第5話 寧々side① バレてないよね?
公立天ヶ峰高等学校。
日本トップレベルの偏差値を誇る進学校であり、公立でありながら生徒の自主性を重んじる自由な校風でその人気は高い。
昼休みの学校は、生徒たちで賑わっていた。
ベンチに座って友人やクラスメートとおしゃべりを楽しんだり、グラウンドでサッカーをして遊んだりと様々だ。
そんな彼らだったが、一人の女生徒が門をくぐって姿を現した途端、空気が変わり視線が一点に注がれる。
「うわぁ、藤咲先輩だ。今日も綺麗すぎない!?」
「何度みても小顔すぎて目を疑っちゃうわ」
「同じ女子として自信なくしちゃうなぁ。髪いっつもツヤツヤで羨ましいし、秘訣あるのかなぁ」
「あれは生まれ持ってのものでしょ。遠くからみるとめちゃくちゃ清楚系なのにインナーカラーが赤っていうのがたまらない」
「それ分かる。おまけにあの整った上品な顔でピアスをばちばちにつけてるギャップが尊すぎる。なんか目覚めそう」
黒髪に赤のインナーカラーが歩くたびにちらちらと主張し、女性にしては高めの身長、小顔で華奢なスタイル、女子の憧れを体現したような女の子が軽やかな足どりで歩いていた。
女子たちの話題をかっさらった人物は学校の有名人である藤咲寧々だった。
サッカーをしていた男子が寧々に見惚れたせいで足をもつらせてこけていたが、寧々の知るところではないだろう。
注目を浴びるのは寧々にとって日常であるから、それを気にかけることはなかった。
寧々が教室につくと、教室にいた生徒たちの視線が集まる。
そのなかで一人の女生徒が口を開いた。
「寧々、おはよー!!」
「おはよ、陽葵」
底抜けに明るく教室全体に響きわたるような大声で挨拶をしたのは、綺麗に巻かれた金髪にそれに似合う派手で整った顔立ち、短いスカートからは大胆に足が露出しており、上から三つ開けたボタンからは豊満な谷間があらわになって、もう少しで下着がみえそうになっている女の子。
まさにギャルというのに相応しい彼女は中村陽葵。
低血圧に返した寧々だったが手を小さく振っていることから仲がいいのが伺える。
「もー、遅刻するなんて美羽めっちゃ心配したんだからねー!」
寧々に抱きついてきたのは、ピンク髪をツインテールにして目がこぼれそうなほどに大きく可愛らしい顔立ち、黒のニーハイとスカートの間からのぞく太ももが眩しい、黒く塗られたネイルに、厚底のシューズといったスタイルの地雷系ギャル。横山美羽だった。
「心配かけてごめんね、美羽。でも暑いから離れて」
寧々は美羽の頭を押して引きはがす。
「ガーン、寧々ちが塩対応なんだけどー!」
そういいながらも楽しそうな美羽、これはいつもの二人のやりとりだ。
この三人は高校三年という学年において三大美女と呼ばれるギャルグループだった。
「やっぱ三人集まったら迫力すごいな」
「美羽ちゃんに抱きつかれてー。柔らかそー」
「俺は藤咲さんに塩対応されたいぜ、あの刺すような視線たまらん」
「いいや、中村さんだね。あの見た目でアニメ好きっていう噂だぜ」
「俺はこの三人をただひたすら見守りたい」
健全な男子高校生の間ではいつも彼女らの話題にことかかない。
それぞれのファンクラブがあり派閥争いをするほどに人気だ。
中立派もなかにはいるが。
「てか、寧々が遅刻するなんて初めてじゃんね?」
陽葵の問いに寧々は「そうかな?」と返す。
「そうだよー! 寧々ち、ほんとどしたの!?」
美羽は大きな目をさらに見開き驚いた声をあげる。
「みんなにはラインで送ったよ?」
「体調不良だっけ? うそうそ、ぜったいうそ! だっていつも自分で料理して食事管理もばっちりでいつも健康に気を遣ってんじゃん!」
「そんな日もある」
「えー、これまで無遅刻無欠席で皆勤賞狙えるやつだったのにー」
「まあまあ、こうして元気に学校来たんだし今はそれでいいっしょ!」
食い下がる美羽だったがそこに陽葵が割ってはいった。
それによって、体調不良なのは私じゃないけど、という寧々のつぶやきはかき消された。
「てかもうお昼休憩おわりって、ま? あーあ、今日は寧々のお弁当のおかず食べられなくてテンション上がんなーい」
「ほんとそれなんですけどー」
陽葵と美羽は口をとがらせてぶーぶーと文句をたれていた。
「みんなしていつも一口って言ってさらってくよね」
「美味しいんだから仕方なくない?」
「あれはマジで神」
「ふふ、ありがと」
