居場所を残してあげたいんです
「先日、お電話した津國川高校の岳間ですが」
火曜日の午前10時、岳間は有給休暇を利用して「おやもと」こと魂の家族本部を訪ねた。
「はじめまして、魂の家族の宮川その子と申します」
「平日の朝からお邪魔して申し訳ないです。あ、これ皆さんでどうぞ」
岳間は小さな紙袋をその子に渡し、洗面台へと案内された。
「感染症対策ですか? 大事ですよね」
岳間が手を少し濡らして手洗いソープを泡立てている間に、その子は紙コップを用意した。
「よかったら、うがいでお使いください」
岳間はその子に一礼して泡を洗い流し、差し出された紙コップでうがいをした。
「こちらで御本尊に御挨拶していただきます」
その子は岳間を広間の御本尊前にいざなった。
「中々趣きがありますな」
岳間は手彫りの木仏に中学生の美術作品を重ね合わせた。
「では、失礼します」
岳間は立ったまま深く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
岳間は頭を上げて柏手を2回打った。
「ちょっとアンタ、参拝の仕方も分からないのかい?」
その子は岳間に注意しようとしたが、
「お、おやぬし様?」
生谷がその子を制し、御本尊から離れた岳間を出迎えた。
「岳間先生ですね。ようこそ魂の家族へ、教祖を務めさせていただいている生谷源四郎と申します」
「ウチの生徒達がお世話になっています」
生谷が深く頭を下げると岳間も同じく頭を下げた。
「ま、お茶でも」
岳間は生谷と共に歓談用テーブルについた。
「おやぬし様? でよろしかったですか?」
「智奈さんと美沙さんから色々聞いているみたいですな」
その子は3人分のお茶と岳間から渡された柚子まんじゅうを生谷らの元に運んだ。
「あ、すいません」
「いえ、こちらこそ。私も失礼して」
その子はお茶と柚子まんじゅうをテーブルに並べて、生谷の隣に腰をおろした。
「早速ですが、おやぬし様は何を生徒達にお話いただけるんですか?」
「生徒さん達からの質問に答えたいと思っています。蒲生君共々、高校生が抱く不安を少しでも払拭できればと考えています」
生谷は岳間に一礼してお茶をひと口飲んだ。
「ウチの生徒達もおやぬし様や蒲生刑事から、色んな事を学んでいるみたいでして」
その子は首を傾げて柚子まんじゅうを口にした。
「あ、岳間先生もどうぞ」
「はい、いただきます」
岳間も柚子まんじゅうを手に取り、生谷とその子に一礼してひと口かじった。
「こちらにお世話になるようになってから、小砂と浅間から何かゆとりを感じられましてね」
「ゆとり?」
「なんて言いますか、こうであらねばならないって言う呪縛から解き放たれたような」
「呪縛?」
生谷は呪縛を世間体だと思った。
「私はホームレスです。一度も正社員というものになった事がありません」
「アルバイトのご経験はお有りと言う事で?」
「漁師さんのお手伝いや旅回りの一座で裏方をしたりはしていました」
「すげぇ! かっけぇ!」
岳間の教師とは思えない言動に苦笑するその子である。
「岳間先生、おやぬし様にハマりました?」
「私の周りにもおやぬし様や蒲生刑事のような大人はいないので、特別授業が楽しみです」
岳間はお茶を半分ほど飲んだ。
「私個人としては蒲生刑事のエロ漫談を聴きたいところですが、一応教師なんで」
岳間は柚子まんじゅうを平らげ2個目を手にした。
「連絡は生徒達を通じてでお願いします」
「おや? 岳間先生はおやもとがお気に召さなかったかしら?」
「宮川さん、私は昭和の学園ドラマのような生徒達とベタベタする教師が嫌いでしてね」
「ほう。何事も程良い距離感が大切だと私も思います」
「さすがはおやぬし様、適度に生徒達の事よろしくお願いします」
その子も柚子まんじゅう2個目を口にした。
「アンタもここに通えばいいじゃないか!」
「居場所を残してあげたいんです」
「居場所?」
「家庭でも学校でもない場所、です」
岳間は柚子まんじゅう2個目を平らげお茶を飲み干すと、御本尊に一礼しておやもとをあとにした。
「なんなんですか?! あの冷たい態度は」
「その子さん、生徒は智奈さんと美沙さんだけではないのだよ」
生谷も柚子まんじゅうをお茶で流し込むと、使用済み食器を流し台へと運んだ。
「おやぬし様、洗い物は私がしますから!」
その子は柚子まんじゅうを喉に詰まらせながらも流し台へとかけて行った。
いつもご愛読いただき、ありがとうございます!
智奈や美沙ら生徒達を見守りつつも、決して距離を詰めすぎない岳間先生。
そんな岳間に対して違う感情を抱く生谷とその子。
人間って面白い!
では、次回もお楽しみに!




