第六章 困った人達(5)
各チーム関係者、観客が入り乱れているパドック通路。
総一は真由の手を引っ張って少し強引に歩いている。
途中、至とすれ違い様に至はわざと眉間にシワを寄せてそれを自分の人差し指で突いた。
総一は慌てて額を押さえる。
プレッシャーが掛かるとしてしまう『癖』だった。
「聞きたい事、あるんじゃない?」
チームのガレージが近付くとようやく口を開いた総一。
少しだけ警戒が緩んだ。
「うん…」
真由は繋いだ手を強く握りしめる。
「…そーちゃんはどうして沙織さんと別れたの?」
あのアルバムの写真。
ずっと心に引っ掛かっていた。
「価値観の違いだけじゃ、ないよね?」
真由は突っ込む。
しばらく無言で歩く二人。
二人とも穏やかではない表情だったので喧嘩でもしたのか、とチラチラ見る関係者がいた。
「転倒事故で1年、レースが出来なかった事があったんだ」
唐突に総一は話始めた。
「高校を出てすぐ、かな」
その目は遠い過去を見つめる。
「沙織は大学生、俺は社会人で生活は完全にすれ違っていた。
今から考えると高校で終わっていたのかも
退院してから、病院に定期検査に行った帰り。
沙織が隆道とホテルから出てきたのを見た時に俺の中では終わったんだ」
総一は俯いた。
さすがに自分の彼女と友達の現場を押さえてしまったら、落ち込まないはずがない。
その時は本気で沙織の事が好きだったから。
「レースに出れない間に二人は仲良くなってたんだよな。
だから俺は沙織に別れる、と言ったんだよ」
真由はショックで立ち止まった。
総一も手に抵抗感を感じたので立ち止まって振り返った。
「そーちゃんは沙織さんに現場を見た事、言わなかったの?」
真由は真っすぐ総一を見つめる。
普段、淡々としているのに総一は少しだけ微笑むと
「…言わないよ、沙織にも、隆道にも。
二人がお互いに想っているなら、それでもいいと思ったから」
「お人よし…」
「…何とでも言えばいいよ」
総一はくいっ、と真由の手を引っ張ると再び歩き出す。
真由もそれに釣られて歩きはじめた。
でも、聞きたい。
真由は大きく深呼吸をすると
「ひょっとして、私との結婚は沙織さんが復縁を迫ったから?」
今度は総一が足を止めた。
真剣な眼差しを真由に向ける。
「…確かに逃げはあったけど」
少し戸惑いながら言った。
「それだけじゃないよ。
きっかけはそうかもしれないけど、今は真由を愛してるよ。
もちろん、お腹の子供も」
そう言って真由に向けた微笑みは偽りではない。
「沙織には何の未練もないからご心配なく」
総一はぐっと伸びをして空を見上げる。
初夏の薫りを含んだ風が二人の間を摺り抜けていった。