第六章 困った人達(4)
総一の向こうには沙織。
真由は息を殺した。
隆道も冷静に目の前の出来事を見つめていた。
ちょうど今は人の往来が少ない。
周囲に気を使わずにこの様子を見る事が出来た。
「お前もホント、しつこいな」
総一の目が冷ややかだ。
沙織を見つめる目が凍てついている。
顔の表情もまるで人形のように感情がない。
母親に会った時と同じような顔をしている。
真由は体の奥底から震えた。
−恐い…−
震えている事を隆道に気付かれないように出来るだけ平常心を心掛ける。
「諦めきれないわよ。
総一が一方的に別れを突き付けて…
今だに私は総一の事が好きなのに」
真由の顔が引き攣った。
−そんな事、よくも言えるなあ…−
ちらっと隆道を見ると隆道は淡々と事の成り行きを見ている。
「…好き、だけでは俺を支えられないよ」
やがて総一の声が聞こえた。
「俺は支えてくれる人が欲しかった。
あの時も…」
あの時…?
真由は首を傾げた。
けれど…その辺りの詳しい話は聞いていない。
「でも、お前は俺を支えるのは無理だった。
別れるには十分だろ」
実際には…支える云々ではない。
−俺を裏切ったのはお前だろ?−
そう、思い続けている。
敢えて言わない。
自分で考えて苦しめばいい。
そう思っている。
「真由は」
真由は一瞬、ビクッとした。
いきなり自分の名前が出ると息が止まりそうになる。
「いつでも俺に無償の愛をくれているよ。
あんな、辛い事が起こっても…」
一瞬、沙織の表情に疑問、が浮かんでいた。
潔癖症な総一が落ち込んでいる真由を襲うとは思えない。
前から疑問に思っていた。
「本当なら誰とも付き合えない状況なのに。
まあ妊娠がきっかけだけど、俺と一緒に生きていく事を考えて、答えを出してくれた。
…俺にはそういう人が必要なんだよ」
沙織が顔を上げる。
「総一…」
沙織の疑い深い目。
「総一は…本当にお腹の子供の親なの?」
総一の顔色は何一つ変わらない。
「もう、いいだろ…」
総一のため息混じりの声が聞こえる。
「…私だって。
総一の事は大好きだったし、愛していたわよ」
力なく、沙織は呟く。
「お前は隆道と結婚するんだろ?」
諭すような声を出した。
「何を今更迷う?
あいつの事をちゃんと見てやれ。
俺よりはお前の事を愛せる奴だし、何よりお前を愛してるから」
総一は吐き捨てるように言うと沙織の顔を一切見ないで逆方向に歩き出す。
そして真由と隆道の前に立ち、
「二人とも、偶然とはいえ盗み聞きは良くないよ」
総一は真由の手を取った。
「行くよ」
その言葉と同時に真由は立ち上がる。
総一はその柔らかい手をしっかりと握りしめた。
「隆道」
冷ややかな総一の目が隆道に突き刺さる。
「もっと自分の女を監視しとけ」
強烈な総一の呟きに隆道は目を伏せる。
「お前の優しさが返って沙織の心を乱してる。
沙織を自由にさせすぎだよ」
総一は少し周りの様子を伺う。
さすがにファンが隆道目当てにうろうろし始めたので気を使う。
−早く終わらせないと…−
「…沙織の考えを優先するだけじゃ、ダメだよ。
お前ももっと強引に行けよ」
総一は言うだけ言うと人の目を避けるように真由の手を引っ張って歩きはじめた。
無言が真由には重かった。