第五章 二人の門出と困惑(4)
「そーちゃん、凄い!!」
結局、雰囲気をぶち壊された二人。
仕方なしに総一は朝昼兼用の食事を作った。
冷蔵庫に残っていたアスパラ、キャベツ、ベーコンを炒め、スパゲティーの茹で汁を入れて少し煮込む。
これで簡単にスパゲティーの完成。
「一人の時によく作っていたから」
総一はテーブルの椅子に座って目を輝かせている真由の前に皿を差し出した。
初めて作って貰えた!!
真由は凄い感動に泣きそうになった。
これもまた三日間、休みをくれたオーナーの賢司に感謝しなければならない。
「…やっぱり昼から出掛けようか?」
総一は大きく伸びをした。
「お楽しみは…誰にも邪魔されない夜にして…
どこか行こう!!」
真由が妊娠していなかったらバイクで出掛けたけれど。
妊娠しているから車で。
まず、妊娠していなかったら結婚していなかったが。
とはいえ、あまり自由になるお金はない。
…だから。
ドライブくらいしか出来ないけれど。
「真由ちゃ〜ん!」
チャイムが鳴ったのと同時に外から声が聞こえた。
また…またしても邪魔!!
何、コレ。みんなタイミング良すぎる!!
総一はため息をついて立ち上がった。
玄関前にいたのは祥太郎。
「お前、学校は?」
中学2年になったばかりの祥太郎。
今はまだ授業中なはず…
祥太郎はニコニコ笑って
「今日、創立記念日」
「で、何しに来たの?」
「遊びに来たの」
お邪魔します〜、と言ってさっさと中へ入った。
「あれ、祥太郎くん」
真由は洗い物をしながら振り返る。
可愛いらしい若い奥さんだな、なんて祥太郎は思いながら挨拶をする。
「何か食べる?」
まだ時間はお昼前。
祥太郎は首を横に振ると
「さっき食べてきたから」
そう言って部屋中を見回して
「そーちゃん!」
「何?」
少し憮然とする総一に祥太郎は遠慮なく、いや、わざと話し掛ける。
「部屋、全然変わってないじゃない〜」
祥太郎は総一が一人暮らしを始めてからも週一くらいのペースで遊びに来たり泊まりに来たりしていた。
真由と同棲してからはさすがに遠慮して来なかったけれど。
久々に来ても何も変わっていない。
いや、ベッドだけは変わっていた。
「せっかく新婚なんだからさ〜、それらしくしたらいいのに〜」
遠慮も何もない祥太郎の口調に真由はハハハ、と乾いた笑いを見せた。
「いいんだよ、生活出来れば」
総一はむしゃくしゃして祥太郎の髪の毛をクシャクシャに撫でた。
「そーちゃん、そんなに俺が邪魔?」
祥太郎は明らかに面白がって総一を挑発している。
「…邪魔」
総一としては堪ったものじゃなかった。
宅配便といい、祥太郎といい…
真由とせっかく二人で過ごそうと思っているのに。
「そーちゃん」
真由が3人分の紅茶が入ったティーカップを運んで来た。
「いいじゃない、祥太郎くんは弟みたいな子だし、せっかく来てくれたのだから」
「ほらー、真由ちゃんはそう言ってくれるし!」
祥太郎は真由を見て微笑んだ。
真由も微笑むけど。
すぐにその笑みは消えて祥太郎から目線を逸らした。
総一は俯く真由に違和感を覚える。
そして何気に祥太郎を見て、心臓が止まりそうなくらい驚いた。
拓海を生き写しにしたかのような祥太郎。
拓海と祥太郎は戸籍上では兄弟になっているけれど、実際は従兄弟同士。
それがまさか…ここまで似るとは。
「どうしたの?」
祥太郎はじっと自分を見つめる総一を首を傾げて見つめた。
「…何でもないよ」
フッ、と総一は笑った。
けれど…やはり。
真由をちらっと見ると少し戸惑いが見える。
…まだ、拓海の事は忘れられないし、好きなんだな。
当然だ、そう総一は思う。
拓海が死んだのはつい4ヶ月前の話なんだから。
そうそう、忘れられるはずがない。
少しずつ、気持ちが総一に動いているとはいえ…
「そーちゃん!暇だからどこか連れていってよー!!」
拓海と決定的に違うのは性格だった。
祥太郎は特に総一に対しては遠慮がない。
自分がして欲しい事はすぐに口に出す。
「…お前さあ、俺達が新婚なの、わかってる?」
あまりにも可笑しくて総一は笑いながら言った。
「わかってるよ〜!わかってるから上手くやってるかなって偵察も兼ねて遊びに来たんだよ〜」
いやいや、勝手に来ててどこかに連れていけ、は違うだろ。
言いたいのは山々だったけれど…
「仕方ないな…」
本当は真由と二人で行く予定だったドライブ。
祥太郎も連れて行く事にした。
真由も一応は了承した。
けれど、祥太郎の拓海そっくりな様子に心が揺れる。
こんな事、そーちゃんに知られたくない…
胸が苦しかった。