第4話 元婚約者side① 抜け出した先で
「え、ウェディングドレス? なにかの撮影?」
「カメラないしどうなんだろう」
「男のほうは私服だからこれって……」
「まさか、花嫁略奪ってやつ?」
「いや、ドラマじゃないんだから。実際する人いたら迷惑すぎ」
街ゆく人々は一組の男女をみてひそひそと会話をしていた。
女はウェディングドレス、男は真ん中に大きく文字が書かれたTシャツにジーンズ。
そんな異色の格好の組み合わせはかなり人目をひき、たったいま結婚式場を抜け出したというのが誰の目から見ても明らかだった。
「連れ出されたってことは女性側からの婚約破棄でもあるわよね」
「どうして?」
「同意してるから抜け出したんでしょ」
「たしかに。うわー、どっちも身勝手すぎて引く」
好奇の目に晒されているのにも関わらず当の本人たちは全く気にしていない。
世界には二人だけしかいないようで、周りなんかは目に入っていない様子で走っていた。
そんな二人だからこそ、人様に迷惑になるなんてつゆほどにも考えずに行動してしまったのだと納得がいく。
「ま、待って湊くん……もう走れないよ」
「ふぅ、ここまで来たらもう大丈夫だろう」
二人は立ち止まり、警備が追いかけてきてないかあたりを見回す。
追手がきていないことが確認できた姫乃は、気恥ずかしそうに湊の方を向く。
「抜け出しちゃったね」
「ああ、連れ出しちまった」
頭をかきながら湊はいう。
「ふふ」
「はは」
「「あはははははははは」」
なにがおかしいのか分からないが二人は道の往来で大笑いをしだした。
ますます周りの視線は強くなるばかりだった。
「湊くん、幸せにしてね?」
「おう、俺に任せろ」
いま二人は自分たちが幸せになる未来しか見えていない。
孤独と絶望に耐えながらも、関わってくれた人たちに誠心誠意で頭を下げている一人の男がいることを二人は知らない。
それにしても、と姫乃は話を切り出す。
「あのショックを受けた新さんの顔みた?」
「みたみた。あのロボット、姫乃の言葉にはさすがにショック受けてたな」
「御曹司だからかなんでも出来て、最初はいいなって思ってたんだけど。それがなんだかだんだんつまらなく思えたの。だからつい最後に言っちゃった」
「ああいうやつは自分以外のことは見下してて馬鹿にしてそうだもんな、すかしてる感じもいけすかねえし。姫乃が言ってるところみて俺もスッキリした」
「それに引き換え、湊くんは私の知らない世界ばかり教えてくれて楽しいよ」
「そうか? 別に変わったことしてるつもりねえんだけどな。まあ、お嬢様の姫乃からしたら刺激的かもな」
それから二人は人目もはばからずに談笑を続けた。
落ち着いてから姫乃が少し不安を口にする。
「これからどうするか湊くん考えてる?」
「そういや、なんにも考えてなかった。姫乃を連れだすことしか頭んなかになかったからさ」
「え、私のことばかり考えてくれてたの? もう、湊くんったら!」
ひたすらに自己中心的で考えなしの行動をとっただけの湊だったが、姫乃はそこに気づかない。
自分を連れだすことだけ考えてくれていたという点に注目して喜んでいた。
「そうだ! だったら俺ん家くるか?」
さも妙案が思いつたかのように湊はいう。
「え、いいの?」
「いいぜ。両親は海外出張ばっかりだから家に誰もいないしさ」
「やった! いく! 初めての湊くんのお家だ!」
「あはは、はしゃいじゃってかわいいやつだな。じゃあ行こうか」
「か、かわいい……? 嬉しい……」
○ ●
あれからも二人はじゃれつきながら、ようやく湊の家へとついた。
「おじゃまします」
「どうぞ……って姫乃! 靴脱がないと!」
ブライダルシューズを履いたまま家にあがろうとする姫乃をあわてて制止する。
「え?」
「え? じゃないって! 家にあがるときは靴を脱ぐだろ? 欧米かよ」
「そうだけど、でも玄関じゃ靴脱がないよね? ここまだ玄関でしょ?」
「いやいや、もうここから廊下だから! ほんと姫乃は天然だなー、そんなところもかわいいけどさ」
「ご、ごめんね」
ははは、と湊は笑ってリビングに向かう。
(え? 湊くんの家狭すぎない? でもこんな狭いところで身を寄せ合うのが庶民的でいいんだわ)
姫乃は失礼な感想をいだきながら、湊のあとをついていく。
湊の住むマンションはそこまでは狭くない。
ただ、豪邸に住んでいる姫乃の価値観ではここで人が住むということが想像できなかっただけであった。
「ウェディングドレスのままじゃ生活しにくいだろ。ほい、これ着な」
そういって湊が手渡したのは女性ものの服だった。
目を見開いて固まってる姫乃の様子をみて、湊は続ける。
「ああ、これ? 瑞稀がよく泊まりに来るから着替え置いてるんだ。つってもなんにもやましいことはないからな? 昔から家族ぐるみの付き合いで泊まり泊まってが普通なんだよ」
「へ、へー。私、幼馴染いないから分からないけどそうなんだ」
「そうそう、幼馴染ってそういうもんだぜ」
姫乃はもやもやとした気持ちを抱えつつも服を受け取る。
着替え終わった姫乃は気を取り直してある提案をした。
「湊くん! 今日は二人の記念すべき日だから、私がご飯作ってあげるね?」
「おお! それは嬉しいな。いつも瑞稀が料理作ってくれるおかげで食材は冷蔵庫にたっぷりあるからなんでも使ってくれ」
「うん! じゃあ使わせてもらうね」
(あれ、また瑞稀ちゃんの名前が出てきた……湊くんは私と結婚するはずなのに……。ううん、大丈夫。湊くんは真実の愛を見つけたって言ってくれたもん)
それからしばらくして。
「お待たせ、料理できたよ」
「おお! え、これは……」
その光景に湊は絶句する。
テーブルに並べられたのは真っ黒な物質だった。
「ごめんね、キッチンの勝手がわからなくてちょっと焦がしちゃった」
「ちょっと焦がしたってレベルじゃ……いや、なんでもない。いただきます!」
(そういえば、昔みんなで行った合宿で料理することあったけど、そのときも姫乃は真っ黒い物質だったりどろどろの謎の液体を作ってたっけな……。)
湊は嫌な過去を思い出しながらも目の前の料理(?)を恐る恐る口へと運ぶ。
(やばい、これは食べられたもんじゃない!)
吐き出しそうになるのをなんとか我慢して飲み込む。
そうなっているとは知らずに自信に満ちた笑みで姫乃は尋ねる。
「どう? おいしい?」
「お、おいしいよ……ありがとな」
「嬉しい! ちょっと作りすぎちゃったけど……、愛するお嫁さんの手料理だからもちろん食べてくれるでしょ?」
「え!!」
キッチンに目をやると到底食べ物とはいえないものが量産されていた。
「……食べてくれる?」
「お、おう……ま、任せろ……」
(待て待て待て、あのときはネタかと思ってたけどこれはガチだ。結婚したらこれが毎日なのか!?)
勢いや刺激だけの恋愛感情では結婚生活が立ち行かなくなることは目にみえている。
これから二人は徐々にそれに気づきはじめるのだったが、もう遅い。
空一面には黒く厚い雲が広がり、いまにも雨が降り出そうとしていた。
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