寧々は優しく笑う。
それは気の許せる間柄だけにみせる笑顔だった。
その笑顔に男子たちが悩殺されているが、これもまた寧々の知るところではなかった。
放課後。
授業から解放された生徒たちで騒がしくなった教室で三人は話していた。
「ねねー、みうー、放課後どうする? カラオケ行くっしょ?」
「ごめんね、今日はバイト」
「ごめーん陽葵ち、美羽はかれぴとデート!」
寧々と美羽の二人に断られた陽葵はショックを受けていた。
「えー、二人とも予定あり!? めちゃ歌う気分だったのに! うーん、じゃあうちはオタクくん誘ってアニソン縛りでカラオケ行ってこよーかな」
またねー、と挨拶を交わしてそれぞれの帰路につくのだった。
◇ ◆
「寧々おかえりなさい」
「ただいま」
アルバイトから帰ってきた寧々を母が優しく迎える。
「寧々様」
「大丈夫」
すかさず使用人が寧々のカバンを持とうとするが、それを寧々は手で制止する。
それをみた使用人はすっと引き下がった。
「夜遅くまでお疲れさま。でも、アルバイトなんてしなくてもお小遣いなら出してあげるのに」
「お母さん、前にも言ったけど自分でつかうお金は自分で稼ぎたいの」
「偉いわね、でも必要になったらいつでも言うのよ?」
「……ありがと」
藤咲家は日本でも有数の大会社、藤咲グループを経営している。
それにより莫大な富はあるのだが、寧々はそれを我がもの顔でつかうのは違うと思っていた。
「それにしても今日はいつもより早く家を出たのね。なにかあったのかしら?」
「ちょっと係の仕事で早く出なくちゃいけなかったの」
「あらあら、寧々ったら係を任されていたのね。なに係かしら?」
「……いきもののお世話係?」
寧々は首をかしげながら答えた。
「あらどんないきものなの?! お母さんに聞かせてちょうだい!」
いきものと聞いて母の目が輝く。
母は大の動物好きだった。
「えっと、大きくて一見怖いんだけど実は繊細でかわいい感じ。黒い大型犬みたいな?」
寧々は大きな体をしゅんと小さくしながら謝っている一人の男のことを思い浮かべる。
「黒い大型犬って、もしかしてベルジアン・シェパード・ドッグ・グローネンダール!? いいなー、お母さんもお世話係したいわあ」
「お母さん犬アレルギーだから無理だよ」
母は動物好きだが多くの動物のアレルギー持ちで家で飼うことができないでいた。
「そうなのよねー。そうだ、写真撮ってきてちょうだい!」
「うーん、いつかね」
「寧々のいけずー」
母は頬をぷくっと膨らませて抗議する。その姿はとてもかわいしく年齢を感じさせなかった。
はいはい、とそれを軽くあしらう寧々だった。
「じゃあ明日も早いのかしら?」
「うん、明日も同じくらいの時間に出る。……お父さんは?」
「お父さんはね、あんなことがあってからいろんなところに対応してて今日は遅くなるそうなの」
「そっか」
「姫乃の行方もわからないし……、多分、連れ去った男の子の家だと思うのだけど――」
「お姉ちゃんの話はやめて」
母の言葉を遮る、そこには強い拒絶の感情があらわれていた。
「お義兄さんにあんな酷いことをした人を私は絶対に許さないから」
そういいはなって寧々は自室へと向かった。
キングサイズの天蓋付きのベッドで、寧々は新から借りて返すことを忘れていた服に顔をうずめながら足をぱたぱたさせて悶えていた。
あーあ、服を受け取ったときに喜ぶのを我慢するの大変だった。
ほんとはこうしてすぐにでも顔をうずめたかったのに。
あと、寝てる間に頭なでなでしてたのバレてないよね?
覚えているのは倒れるまでっぽかったし……、大丈夫だよね?
寧々は顔をあげて、自分の火照った頬に指先でそっと触れる。
ほっぺ触られちゃってとってもドキドキした。
男の人の手があんなに大きくてがっしりしてるんだって初めて知ったよ。
身長が高くて端正な顔立ちだから冷酷に勘違いされることも多いけど、人一倍気を使う小心者だったりして。
年下の私にも対等で、顔色を伺うように謝られたときは大型犬がしょんぼりしてるみたいで可愛くて、抱きしめたくなっちゃった。
そして寧々は、と新から借りたスウェットをぎゅっと抱きしめる。
「新さん、新さん、新さん。今度は寧々の番だから。また明日も慰めてあげるね?」
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