第六章 困った人達(6)
決して調子は悪くなかった。
朝のウォームアップでは良いタイムが出ていた。
路面温度も高くもなく低くもなく。
けれど、まだこの時の総一は勝ち方を知らなかったし、自分の強さも知らなかった。
「そー、どうも迷いがあるなあ…」
チーム監督の賢司が腕組みをしながら唸った。
賢司は総一の事を『そー』と呼んでいる。
今、6番手争いをしている総一。
「スポーツ走行はいいタイムで走れているのに、どうもレースになるとダメだなあ…」
賢司は心配そうに見る真由を見つめて微笑んだ。
「池田くんとそんなに大差はないんだよ、実は」
「えっ?」
賢司の意外な言葉に真由は目を丸くする。
「そーは運さえ良ければいつでも優勝争い出来る力はあるんだけどね。
中々気持ちの面で難しいらしい」
賢司は再びモニターに視線を戻した。
そこにはトップ集団の走行が映し出されている。
隆道は堂々のトップだった。
「まあ、小さい時のそーの家庭環境も良くなかったし、そー自身も成長してからも色々あったのが原因かはわからないけど…
本来ならもっと強いんだよ」
その瞬間、トップ集団がホームストレートを駆け抜け、その次の集団に総一がいた。
真由はあっという間に1コーナーに差し掛かる総一を見つめた。
ライディングフォームは日本一綺麗、と言われている。
その後ろ姿を少し苦い思いで見つめていた。
−本当なら勝てる…−
なのにいつも総一は中々上位に行けない。
この前、初めて全日本の最高峰カテゴリーで表彰台に立ったけど、それまで立てていないのがおかしい、とは色んな人が言っていた。
「そーは…」
賢司は目の前を通過する他のライダーをぼんやり見つめながらまるで独り言のように呟いた。
「結局甘いんだよ、本当は争いに向かない性格なんだろうね」
真由はその言葉を噛み締めながら俯く。
−優し過ぎる−
自己犠牲を払ってでも他人の事を優先させるのはわかっていた。
それがレースにも出ているとなると…
一体何の為に総一はレースに出ているのだろう?
何の為?
もちろん、自分の為だろう。
本当に走るのが好きなのはわかっている。
家で祥太郎とバイクの話をしているのを見ると本当に好きなのはわかる。
けれど、それだけじゃ駄目だ。
総一には本当の強さが必要…
辛い事や悲しい事に耐える強さだけじゃない強さ。
それを身につけなければ。
「でもね、真由ちゃん」
賢司は真由の肩に手を置いた。
「総一は少しずつだけど強くなっているよ」
その手の温かさが真由の不安を和らげる。
「真由ちゃんとお腹の子供が、その存在が間違いなく総一を強くさせるよ」
総一は7位でフィニッシュした。
少し首を傾げて速度を落とす。
満足は全く出来ていない。
でもそれが次に繋がる。
そんな後ろ姿を見て真由はますます応援したくなった。
そしていつか…
日本で一番になって欲しい。
難しいけれど、目指して欲しい。
その瞬間、清々しい風が吹き抜けた。