第九章 突然の…(2)
−おかしい−
朝、電話を入れても真由は出ない。
総一はため息をつく。
今までこんな事はなかった。
何かあったのか…
友達が帰ってから体調でもおかしくなって立てないとか?
もしくは買い物に一人で出掛けて倒れたとか?
まさか誘拐???
賢司の妻、彩子に様子を見に行ってもらおうか…
レース前に胃が痛くなる話だ。
至と宿泊先を出て歩いていると
「そーちゃん、顔色が悪いよ?」
至が心配そうに総一の背中を撫でる。
「…うん、大丈夫」
そう言うが顔色が悪い。
もし、万が一。
真由に何かあれば。
…レースに出ている場合ではない。
総一は吐き気を堪えながらチームのピットに向かって歩いた。
今、それをみんなに言えば、話は早い。
…けれど言える訳がない。
そんな私情で、今まで頑張ってきた事を無駄には出来ない。
「そー…?」
賢司は真っ青な総一を見て息を飲んだ。
「大丈夫か?」
明らかに体調が悪い。
昨日、夜更かししたか?
いやまさかそこまで自己管理が出来ない総一ではない事を賢司はよく知っている。
けれどこのままマシンに乗せる訳にはいかない。
「ウォームアップは走らなくていい」
そんな賢司の言葉に総一は更に顔を青くして今にも泣き出しそうな表情を見せる。
朝一だから多少、気分のすぐれないときもある。
予選までに体調が戻れば…賢司はそう考えていた。
−走らなくていい…だなんて−
一方の総一は全てを否定されたのも同然。
今回、レースに出られない、という意味に捉えていた。
真由の事、レースの事、チームの事…
頭の中でそれらがぐるぐる回ってパニックを起こして膝から崩れそうになった時。
有り得ない声が聞こえた。
「そーちゃん〜」
ズルッ、と体が滑り落ちそうになって思わず至の肩を掴んだ。
「大丈夫?」
いよいよ倒れるか?
至は慌てて総一の体を抱きしめた。
「そーちゃん」
総一の眉間にシワが寄る。
そして自分の体を何とか真っすぐにしてゆっくりと後ろを振り返る。
「あ」
総一と一緒に振り返った至は短く声をあげた。
「おや、真由ちゃん!」
賢司の、嬉しそうな声が聞こえる。
真由が。
友達と共にサーキットへ来ていた。
総一と目が合って微笑む真由。
ビクッ
総一の肩が動いた。
「そーちゃん、駄目だよ!!」
至が叫んだのと同時に総一は凄い勢いで真由に近付くと
バチーン!!
両手で真由の頬を叩いた。
周りは一瞬の静寂。
補足です。
何故、真由のケータイが繋がらないんだろう?着歴からかけ直せばよいのに?と思ったお方もいらっしゃるかと思いますがこの話、ケータイが普及する少し前で設定しています。
だから電話は家の電話、公衆電話が主流です。
何故そのような設定かというと…
最初は真由と総一の今、この時代を現代にしたのですがこの物語の続きがかなり遠い未来の話になるのです。
今でもレースの世界は日々変化していて付いていくのが精一杯なのに未来なんて…わかるか。
そういった諸事情の絡みにより、過去の時代設定にしました。
うーん、時代設定は本当に難しいですね。