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第七章 二人の時間(3)

「やあ、真由ちゃん」


7月。


旅行へ行く前日、真由はK-Racingを訪れた。


総一はちょうど出掛けたらしく、いなかった。


「そーちゃんのお休み、ありがとうございます」


真由は頭を下げる。


「いいんだよ」


拓海によく似た笑みを浮かべた賢司は真由を奥の事務所に招き入れた。


「あと、これ、皆さんで召し上がってください」


真由手作りのパウンドケーキだった。


「ありがとう!みんな喜ぶよ」


賢司は両手で受け取ると机の上に大事そうに置く。


そして真由にお茶を入れて差し出した。


「ありがとうございます」


真由が頭を下げると賢司は感心したように


「振る舞い方とか…大人になったよね」


しみじみと言った。


「まあ、歳の離れた総一と一緒じゃ、自然とそうなるかな」


これには思わず苦笑いをする真由。


確かに総一とは10歳離れているけれど、それ以上に総一は元から落ち着いている。


いや、冷めているのか。


「お腹もだいぶ大きくなったよね」


「はい」


真由はそっとお腹に手を当てた。


このお腹の子供は、間違いなく賢司の孫だ。


気にならない訳がない。


「もちろん、賢司さんの事は『おじいちゃん』って呼ばせますよ」


真由が微笑むと賢司は複雑そうな顔をして


「うーん、恥ずかしいやら本当にいいのやら」


多少、総一にも気を使っている。


戸籍は一応、総一の子供になるのだから。


簡単に『おじいちゃん』だなんて呼ばせて良いものか。


「まあ、明日、明後日は楽しんでおいで」


「はい」


そんな会話をしていると総一がバイクの引き上げから帰ってきた。


「来てたの?」


驚きながら総一は事務所の中に入って来た。


「うん」


真由はさっき賢司に渡した包みを指差す。


「ふーん」


「そーがいつも自慢する真由ちゃん特製手作りケーキ、楽しみだなあ…

今、ちょうどお客さんもいないしみんなで休憩しよう!」


賢司は立ち上がるとピットにスタッフを呼びに行った。


「…自慢?」


真由が書類の確認をする総一の背中越しに言う。


総一の耳まで真っ赤なのがわかる。


真由は笑いを堪えるのに必死だ。


「…だって美味しいんだもん」


ボソッ、と聞こえた総一の言葉はピットからやって来たスタッフの足音で掻き消されてしまった。


−ちぇーっ!せっかくあのそーちゃんの貴重な心の声が聞けたのに…−


真由は少しガッカリしたけれど、そんな風に自慢してくれていたとは本当に嬉しかった。


「そー!」


真由が帰ろうとすると賢司は総一を呼んだ。


「送ってあげて」


「いいです!!」


真由は慌てて首を振った。


これ以上は甘えられない。


「帰る途中に何かあれば大変だから」


賢司は総一にキーを渡した。


「真由、帰るよ」


総一はそっと左手を差し出した。


真由も右手を差し出す。


それを見て満足そうに頷く賢司だった。






店の定休日ともう1日連休を取って総一と真由は旅行に行った。


旅行といっても車で旅館まで行って泊まってくるのがメイン。


自分達のペースで移動しないと万が一の事が考えられるからだ。


都市部を抜けると道は平日なのでかなり空いている。


真由が本当に楽しそうに窓の外を見つめているのを見た総一。


−遊びに連れて行きなさ過ぎなのかな…−


少し反省していた。


『もっと遊べ、そして周りをよく見ろ』


賢司が常々、総一にそんな事を言っていた。


自分でも認めたくないけれど、レースに夢中になりすぎて周りが見えていない時がある。


いや、ある、じゃなくて多い。


結婚してからも結局、真由を振り回している…と思う。


認めたくないけれど。


それが自分の生き方だと総一は思っていた。


でも、真由が見せる本当に楽しそうな笑顔。


些細な気遣いで良いのかもしれない。


少しでも真由が楽しそうにしていたら…


やはり自分の想いは押し付けなのだと思う。


レースに集中するときは集中して、真由の事も…


大切にしないといけない、そう思った時に賢司の意図がわかった。


この旅行を勧めてくれた賢司には頭が上がらない。


レースだけでなく、結婚して家庭を持ってもさりげなく教えてくれる。


一生の師匠だな、と総一は思った。






ようやく車から解放されて旅館に着くと綺麗な海の見える旅館だった。


見ているだけでも心が癒される。




「誰にも気を使わないで2人で過ごすのはこれが最初で最後かもね」


チェックインして仲居さんに部屋まで案内される間、二人は手を繋いで話をした。


「うん」


真由はニコニコしながら頷く。


余程嬉しいのだろう。


部屋は個室風呂も付いていて、二人気兼ねなく過ごせるようになっていた。


「どうぞ、お姫様」


総一が座布団の上に座って自分の太ももを指す。


真由は満面の笑みで総一のひざ枕を堪能する。


時々、家でもしているけれど今日は格別!!


満足そうに笑っている真由の髪の毛を撫でながら


「後で海に行ってみようか?」


真由は首だけ縦に動かせてしばしの甘い時間を楽しんでいた。


総一の体温が頬から伝わる。


気持ち良すぎて、寝そうな真由だった。

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