表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/38

第30話 それは本当ですか?




 信じられないことを耳にした俺は、思わず聞き返す。


  

「……それは本当ですか?」


「ええ、恥ずかしながら。私は手先が不器用ですので料理はできませんの」


 

 どういうことだ、理解が追いつかない。

 鼓動が徐々に早くなっていく。


 

「そうなんですね……。あの智子(ともこ)さん、他にも聞きたいことがあるのでよろしければいくつか質問させていただいてもいいですか?」


「ええ、構いませんよ」


「ありがとうございます」


 

 俺は了承をとったあと、ひとつひとつ確認していく。



姫乃(ひめの)さんは料理はできますか?」


姫乃(ひめの)ですか、あの子も料理はできなかったかと思います。私よりも、その、酷くて……。ただ失敗するだけではなくとんでもないものを作り出してしまいます」


 

 昔、姫乃ひめのさんが手作り弁当を作ってきてくれたことがあるのだが、それも違ったということか?


 

「家族のなかで料理ができるのは寧々(ねね)だけですね、普段は料理人が在中しているので彼らにお任せしています」


 

 俺が頭に疑問を浮かべていると智子(ともこ)さんが先行して答えてくれる。


 たしかにそうか、大グループを統べる藤咲(ふじさき)家ともなるとお抱えの料理人がいて自ら料理をすることはないし、伴侶となる人に求められるのは料理ではなくもっと別の資質なのだろう。


 

 智子(ともこ)さんの発言の中でひとつ引っかかったことを尋ねる。


 

寧々(ねね)ちゃんが料理をできるんですか?」


「ええ、あの子はとっても上手ですよ。料理長から指導を受けたり、祖母から料理を学んだりしていたので。それに高校に入ってからはいつもお弁当を持参しているくらいですから」



 なんと寧々(ねね)ちゃんが料理上手だったとは。

 いつもおかあさんの名前を出して自分は普段料理をしない素振りをみせていたから気づかなかった。


 けれどスーパーでの食材選び、俺への料理の指導などでレシピを見ずに教えている場面が何度があった。

 暗記をしたからじゃなくて体が覚えていたというわけか。



「では智子(ともこ)さん、料理のレシピを書いたことはありませんか?」


「はい。料理ができないのでレシピを書くなんてとてもではないですができない芸当です」



 念のため確認したのだが、当たり前の回答が返ってきた。

 レシピ通りにするのも難しいのにレシピを作るなんてもっと上級の行為だ。


 

 思い返してみれば、レシピに書かれてある字は寧々(ねね)ちゃんの勉強ノートにある字と筆跡が似ていた。

 考えてみれば気づけるポイントはあったのだ。

 


(あらた)さん先ほどからなにをお聞きになりたいのでしょうか。いえ、少し推察できなくもないですが……。(あらた)さんになにがあったのですか?」


 

 まっすぐに俺の目をみて智子(ともこ)さんが問う。

 俺は深呼吸してからここ最近でなにがあったのかを伝えることにした。


 

智子(ともこ)さん、怒らないで聞いてください。結婚式の次の日、寧々(ねね)ちゃんがお弁当を持って俺の家を訪ねてきたんです。それもおかあさんに頼まれたからといって」


「なんと、まあ!」


 

 智子(ともこ)さんが目を見開いて口元をおさえていた。 

 それもそうだろう、知らないところで自分の名前が出されていたのだから。


 

「その次の日も、いえ、それから毎日お弁当を持って俺の家に来てくれました」


「あの子ったら、最近なにかあると思っていたのですが家に押しかけていただなんて。藤咲(ふじさき)家のものがご迷惑をおかけして重ね重ね申し訳ございません。(あらた)さんにはなんとお詫びしたらいいのか……、あの子には強く言い聞かせますから」


寧々(ねね)ちゃんを怒らないであげてください。俺にも謝らなくて大丈夫です」


 

 狼狽(うろた)えている智子(ともこ)さんをなだめて俺は続ける。


 

「たしかに初めの頃は元婚約者のご家族の方に会うなんて気まずいなとか、もう関係がないはずだから厚意であったとしても受け取ってはいけないよなとか、色々と考えて困っていました。けれど、いま思えばあれがなかったら自分はどうなっていたか分かりません」


 

 あの日々を振り返る。

 お弁当の優しくて丁寧な味と栄養のバランス、人の温もりが感じられるそれは一人暮らしの俺にはとても助かることだった。

 そして次の日も寧々(ねね)ちゃんが家にくるということ、それが心の支えになっていたことは事実だ。


 

「そう言っていただけますと、幸いです」


 

 智子(ともこ)さんは煮え切らないような面持(おもも)ちだったが理解してくれたのだろう。


 

「そうだ、様子がみたいから写真を撮ってきてって頼んだこともないですよね?」


「いえ、それは恐らく頼みました」


 

 なに、写真を頼んでいたのは本当だったのか。


 

(あらた)さんであるとは知らずにですが。それにしても、ふふ、大きくて一見怖いけれど実は繊細でかわいい黒い大型犬ですか……本当にその通りですね」


「えっと、どういうことでしょうか?」


「いえ、すみません。こちらの話です」

 

 智子(ともこ)さんが唇に手を当ててなにかを思い出すかのように微笑んでいた。

 深く聞きたくなったのだが後回しにして続ける。


 

