第二章 総一の決断(5)
総一はいつもの時間に体を起こした。
結局、一睡もしていない。
ベッドで寝ている真由を見ると顔は涙の跡が残っていた。
本当に可哀相な出来事だと思う。
拓海が生きていれば今頃幸せの真っ只中だったろうに…
「真由ちゃん…」
声を掛けてみた。
家に送るかどうか、確認しないといけない。
真由はゆっくりと目を開けた。
「ごめん、今から仕事に行くから。
家に帰る?それともここにいる?」
総一が確認を取ると真由は慌てて起き上がった。
そして時計を見て更に慌てる。
8時前!!
立ち上がろうとした瞬間…
真由は悪阻に見舞われ…
吐いてしまった。
「あーあ…」
真由はシーツを物干し竿に干した。
空は気持ちいいくらいに晴れていた。
ぼんやりと空を見つめる。
失態…まさか総一の目の前で吐くなんて。
これが拓海なら100年の恋でも冷めてしまうだろう。
でも、総一は嫌な顔一つせず。
『体調、悪いみたいだから夜に送って行くよ』
そう言って汚れたシーツと自分が使っていたシーツを取り替えてくれた。
それじゃあ、悪い!ということでそのシーツを洗い、更に総一の衣類の洗濯をしていた。
日差しはもう、春に近いくらい穏やかだった。
よし!
真由は窓を全開にして掃除を始めた。
割とこまめに掃除しているのであっという間に掃除も終わり…
次に冷蔵庫を開けた。
一人暮らしだけど、自炊しているので割と食材が入っている。
夜、何か作っておいた方がいいよね。
テレビを見ながら献立を考えていた。
そしてふと、我に返る。
なんだか…これって…
主婦みたい。
真由の顔が真っ赤になった。…でも。
結婚するとなれば。
毎日こんな感じになるのかなあ。
お腹に子供もいるし、すぐには働けない。
もし総一さんと結婚するなら…
こんな風に家事しながら帰ってくるのを待つんだろうな。
真由は照れながらそんな事を想像していた。
そして、ふと本棚に目をやると、アルバムがある。
『好きなようにしてくれていいから』
家を出る前、総一はそんな風に言っていた。
見てみたい!
そっとアルバムを手にして開けた。
そこには可愛いらしい拓海の小さい頃の写真とまだあどけない表情の総一がいた。
本当に兄弟みたいだな…
真由は思わず微笑んだ。
サーキットで一緒に並んで写真を撮っていたり。
微笑ましかった。
高校くらいの写真になり、ふと真由は手を止めた。
総一の隣にいる女の子…
見た事がある。
確か名前は…和泉 沙織。
拓海が生きていた時にサーキットで何度か会った。
プロのカメラマンだ。同い年だったんだ…
そして写真の様子からして、彼女。
…だった?
何だか気になる。
今はどうなんだろ?
真由に結婚前提で付き合おうと言うくらいだから別れているんだろうけど。
その時、玄関のドアが開いた!!
真由は慌ててアルバムを閉じる…がいくつも開いていたので結局、開いたままになってしまった。
「真由ちゃん?」
総一が作業着のまま帰ってきた。
「どうしたんですか?」
「さすがに心配だから」
そしてテーブルにあるアルバムに目を落とした。
「あ、勝手に見てごめんなさい」
真由は罰の悪い顔をして謝る。
「構わないけど」
総一は開いている写真を見て、一瞬、目を見開いた。
真由は少し胸が痛んだ。
ひょっとして沙織さんとはまだ…
続いているのかなあ…
でも、そんな事を考えちゃ、ダメ!!
真由は総一を見て微笑むと
「今日、夜ご飯、作っておきますね」
総一は少し照れた笑みを浮かべて
「ありがとう、出来るだけ早く帰ってくるから」
真由は嬉しそうに頷いた。
午後9時前になって総一は帰ってきた。
若干、待ちくたびれた感があるが
「すごいね、俺なんかこれだけ作れないよ」
総一の嬉しそうな顔を見ると帳消し。
真由はこれが自分の求めていたものだと思った。
ずっと小さい時から…お嫁さんになるっていう夢。
ただ…
相手が違う。
「へえー、お嫁さんが夢だったのかあ」
総一と何気ない話をしながら食事をする。
「どうりで料理、上手いはずだよね」
年齢が離れているからだろうか。
真由の話をじっくりと聞いてくれて何ともいえない満足感があった。
食事が終わって真由はもっと自分の中で満足感が欲しくなった。
昼間の疑問をぶつけてみる。
「沙織さんと付き合っていました?」
「うん、高校の時から卒業してしばらくは…価値観が違うから別れたよ。
彼女は今、俺の友達と付き合っているから、心配しなくても大丈夫だよ」
総一は苦笑いをした。
「そろそろ送るよ」
いつの間にか午後10時を過ぎていた。
24時間以上、総一の部屋にいた事になる真由。
居心地は…案外悪くはなかった。
「遅くなってすみません」
総一は真由を送り届けると両親に頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそ真由がお世話になったみたいで」
真由の父、芳弘もまた頭を下げると
「結婚前提で付き合う事にしました」
総一はすかさず報告を入れる。
一瞬、真由の胸の奥に痛みが走る。
もう、後には戻れない。
「結婚前提なら一緒に住んでみたら?」
それに追い打ちをかけるように真由の母、雅が言った。
芳弘も
「それに賛成。合わなかったら同棲を解除すればいいし。」
総一と真由はしばらく見合わせていた。
お互い、様子を伺う。
総一は真由ともう少しじっくりと向かい合いたい、と思っていた。
そうすれば…自分が今まで抱えてきた傷ついた心はいつか癒されて解放されるかもしれない。
真由の、家庭的な性格に自分を預けたい。
真由は拓海とは叶わなかった夢だけど。
総一とならやっていけるかもしれない、とこの一日で思い始めていた。
「…じゃあ、そうしようか?」
総一の言葉に真由は頷いた。
翌日から、真由は総一のマンションに住む事になる。
ようやく長い前置きが終わりました。
次からは具体的なストーリー展開が出来るかなあ、と。
またお付き合い頂けたら幸いです。