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第五章 二人の門出と困惑(6)

5月。


GWはK-Racingは休み。


総一はまた月末にレースがあるから仕事が休みでもトレーニングはしていた。




「あのさ…」


GWも明日で終わり、という日の夜。


総一はトレーニングから帰って来て真由に話を持ち掛けた。


「明日、父さんと三人で会わない?」


真由は一瞬、えっ?という表情をして思い出した。


確か結婚式、披露宴の後…


「また近々、会わないかい?

二人に改めてお祝いをしたい」


そう言ったのは総一の父、満。


「父さんが真由に色々買ってあげるって」


総一はそう言って苦笑いをする。


確かに総一の給料では真由に色々買ってあげられない。


父さんの申し出は有り難いけれど…


総一としては情けない話だった。


「…そうだね、約束しているしね」


真由は総一に愛想笑いをした。


本当は、満の事が苦手な真由。


どう接して良いのかわからない。


でも、総一が尊敬して信頼している人。


苦手、と思っていても歩み寄らなければならない。


…頭ではわかっているんだけど。


「大丈夫かなあ…」


洗い物をしている最中に思わず呟いてしまった。





翌日、待ち合わせ場所に行くとすでに満は来ていて、二人を見るなり手を振った。


二人で謝ると満は気にする事はない、と笑ってくれた。


「まだお昼の時間には早いけど、行きたいところは?」


確かにまだ10時半。


お昼にはまだ早い。


総一は真由が拒否し続ける事を言った。


「真由の、服を買わないといけないんだ。

そろそろお腹が…」


前の連休も結局買い物に行かず家でゴロゴロ。


今回は総一のトレーニングの都合で二人だけで出掛けていない。


真由のお腹が急に大きくなったせいで今まで着ていた服が着られなくなり、家では総一のTシャツと自分のレギンスを合わせて着ている。


今日は唯一、真由の母に買ってもらったお出かけ用のワンピースを着ている。




総一は真由のお腹にそっと手を当てた。


やはり、大きくなっている。


「じゃあデパートにでも行く?」


満は気前よく笑っていた。


「好きな物を好きなだけ買いなよ」


売場でそんな事を言われて真由は目眩を起こしかけた。


−うわあ…値段が…やっぱりデパートは高い−


「父さん、悪いから…」


総一は流石に遠慮した。


ブランド品だけあって1着の値段が半端じゃない。


「総一のお嫁さんには良いものを着てもらいたいし。

こういうのがあれば何かと便利だろ?

自分達のお金で普段の物を揃えたらいいんじゃない?」


そう言うと満は一人の店員を呼んで真由に似合いそうなものをアレコレ見繕ってもらいはじめた。


結局ワンピース3着と靴まで買ってもらって、真由は自分の親以上にしてもらっている事にすまない気持ちでいっぱいだった。


「遠慮はいらないよ」


と、満は財布から札を何枚も取り出す。


今の買い物で総一の一ヶ月の給料、三分の二が消えた。


「買ってもらいすぎです」


真由が恐縮しまくると


「また他の売場でも欲しいものがあれば言いなよ?」


そんな父を見て総一の肝は冷えまくっていた。


どれだけ金を使えば気が済むんだ、と。


「…総一には満足な事をしてあげられなかったからね。

せめてもの罪滅ぼしだよ」


切なげに微笑む満に真由は胸が苦しくなる。


実の子供じゃないのに、そんな風に思っているなんて。会計が終わると


「ちょうど良い具合に時間も潰せたし、ご飯に行こうっか」


完全に満のペースにはめられた。






そのデパートから程近いイタリアンのお店。


満は時々、商談相手と来るらしい。


デートでも来たことがないや!


真由は目を丸くしてお店のオシャレな内装や調度品を見回していた。


総一は何度か父と訪れた店だが、親子としてではなく仕事上で、だった。


あの、憎たらしい継母。


その意地悪い根性、性格のせいで堂々と父と一緒にいられない。


今も、満は仕事だ、と言って出掛けてきている。




「今、何ヶ月に入ったっけ?」


食事のオーダーをして待つ間、満は質問した。


「6ヶ月だよ」

総一が答える。


「あと少しでパパだな。

総一がパパなんて信じられないけど、頑張れよ!」


「うん」


血は繋がっていなくても、この二人は間違いなく父と息子だった。


−お腹にいる子供とそーちゃんもそうなっていくんだろうな…−


真由は二人の間に流れる穏やかな空気を感じながら会話を聞いていた。


「…お腹の子供にはいつか総一が本当の父親じゃないって言うの?」


「…俺は言わない」


総一の回答は早かった。


「言っても、仕方のない事だし。

何かでバレたら言うだろうけど、俺は言わないつもり」


そう言い終えると隣の真由の手を握りしめた。


−そーちゃん…−


真由も握り返す。


泣きそうになった。


「うん、その方がいいね。

もし、出来るなら一生言わない方がいい。

二人だけの中に留めておけるなら、それが一番だな」


満は頷いた。


彼自身、そのつもりでいたのにそれが貫けなかったから後悔の連続だった。


だから今、出来る限りのサポートに回っている。


総一を憎む妻の目を盗んでレースの資金を出したり…


いや、妻は目先の事しか考えていないからいくらでも方法はあった。


真由に対しても…、お腹にいる子供は総一の子供ではない。


それでも総一が好きになった人だから、大切にしたい。


たった、それだけの話だ。




やがて食事も終わり、再び満のペースで買い物を始めた。


「本当にありがとうございました」


結局、総一のものやら雑貨やら色々買ってもらって全て配送に回してもらった真由。


深々と頭を下げると


「いいんだよ」


満は笑った。




夕方、繁華街のど真ん中。


ここのすぐ近くに地下鉄がある。


「じゃあ、また」


そう言って別れようとした時。




それは起こった。

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