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【書籍2巻発売記念SS②】元気にしてたかしら? 結衣side



 アメリカの高層ビルの上階、ガラス張りでニューヨークの街が眼下に広がるオフィスに、少々場違いな、日本語による大きな声が反響した。

 

「うっそ、一ノ瀬くんが婚約破棄された!? おまけに会社を解雇ですって?!」


 結衣は始業前に一通の連絡をみて驚愕した。

 それは結衣が以前から良くしていた、一ノ瀬商事で受付をしている女性社員からの連絡だった。

 

『どうしたんだいユイ、日本語でそんな大声出して。お酒を飲むにはちょいと早すぎるんじゃないか』


『ウィリアム、私を酒飲みのように言わないで頂戴。それに私はお酒が好きなわけじゃないの、お酒が私のことを好きすぎるだけよ』


『ハハハ、違いない。ユイが好きなのはアラタだったね』


『前にも言ったけれど、好きとかそういうのじゃないから』

 

 同僚の軽口に結衣も流暢な英語でジョークを織り交ぜながら返す。

 そんなことより、内容を確認するためにもう一度目を通すも、どうやら自分が酔っている訳ではないみたいだ。


 だからウィリアムの『それにしては日本のことを話すたびにアラタが出てくるね……』という言葉は聞こえていないようだった。


 結衣は新のことが気がかりだったが、新の結婚式当日は意地を張って同期に様子を聞くことなかった。

 しかし昨夜、バーで強めのカクテルを煽ってその勢いのままに同期に連絡して、今しがた連絡を確認したところだった。


(そうよね。昨日、行きつけのバーでカクテルを何杯か飲んだけれどあれくらいじゃお酒は残っていないはずだし……だったらこれは冗談じゃなくて本当のことなのね)

 

 ニューヨークと日本の時差は14時間、ニューヨークが朝ならば日本では夜にあたる。

 向こうで仕事が終わって夜に送った連絡を、結衣は今朝になって確認したというわけだ。


(こうしちゃいられないわ。早く日本に行かないと)


 決断してからの結衣の行動は迅速だった。

 結衣は上司であるジェームスに、前に打診された日本支社の設立の仕事を引き受ける旨を伝えて、すぐさま出張を取り付けた。

 そして結衣は最後にひとつ確認する。

 

『ジェームス、良い人材がフリーになったんだけど、引き入れても大丈夫?』


『良い人材って、ユイが前に言ってたアラタかい? 君ほどの人物が太鼓判を押す人間ならぜひ見てみたいね。裁量は君に委ねるよ』


『ありがとう。期待に応え得る人物だと約束するわ』


 結衣はジェームスにぱちりとウィンクをしてデスクを後にする。


 これで新をアメリカに引き入れる準備もできた。

 それから、程なくしてアメリカを発ったのだった。



「三好さん、帰国したのなら俺じゃなくてあいつに連絡すべきでしょ」


 恭平は車を運転しながら、助手席に乗る結衣に話しかけた。

 

「し、仕方ないじゃない。元上司が急に連絡してきて一ノ瀬くんに引かれたら嫌だもの」


 手をもじもじとする仕草は、バリバリのキャリアウーマンではなく恋愛経験の乏しい乙女を連想させた。

 

「それって俺にはどう思われてもいいってことですよねー」


「なにか言ったかしら?」


「いえ、なにも」


 急に切り替わった結衣の凍てつくような鋭い眼光に、恭平は首をすくめて返す。

 これは数々の修羅場を潜り抜けてきた恭平だからこそなせる技だった。

 常人であれば、縮み上がって言葉を失っていただろう。


「五つ星ホテルのディナーチケットあげたんだからいいじゃない」


「その説はありがとうございました。ボトルのワインまでつけてくださるなんて太っ腹ですね」


「まあね、あなただけじゃなくて受付のあの子にもお世話になっているし」


「これであいつが喜びますよ」


 そんな会話を交わしながら二人は新の家の前に到着した。

 


ーー着きましたよ。



 恭平はそういって新の家の前に車を停めた。

 車のトランクから結衣の荷物を取り出して、淀みなくインターホンの前に向かう。


「ちょっと、私まだ心の準備ができていないんだけど」


「こういうのは躊躇っていたらダメなんですよ」


 いいながら恭平はインターホンのボタンを押していた。

 ぷつ、と電子音が鳴ったのを確認した恭平が軽薄に切り出す。


「おう、新」


『どうした恭平きょうへい? お前が家にくるなんて珍しいな』


「そうだろ。まあ、あとは頑張ってください」


 恭平は、にこっと結衣に向けて悪戯が成功した悪ガキのような笑みを残して、車に乗って去っていった。

 このために駐車場ではなく、家の前に停めていたのだ。


 突然のことに、インターホンのカメラに写らない枠外で、結衣は百面相を浮かべたが、わざわざ日本まで来たのだからもう逃げられない、と意を決した。


 こほんと咳払いして大人の女性にみられるように喉の調子を整える。

 そして自分を落ち着かせるための癖でもある髪をかきあげる仕草をした後、努めて冷静に声を発した。 

  

「久しぶりね、一ノ瀬くん」


(声裏返ってないかしら、大丈夫よね……?)


『三好先輩!?』


(ふふ、驚いている一ノ瀬くんは新鮮でかわいいわね) 


 

「元気にしてたかしら?」


 こうなったら私が彼を慰めてあげるのよ。

 チャンスは今しかないんだから。



【お知らせ】

遅くなりましたが11/1(金)書籍第2巻が発売しております!

こうして2巻が出せたのは皆さまのおかげです。

本当に感謝しています。


こちら伊吹の過去編となります。

1巻を読み返していただくときに合わせてお楽しみください。


2巻はほぼ書き下ろしとなっております!

よろしければぜひ手に取っていただけると嬉しいです!


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!角川スニーカー文庫より3/1発売決定!
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