第一章 真由の妊娠(5)
真由はトイレに行き、検査薬を使う。
本当はこんな事をしたくない。
でも、あの人には逆らえない。
言い訳も出来ない。
…しかも。
子供出来てたらどうしよう。
未婚の母…どうやって子供を育てるの?
どうやって生活すればいいの?
手が震えて、中々勇気が出ない。
しばらく、真由は考え込んでいた。
総一はというと。
「もしもし、社長?」
真由がトイレに閉じこもっている間。
職場に電話を入れていた。
事情を説明して今、家にいることを伝える。
『…妊娠しているのか?』
社長、そしてロードレースのチーム監督でもあり…
真由が付き合っていた柏原 拓海の父でもある柏原 賢司がいつもは絶対に見せない困惑した声を上げた。
「おそらく、間違いないと思います。もし、検査薬で陽性ならそのまま病院へ連れて行こうと思っています」
そこまでする必要はない!
総一の中で誰かがそう叫ぶ。
でも!!
ここで誰かが彼女の背中を押さなければ。
絶対に駄目なんだ!!
総一は頭を振って
「とにかく、後でまた連絡します。彩子さんにも伝えておいてください」
彩子とは、賢司の妻で拓海の母である。
一応知らせておかなければいけない。
やがて真由がトイレから出てきた。
顔面真っ青。
検査薬にもくっきりとラインが。
総一はこみ上げてくる怒りを抑えられなかった。
「なんで?
なんで避妊しなかったの?」
口調がきつくなる。
「…わかりません」
真由は必死になって耐えていたけど、やがて涙がポロポロと零れた。
両手で顔を覆う。
そんな事、あの時の拓海に聞けるような雰囲気じゃなかった。
いつもは必ず付けていたコンドームを付けてくれなかった。
言おう、と思ったけど。
言えなかった。
拓海は今まで見せたことがないくらい、どことなく切ない表情で真由を抱いていた。何か様子が変だとは思ったけれど、そんな事、口にするのは真由のほうがおかしいと思ったし。
何より…
もしこれで子供が出来ても、結婚するからいいか…
そんな考えがあった。
まさか、その日の、日付が変わる頃に事故に遭うなんて、あの時は思いもしなかった。
そして次の日の朝。
拓海は亡くなった。
「ちゃんとする事はしないと。2人だけの問題じゃないんだよ?その先には、こういう現実があるんだから」
総一の怒りを含んだ口調が真由を襲う。
真由はただ黙って頷くしかない。
総一は大きくため息をついて、立ち上がった。
「今から病院に行こう。ちゃんと確認しないと」
真由はあわてて時計を見ると16時半を少し回っていた。
「…でも、総一さん」
そのまま立ち上がった総一を見つめる。
「仕事は?」
仕事が忙しいのはわかっている。
そんな中、真由に割く時間などないはず。
「社長にはさっき、電話しておいたよ。とりあえず一旦家に行って着替えよう」
真由はハッとした。
まだ、卒業式のまま、家にも帰っていない。
高校卒業の日が一転、人生最大の問題に直面するとは。
真由は途方に暮れていた。