第五章 二人の門出と困惑(3)
「真由、本当に良かったの?」
総一の困惑した声が部屋に響く。
「うん、いいよ」
真由はニコニコ笑って頷いた。
結婚式の翌日から3日間、総一は休みを貰っていた。
短い連休だけど、貴重な休み。
車を適当に走らせて近辺の温泉にでも行こうかと思ったけど、真由に断られた。
真由は若いけれど金銭感覚が抜群に良かった。
今、ただてさえ結婚式にお金を使ってしまっている。
更に旅行に行くなんてとんでもない。
旅行なら、総一の開幕戦に連れていって貰ったからいい、と。
それはそれで有り難い。
でも、どこかで引け目を感じていた。
「なら買い物にでも付き合うよ」
せめてものお詫びだった。
真由は本当に嬉しそうに頷く。
それがまた逆に申し訳ない気分になる。
「そーちゃん」
真由は指で総一の眉間を突いた。
「私に悪い、とか思ってるでしょー?」
「うん…」
目を伏せた総一が頷くと
「そんな風に思わないでよー?」
真由は総一の額にキスをした。
「そーちゃんがそんな事を思うと私なんてもっと申し訳ないじゃない」
総一は思わず真由を抱きしめる。
「真由は何も悪くないよ」
ギュッ、と抱きしめた真由は凄く柔らかな香りがしてこのまま押し倒そうかと思った。
「そーちゃん!」
真由は腕の中で上目使いに総一を見つめると
「えっちぃな事、考えたでしょ?」
!!
総一は目を丸くした。
「…わかるわよ」
顔を赤くした真由は総一の胸に顔を埋めた。
ポーカーフェイスでも、体の自然現象は止められなかった。
「真由」
コホン、と咳ばらいをすると
「…そーいう事は俺以外の男には言うなよ?」
真由の顔のラインまで視線を移動させると総一は彼女の唇にキスをした。
結婚初夜である昨日は結局疲れて何も出来なかった。
旅行にも行かないけれど休みは3日ある。
思う存分、二人の時間を楽しめる。
「今日はやっぱり出掛けない」
総一は真由の耳元で囁いた。
「…そーちゃん」
真由は総一の肩へ自分の顎を乗せると
「まだ、午前中…」
確かに時計は午前10時を過ぎた所だ。
「こんな事に朝も夜も関係ないよ」
確かにそれも一理ある。
新婚夫婦に朝も夜も関係ない。
「もー!!そーちゃん、やっぱりえっちぃだ!!」
真由は総一から逃げるように部屋の隅に行く。
「俺は真由が思ってるほど紳士じゃないよ!!」
総一は真由の手首をしっかりと握りしめる。
そんなに力は入れてないけれど、真由は降参!という感じで大人しくなった。
見つめ合う二人。
総一が微笑むと真由も微笑み…やがてゆっくりと唇が重なった。
「…愛してるよ、真由」
一瞬、唇を離した隙に総一は呟く。
一体、この言葉を死ぬまでに何度繰り返すのだろうか。
この言葉は年齢を重ねても言い続けたい。
想いは言葉にしないと伝わらない。
総一はそう思っている。
「そーちゃん」
真由も目をクリクリさせて
「私も!!」
総一は少し意地悪な笑みを見せると
「私も…何?」
クスクス笑う姿に真由は頬を膨らませて
「もー!!」
手の自由が奪われているので総一の肩に額をぶつける。
「だから、何?」
真由からどうしても言葉を引き出したかった。
顔を赤くさせて、ちらっと総一を見つめると
「私もそーちゃんを愛してる」
「良く出来ました」
総一は真由の手首を離すとそのまま腕を真由の背中から腰にかけて回す。
あまり苦しくならないように、そっと抱きしめた。
−ピンポーン
思わず総一は舌打ちをした。
「宅配便でーす!!」
外で配達員が叫んでる。
せっかく良い雰囲気になってきたのに。
「真由ー…」
「そーちゃん…」
お互い顔を見合わせると。
いきなり右手を差し出して
『「ジャンケンポン!!」』
「あ〜ぁ!!」
「やったー!!」
真由が手を叩いて喜んだ。
総一は肩を落としながら玄関へ向かう。
これで、良い雰囲気は台なし。
しばらくお預けだな…
肩を落としながら総一はドアを開けた。