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第四章 桜の花が咲く頃に(6)

決勝の朝。


総一はチームのガレージに向かって歩きながら空を見上げた。


気持ちが良いくらい、晴れていた。


春の暖かい日差しが降り注ぐ。




総一のクラスは全日本の中でも最高峰のクラス。


もちろん、池田 隆道も同じ。




ガレージに着くと先に入っていた至が完璧にマシンの調整をしていた。


「おはよ!!そーちゃん!」


意味深な笑みを総一に向ける。


「おはよう」


少し低めのトーンにますますニヤリと笑って


「そーちゃん、寝てないだろ?」


至は総一の肩を叩いた。


「…うん」


総一は伸びをする。


寝たのは空が少し明るくなってから。


30分も寝ていない。


朝からウォームアップがあるからようやく寝た真由を残して先に出て来た。


「これ…ファンの女の子に見られたら厄介だよ」


至は総一の首筋を指で突いた。


総一は顔に感情を出さずに足代わりのスクーターのミラーで突かれた場所を確認する。


…キスマーク。


真由にこの前の仕返しされた、と思わず苦笑いをした。


ただそれ以上に真由に付けているけれど。


またこちらに来たら顔を見るなり怒るかもしれないな、と思いながらチームジャケットの襟を立てて総一はそれを隠した。


…隠してもすぐにレーシングスーツに着替えるから意味がないけれど。


ただ、中には熱心なファンもいて真由の存在を知ったら逆上される可能性はある。


総一はライダーの中でも容姿端麗な部類に入る。


肌の色が白くて整ったパーツ。


モテる。


だから多少は気を配らないといけない。


いずれはわかる事でも。


今はまだ結婚していないのだから。




ウォームアップも順調に終わり、総一の中では手応えはあった。


ひょっとしたら、隆道を捉える事が出来るかもしれない。


「そーちゃん、今日はベストタイムが出てるよ」


至も嬉しそうに総一に伝えた。




やがて真由が彩子と一緒にやって来た。


幾分眠そうな真由に思わず苦笑いをする。


真由も照れ臭そうに笑って


「頑張ってね」


そう言った瞬間だった。


真由は自分の少し膨らんだお腹を見つめた。


「大丈夫か?」


総一は何かあったのか、と不安になる。


まさか、ヤリすぎて…






「今。お腹が動いたの」


真由は目を丸くしながら総一を見つめると、少し安心したような笑みを浮かべて


「きっと、応援してくれているんだね」


と言って真由の頭を撫でた。




そしてマシンに向かって歩き出す。


大丈夫、今日は大丈夫。


真由もお腹の子供も自分に見えない力を貸してくれる。






「パパの、バイクの音が聞こえるかな?」


レースが始まると真由は立ち上がって見つめていた。


そして総一が目の前を通過する瞬間にお腹の赤ちゃんに声をかけた。


君のパパは凄いよ…


真由には考えられない速度で目の前のストレートを通過していく。


お腹に手を当てた。


その瞬間、後ろでシャッター音が。


振り返ると沙織がいた。


一瞬…この間の光景が頭に浮かんで、顔が引き攣りかけたけど、何とか笑ってみせる。


沙織も会釈をしてガレージの中に入ってきた。


「ご結婚、おめでとうございます」


隣にやって来た沙織に言うと、


「それはこちらの台詞よ」


と、苦笑いをされた。


どことなく、冷たい雰囲気の沙織。


神経を使ってしまう真由だった。


「池田さん、明るい人ですね」


昨日、会った時の感想を沙織に伝えると


「そうね。ちょっと調子良すぎな所もあるけどね」


と、少し複雑な表情を浮かべていた。


真由は気付かれないように息を吐く。


まだこの人は総一の事が好きだ…


「赤ちゃんは順調?」


「はい」


そんな会話をしていると、モニターを見ていたチームの人達が一斉にどよめいた。


「真由ちゃん!」


祥太郎が目を輝かせて報告する。




「そーちゃん、今、2位争いをしてるよ!!」




その相手は池田さんだった。




真由と沙織はモニターの見える位置に行って確認をする。


「そーちゃん、スゲー!」


祥太郎は目を輝かせていた。


ヘアピンで2位の池田さんを一旦抜いたけど、その後のシケインで抜き返されたり、それでも二人の差はほとんどないので、お客さんは大喜びでこのバトルを見ていた。




あ、また。


お腹が微かに動く。


君のパパは今、凄いレースをしているんだよ…


その瞬間、お腹がまた、動いた。




結局。


2位は隆道。


3位は総一。


総一はこのクラスで初めて表彰台に上がる事になった。




「おめでとう!」




ピットに戻ってきた総一はチーム関係者と握手したり抱擁したり。


初めての表彰台。


チームのみんながお祭り騒ぎだった。




最後に真由の前に行くと


「真由と赤ちゃんのお陰かな」


と総一は真由を抱きしめた。




至をはじめ、チームスタッフやヘルプで入ってくれている人達がヒューヒューなどと騒いで冷やかしていた。


総一は照れもせず、真由の体をしっかりと抱きしめている。




そして離れると嬉しそうな笑みを真由に投げかけて表彰式に向かった。

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