第六章 困った人達(7)
6月、梅雨に入った。
万が一サーキットに来て何か起これば危険だから、と総一は今後、真由に来ないように言った。
そんな事が起こればレースどころではなくなる、堪ったものじゃない。
とは総一の本音。
一応、K-Racingの看板を背負っているライダーだ。
チームには迷惑を掛けられない。
−雨、か−
総一はふと空を見上げた。
パラパラと降り出した雨を疎ましく思う。
「そーちゃん!」
パドック通路で手を開いて天を仰いでいると声を掛けてきたのは隆道。
「今日は奥さん、来てないの?」
総一は頷いて
「色々心配だから、置いてきたよ」
「そう」
隆道は少し残念そうな顔をした。
−真由に会うのが楽しいのか?−
多少、不愉快になる。
そして気がついた。
不愉快…そんな風に思うなんて。
いつの間にか、真由に本気な自分がいる。
急に恥ずかしくなった。
顔に出てしまったのか、隆道は首を傾げながら本題に入ってきた。
「そーちゃん、8耐には出ないの?」
今回は前哨戦の300キロ耐久レース。
その本番が来月の8時間耐久ロードレース。
「うん、今回は調整で出ているだけ」
マシンも耐久用ではなくてスプリント用。
「勿体ない」
隆道は本当に残念そうに肩を下げた。
そう思ってくれるのは有り難い。
「ペアライダーもいないし」
「ペアなら募集すればいくらでも走りたい人はいるよ!!」
隆道は一度でいいから総一と耐久レースの勝負をしてみたかった。
もちろん、総一もそうだけれど。
「マシンも資金不足だから無理だよ」
8耐用のマシンなんてお金が掛かりすぎる。
さすがに今、K-Racingに付いてくれているスポンサーだけではライダーの総一やチーム監督の賢司が納得いくマシンを作る事が出来なかった。
やるからには中途半端にはしたくない。
多少なりともチームを応援してくれている人達に残念な思いはさせたくなかった。
「まあ、お互いそれぞれあるだろうから、ベストを尽くして頑張ろう!」
隆道はそう言うと立ち去った。
総一もチームに戻る。
そう、最善は尽くさなければ。
今日はスポーツ走行。
調整も順調でこの調子だと上位を狙えるかもしれない。
スケジュールを無事にこなし一段落ついた所で総一は真由に電話を入れた。
実家に帰っているはずの真由の様子を伺う為もある。
「はい…」
明らかに真由のテンションが下がりっぱなしなのがわかる。
「どうした?」
総一の問い掛けにため息を返す真由。
「そーちゃん、明日、私、マンションに帰るね」
「…まさか両親と喧嘩した訳じゃないよね」
「喧嘩はしてないよ」
「じゃあ、なんで?」
安心して実家に預けてきたのに帰る、だなんて。
「気分的に…」
「真由!」
曖昧にごまかそうとしている真由にイラッ、ときて怒鳴った。
近くにいた人が目を丸くして総一を見つめる。
「…私に弟か妹が出来るとしたら、やっぱり私が家にいたら大変じゃない?」
−弟か妹ー…−
「えっ?」
総一は思わず聞き返した。
「ママ、妊娠4ヶ月なの!」
「え…えー?!」