第三章 短い同棲生活(4)
「そーちゃん」
仕事の空き時間にレースでは総一のメカニック担当、バイク屋では頼れる整備士の淀川 至が心配そうな顔をして総一を見つめた。
「何?」
総一はお客さんのバイクを洗車しながら至を見つめる。
「…上手くいってるの?」
何が言いたいのかわかっているけど
「何が?」
総一は手を動かしたまま聞き返した。
みんなが様子を伺いたいのはわかってる。
同い年の至が総一に聞くのが一番妥当な線だろう。
総一は手を止めた。
「で、何が知りたいの?」
至は全てを見透かしているかのような総一をもどかしい気持ちで見つめた。
「真由ちゃんとは上手くいきそう?」
総一は黙ったまま水を止めた。
「昨日から一緒に生活し始めたところだからまだわからない」
至の目を冷静に見つめていた。
「…そーちゃん」
至の目は困惑していた。
「お節介な心配かもしれないけど、真由ちゃんは拓海の彼女だった子。
その…結婚するとなれば」
至は一呼吸置いた。
「セックス出来るの?」
総一の目が半開きになる。
「当然」
サラリ、と交わしたつもりだった。
「え?じゃあ、もうしたの?」
至は身を乗り出して総一に聞いた。
まさか総一がそんなに早く手を出すとは…
「まだしてないよ」
総一はため息をついた。
洗車が終わり、車体を奥にしまう。
その後を至が追い掛ける。
「至」
総一は奥のガレージにバイクを収納すると
「いつか…いつになるかはわからないけど、俺は真由の心を手に入れてみせる」
至の顔を見つめて微笑んだ。
「…ただ俺自身は。
子供は拓海の子供だけでいいかなって。
俺の血なんて…引き継がなくていい」
そう言った総一の目は鋭く冷たかった。
「そーちゃん…」
至の言葉を振り切って総一は事務所へ入った。
本当なら自分みたいな人間は結婚なんてしないほうがいい。
けれど…
全てが解決するなら、それをするしかない。
真由の事は少しずつ、好きになっていけばいい。
そんな風に思っていた。
「お帰りなさい!」
家に帰ると明かりが付いている。
今までにない違和感。
「ただいま」
総一にはくすぐったい感覚だった。
「お風呂入る?ご飯食べる?」
真由の顔がニコニコしていて総一はホッと和んだ。
「先にお風呂に入るよ」
「もう、ちゃんと用意してるよ〜」
真由は総一の前を嬉しそうに歩いてクルッと顔を後ろに向けた。
一瞬、ドキドキした。
総一は真由に気付かれないように上着を脱いだ。
可愛い、だなんて。
前からそうは思っていたけど。
本当に、些細な仕草が可愛くて。
この時、自分が恋をしている事に気が付いた。