第六章 困った人達(2)
総一の目が恐ろしく冷ややかになった。
美咲の顔をじっと見つめる。
やがて口を開いたかと思うと
「…拓海はもう死んだ。
いつまでも引きずるよりはこうやって新しい人生を歩む方がいいと思うんだけど、お嬢さん」
馬鹿にしてる、と真由は思った。
最後のお嬢さんという言葉。
お子様、と言いたいのだろう。
「結婚して、子供が生まれるのがそんなに悪い事かい?」
総一は腕組みをして美咲を見つめる。
一瞬、美咲の顔に動揺が浮かんだのを真由は見逃さなかった。
「俺達が付き合ったのは拓海が死んでからだから二股でもなんでもないし」
確かに。
付き合ったのは高校の卒業式が終わってからだ。
拓海はその二ヶ月前に亡くなっている。
「真由がなんでそこまで言われなきゃいけないのか、理解出来ないし」
総一に睨まれた美咲は完全に固まってしまった。
さすがに10歳年上の大人に言われたら…更にそれが冷酷な総一なら。
高校を卒業して間もない美咲には反論の余地がない。
「君こそ、早く拓海を忘れて彼氏でも作ったら?」
美咲の顔色が変わった。
怒りで赤くなっている。
「君の性格なら、彼氏も出来ないかな」
−そこまで言うか?−
真由は思わず心の中で突っ込んだ。
更に!
「拓海が嫌がっていたのも、会ってみてよくわかるよ」
絶対に総一だけは敵に回したくない。
真由は心に誓った。
この人だけは敵に回さないでおこう。
「行こう」
総一の手に力が入る。
真由は我に返ると総一を見つめた。
軽蔑の目を美咲に向けた総一は真由を引っ張ってさっさと歩きはじめる。
これ以上、馬鹿な子供の相手はしてられない。
真由の心にも…お腹にいる子供にも悪い。
「あの子でしょ?
真由を突き落としたのは」
人波をわけて歩く二人。
「なんで知ってるの?」
真由は総一に美咲が自分を突き落とした事を言ってない。
「…拓海、あの日、怒り狂っていたから」
何となく、雰囲気でわかった。
平気で人を傷つけるタイプ。
…まるで自分の産みの母親と同じだ。
話をしたかと思うと毒を吐く。
それは自分にも当てはまる事だけれど。
「うん、あの子だよ…」
拓海は家でも怒り狂っていた。
少し、胸が痛い。
あれから。
まだ1年も経っていない。
それなのに。
すごく昔の事に思える。
それだけ、この短い間に色々な出来事があった、という事だ。
自分の人生が、想像出来ないくらい劇的な変化。
それでも常に。
総一が傍にいてくれるから真由は何とか立ち直りつつある。
「そーちゃん!!」
真由はベビー服売り場に来ると飛び切りの笑顔を向けた。
「これ、可愛い!!」
真由が指差したのはフリフリのレース三昧などう見ても女の子用の服。
「男でも着せるの?」
総一が苦笑いをすると
「3歳くらいまでならわからないって、男か女か!!」
−おおざっぱ、いい加減−
そんな真由だけどこの隣にいる時が一番安らぐ。
総一は微笑むと
「どちらでも着られる物を選ぼうよ」
真由も少し度が過ぎた、と舌を出して笑った。