なんでいるの?
放課後、智奈と美沙は非公認宗教団体・魂の家族本部(通称おやもと)を訪れた。
宗教団体と言ってもホームレスである生谷源四郎が独学て得た仏の教えを最古参信者の宮川その子が心酔し、その子の夫(地方銀行頭取)の協力で銀行出張所跡を本部として使用しているのだ。
「あら、しばらくね」
その子が智奈達を出迎えると台所から水を流す音がした。
「おばちゃん、洗い物終わったよ」
智奈と美沙は「蒲生ちゃん!?」とハモった。
「うわっ! マジ? 仏様ってホントにいるんだ」
「智奈! 何歓心してんの? まずは御本尊様に御挨拶!」
「二人とも、その前に手洗いとうがい、いくら『おやもと』でも人間としてやるべき事をやらないと仏様は守ってくださらないよ」
その子は智奈と美沙を手洗い場へと向かわせた。
一年前、智奈と美沙は校外実習で障害者施設を訪れた。施設に通っていた障害者の男が美沙を人質に取った時、警部補・蒲生恭治が模擬弾を男に撃ち美沙を解放させた。智奈は蒲生が警察手帳を提示したことで彼に協力すべく110番通報して美沙の救助を助けたのである。
また、蒲生と共に施設にいたのが魂の家族の教祖・生谷源四郎で、信者からは「おやぬし様」と呼ばれているホームレスである。否、実際はその子や他の信者の支援で風呂無しアパートに住んでいるのでホームレスではないが、生谷はアパートに居られる事を当たり前と思わないよう「ホームレス良寛」と称している。良寛とは江戸時代後期の高僧である。
「さ、手洗いとうがいを済ませたら御本尊様に御挨拶なさい」
智奈と美沙はその子に従い、奥の広間に鎮座する御本尊様こと生谷自らが円空仏を模して掘った木仏の前に跪いて合掌礼拝した。
「蒲生ちゃん、あの子たちの話聞いてあげなさいよ」
「ここで話して良い内容かい?」
「当たり前だよ!」
その子はお茶の用意するため台所に向かった。
「お嬢様方、御本尊様への挨拶は済んだかい?」
蒲生は美沙の父親とは警察学校の同期なのだが、美沙の父親が馴れ馴れしくしてくるのを嫌悪しているのだ。
「蒲生ちゃん、ウチの高校で講師やってくれない?」
智奈は美沙と並んで歓談用テーブルに着いた。
「交通安全についてかい?」
蒲生が美沙の前に着席すると、その子が四人分のお茶を運んできた。
「ごめんね、お茶菓子切らしてて」
「いえ、お構いなく」
智奈は運ばれてきたお茶を各席に置き、その子は智奈の前に着席した。
「さ、お茶どうぞ。それと蒲生ちゃんに用があるんだろ?」
「はい、特別授業で社会人に職業体験を聞くって言うのがあって」
「学校全体でかい?」
「いえ、二年生の各クラスごとに生徒が交渉するんです」
智奈が嬉々として語るのに対し美沙は不安げな表情を浮かべていた。
「今時の高校は面白い事をするんだね」
「私は蒲生ちゃんの講義に不安しかありません」
「美沙ちゃんは蒲生ちゃんとは古い付き合いだから、色々知ってるんだよね」
「私だって蒲生ちゃんがそういう店に通ってるのは知ってます!」
智奈は自慢げに発言してお茶をひと口飲んだ。
「なんなら男子生徒のためにそういう店の種類について講義しようか?」
「絶対駄目! 女子引くから!」
美沙もお茶を口にすると、蒲生とその子も同じようにした。
「蒲生ちゃんにはリアルな刑事の仕事を語ってほしいんです」
「リアル? コンマ何秒で強化服装着したりしないって事か?」
美沙はため息さえ惜しんで智奈に耳打ちした。
「あんなのに講義してもらうの?」
「面白いじゃん! あの、よかったらおやぬし様にも来ていただきたいんですけど」
「おやぬし様にも?」
「教祖って面白くないですか?」
智奈は生谷がいない事に気付いた。
「あ、おやぬし様は隣町で説法してらっしゃるんだよ」
「そうなんですか。私は蒲生ちゃんとおやぬし様ほど面白い大人を知りません」
「智奈ちゃんのご両親は面白くないのかい?」
「ウチの親は良い大学に入って安定した職業につけとしか言わなくって」
「そりゃそうだよ。親は子どもの幸せを第一に考えてんだから。美沙ちゃんのご両親もそうじゃないのかい?」
「まあ、蒲生ちゃんみたいにはなるなって」
蒲生はゲラゲラ笑った。
「浅間の奴、そんな事言ってんのか? 超安定した警視庁に勤めてるってのにな!」
「人間性の問題! 智奈、私知らないからね!」
智奈は特別授業の日時を蒲生に伝えると、一週間以内の返答を懇願して美沙と共に帰路についた。
いつもご愛読いただき、ありがとうございます!
本作はもとより「良寛さんにはなれない」にもたくさんのアクセスをしていただき、大変嬉しく思います。
智奈は蒲生に好感を抱いていますが、美沙は不安しか抱いていません。
果たして蒲生と生谷は特別授業での講義をするのか否か?
それは次回以降のお楽しみ、と言うことで。
乞う御期待!