第三章 短い同棲生活(3)
ようやく体が収まり、眠りにつきかけた時だった。
小さな嗚咽が聞こえる。
総一はゆっくりと目を開けた。
真由の体が小刻みに震えている。
「真由?」
真由の顔を覗くと目は閉じている。
夢でも見ているのだろう。
でも、涙の跡がある。
総一はそっと手の平で真由の顔を拭いた。
「…拓海くん…」
そう名前を呟いてまた涙を流す。
この2ヶ月、ずっとこんな状態だったんだろうな…
総一はもう一度、真由の頬を撫でた。
「拓海くん…置いていかないでよぅ」
真由の眉間にギュッ、とシワが入った。
また涙が出る。
その度に総一は指や手の平で涙を掬う。
胸が痛い。
ここまで酷い状態だとは思いもしなかった。
生理が止まったのもストレスだと思うに違いない。
…しかし、酷いな。
総一は思わずため息をつく。
真由の心は完全に拓海のものだ。
そこに自分が入る隙なんて1ミリもない気がする。
本当に結婚なんて…出来るのだろうか。
いや…出来るって言いたい。
今が一番のチャンスなんだ。
真由と結婚しなければ、自分も苦しくなる。
真由が写真を見ていた和泉 沙織。
確かに付き合っていたけれど…
その付き合っている最中に親友…と思っていた池田 隆道と出来ていた。
もう、10年くらい前の話だけど。
高校を卒業してすぐ。
全日本ロードレースの開幕戦。
あと少しで優勝だった。
けれども、大クラッシュに見舞われて転倒。
気がつけば病院だった。
入院は5ヶ月にも及んだ。
しかも入院中に知り合い程度だった沙織と隆道は意気投合。
いつの間にか出来上がっていた。
退院してすぐにその現場に遭遇して身を引いたのは何の非もない総一だった。
その後、隆道と沙織は付き合い始めた。
総一の中でそれは仕方のない事だと思っている。
人の感情なんて、いつどうなるかわからない。
まして恋愛感情なんて…
そして更にわからないのが沙織だった。
隆道といつ結婚してもおかしくないのに、何かあるたびに総一に言い寄ってくる。
総一にしてみればいい迷惑だった。
だから真由のその状況を見て、自分が結婚してしまえば全てが解決するんじゃないかと思ったのだ。
目の前で途方に暮れている女の子。
そしてお腹の子供…
自分が夫に、父親に。
そうすれば沙織も隆道と結婚すると。
真由の事も沙織の事も結局は自分は何も悪くない。
一番自分を犠牲にするのは総一自身かもしれない。
けれど…これも運命。
目の前で泣きながら眠っている真由をそっと抱きしめた。
この子となら、やっていける…
何となく、そう思い始めていた。