのがわかって…それを助けてくれるのはそーちゃんしかいないって思ったけど。
それでも真由ちゃんは兄ちゃんの大切な人っていうイメージしかなくて…」
祥太郎は空を掴むように手をギュッ、と握りしめる。
「俺が18歳ならあの時、本当に真由ちゃんに結婚を申し込んだのに…」
「凄い告白だな、それ」
大輝がすかさず突っ込んだ。
祥太郎は苦笑いをして
「結局は真由ちゃんはそーちゃんの元へ行ったけど。
そーちゃんと真由ちゃんって歳も離れてるし、そーちゃんが兄ちゃんほど真由ちゃんを愛してくれるか?と思ったら疑問だったんだよね」
祥太郎は視線をコースに向けると隆道と総一が決勝さながらのバトルをしていたので思わず息を飲む。
思わず、
「スゲーな、そーちゃん」
そう呟いていた。
そして視線を3人に戻すと
「…俺なら真由ちゃんを守る自信はあったからね〜。
…兄ちゃんが生きている時はいつも隣にいてくれる真由ちゃんが羨ましかった」
「祥太郎くん…」
真由は祥太郎を見て切なくなる。
真由は祥太郎が自分に好意を持っていたのは初めて会った時からわかっていた。
祥太郎はお兄ちゃん子のようにも見えていたからそれで真由にも親しく懐いている。
…そう、真由自身は思い込んでいた。
いや、思い込ませていた。
「けど、今日のそーちゃんを見て思った。
やっぱり真由ちゃんには俺みたいな奴よりそーちゃんみたいな人の方が合ってる。
そーちゃんは真由ちゃんを心から愛してるから…
相手がそーちゃんなら俺は勝てないや」
祥太郎は人懐っこい笑みを3人に見せて大きく伸びをする。
「真由ちゃん、いい人と結婚したね〜」
5歳も年下の、しかも思春期真っ盛りな祥太郎に言われるのは心中複雑だけど。
「ありがとう、祥太郎くん」
真由は思わず祥太郎の背中から抱きしめた。
お腹がかなり邪魔だったけど。
「でもね!!」
祥太郎はクルッ、と後ろを振り返ると
「真由ちゃんを殴ったのは許さない。
あれはそーちゃんやり過ぎ」
頬を膨らませて怒るところはまだまだ子供だった。
そしてレース。
予選が始まって早々トップタイムを隆道がたたき出した。
今の段階では総一は4番手。
「これでも以前と比べたらかなり良くなったよ」
祥太郎は各ライダーの様子を食い入るように見つめている。
真由はというと…
総一が目の前を通過する度に感嘆の声をあげる。
だって、今だにレースの事になるとちんぷんかんぷん。
予選の方法なんて色々あるからわからない。
以前、少しだけ総一に教えて貰ったけど。
結局忘れてしまった。
でも、そんな真由でも一つわかるのは。
まだ拓海が生きていた時の総一はサーキットでもそれほど目立つライダーではなかった。
けれど。
今はかなり目立つ存在になっていた。
確かに隆道と比べるとマシンも良くないし、まだまだ技術的に及ばないところもある。
けれど、時々それをカバーするくらいの駆け引き。
それを総一はやっていた。
見せる、のではなくて魅せる。
人を引き付けるライディングを総一はしていた。
「今日は特に気合いが入っているみたい」
祥太郎は嬉しそうに総一を見つめる。
ゼッケンナンバー9の総一はセッションギリギリまで走行していた。
隆道はベストタイムを出してさっさとピットインしてしまったが総一は何度もマシンを確認するように、そして出来るだけ隆道のタイムに近付けるように走行している。
久々に見る総一のライディングに真由は大興奮だった。
しかもじっくりと見られる。
お腹の子供も相変わらず興奮しているのか、お腹を蹴りまくっている。
結局、予選通過は2位。
明日の決勝はフロントロースタートだ。