「ではエプロンも智子(ともこ)さんはご用意されていないということですね?」 


「エプロンですか? それはいったいどんなものでしょうか?」


「これなのですが、見覚えはございませんか」


 

 質問されたので俺はスマホにある写真をみせて確認する。

 お弁当もそうだが、物をもらっていたのならお礼をしなくてはいけないと前から思っていたのだ。


 

「あらあら、二人して料理を作っているんですか? 仲が良さそうですね」


「いや、あの! これは、その……」


 

 エプロン単体の写真はないので着ているところしかなかったのだが、よりにもよって寧々(ねね)ちゃんが撮った自撮りを母である智子(ともこ)さんにみせてしまった。


 慌ててスマホをポケットにしまう。

 恥ずかしい、体温が上昇して変な汗をかく。



 ちなみに写真は寧々(ねね)ちゃんからブルートゥースを使って送りつけられたものだった。

 承認するまで何度も送って来るものだから拒否できなかったのだ。


 

「残念ながらそのエプロンに見覚えはございません。でもその写真をみて(あらた)さんが怒っていないことを知れて安心しました」


 

 智子(ともこ)さんはほっと胸をなでおろしていた。

 さっきからの問答で気づいたが、恐らく本当に智子(ともこ)さんはなにも知らない。

 全部寧々(ねね)ちゃんがしたことなのだろうと分かったのでこれ以上の質問はやめることにした。



「私から少しお話しよろしいでしょうか?」


 

「はい、なんでしょう」


 

 俺ばかりが質問をしていたので、次は智子(ともこ)さんの話を聞くことにした。


 

「話とは、ここ数年の寧々(ねね)についてです」


 

 母である智子(ともこ)さんからみた寧々(ねね)ちゃんについてか、気になるな。

 俺が黙っていることを肯定ととらえてくれたのか智子(ともこ)さんは話を続ける。



寧々(ねね)はとても素直になりました、自分のしたいことを追求して、嫌なことやしたくないことにはきちんと理由を添えた上で断るようになりました。母としては喜ばしいことです。それによって(あらた)さんの家に押しかけるという結果になってしまったのであればそれはお恥ずかしいことなのですが……」


 

「いえ、それは気になさらないでください」


 

「ありがとうございます。寧々(ねね)はこれまでは自分をあまり出さずに周りに合わせたり、周りの期待に応えようとするばかりで寧々(ねね)の本音の部分は見えづらかったように思います」



 前の寧々(ねね)ちゃんはそうだったのか。

 俺が失敗した料理をだした時は美味しくないとちゃんと言ってくれたし、気を使って相手に合わせるのではなく、相手のことを想って自分の意見をいえる子だった。



「これまで通っていた小中高の一貫校である女子校から天ヶ峰(あまがみね)高校に進学を決めたのも、高校に入ってから見た目が変わっていったのも、仲の良いお友達が増えたのも、アルバイトを始めて自立しようとしたのも、料理を始めたのも。そして、なにより笑顔が増えたことも」


 

 智子(ともこ)さんは木漏れ日に照らされて、嬉しそうに微笑んでいた。


 

「いまにしてみれば、そうなったのは三年前、(あらた)さん、あなたと出会ったことがきっかけだったのではないかと考えています」


 

 俺がしたことが寧々(ねね)ちゃんの中のなにかを変えるきっかけになったのだろうか。


 

「最近はほんとに楽しそうでした、それは(あらた)さんと会っていたからですね。だけどここ数日は元気がありません、もしかしたら寧々(ねね)は家に来ていないのではないですか?」


「そう、ですね……」


「やはりそうでしたか。つまり、そういうことなのですね」 


「どういうことでしょう?」


「申し訳ございませんが、私も想像の域をでませんので、不確かな内容を(あらた)さんにお伝えすることは控えておきます。できればあの子から直接聞いてやってください」


 

 それはそうだ。

 あくまでも智子(ともこ)さんが感じたことであって、寧々(ねね)ちゃんの考えではないから不用意に話すの違うだろう。


 

 だったらなぜ、寧々(ねね)ちゃんは俺のところに来ていたんだろうかと考える。

 誰かにお願いされるわけでもなく、お弁当を作って毎日家に来る理由はなんだったのだろう。

 そして、来なくなった理由はなんだろう。



 それを考えたら寧々(ねね)ちゃんに無性に会いたくなった。

 顔をみて話が聞きたくなった。


 

「あの、智子(ともこ)さん、寧々(ねね)ちゃんは家にいますか?」


「いえ、今日は出かけると言ってましたよ」


 出かけるのか、だけど今日は休日だから探せば見つかるはずだ。

 


寧々(ねね)に会いに行かれるのですか」

 

「はい。どうしても寧々(ねね)ちゃんに会って話を聞きたいのと、感謝を伝えたくて。それでは失礼します」



 俺は智子(ともこ)さんに寧々(ねね)ちゃんの連絡先を聞くことなく走りだす。

 なぜなら一刻も早く彼女に会いたかったからだ。


 

 連絡先を知らなくとも会える気がしていた。

 寧々(ねね)ちゃんのことだ、きっとあの場所にいるだろう。

 だって今日は――。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
!角川スニーカー文庫より3/1発売決定!
特設ページはこちら
b3nrbdgcec4n64yqiubsspn27z0_1duz_147_1l0_budb.jpg
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