第17話 元婚約者side③
藤咲家の応接室。
当主である藤咲誠司は椅子に深く腰掛けていた。
「俺たちは真実の愛をみつけたんです。だから姫乃さんと結婚させてください!」
「私、湊くんと一生涯ともに過ごしていくの! だからお願いお父さん!」
湊と姫乃は必死になって、目の前にいる父、誠司を説得していた。
しかし、自分たちの愛がどれほど大切が、どれだけ想いあっているかをうるさいくらいに伝えていただけだった。
謝罪は出会ってひとこと「すみませんでした!」と、いったきり。
しばらく聞くことに徹していた誠司は、静かにその口を開く。
「もういい、分かった」
「本当ですか! 良かった……」
「ありがとう、お父さん……」
湊は安堵し、姫乃は感激のあまり泣きそうになっていた。
「分かったから、二人ともその口を閉じていろ」
低く響く声が応接室を満たし、聞くものに威圧感を与える。
大企業の社長の言葉は、えも言えぬ迫力があった。
ひっ、と二人の息をのむ。
二人は幸せな雰囲気から、一気に絶望へと転落する。
「勘違いしているようだが。私は二人の結婚のことなぞ、どうだっていい」
「んなっ! なんでですか!」
「お父さんどういうこと!」
「黙れ」
二人はビクッと肩を震わせて、ようやく静かになる。
「先にいっておくが姫乃、お前はもう家族ではない。人を裏切るような犯罪者を藤咲家の人間として認めるわけにはいかない」
鋭い眼光が姫乃を射抜く。
いつもの父とは違った様子に姫乃は肩を震わせていた。
お前、なんていわれたことも初めてだった。
それもそのはず、家族の前でみせる顔と、普段の経営者としての顔は違う。
この態度がすでに家族ではないことを強調していた。
「それを踏まえてだが、他人である姫乃とそこの君、二人の結婚はどうでもいいというわけだ」
誠司は続ける。
「私のところに謝りにきたという姿勢は認めよう。しかし、来るのがいくらなんでも遅すぎないか? 普通なら当日、遅くとも次の日には訪問すべきだろう」
「それは……!」
「答えなくていい」
湊がなにか言いかけたが、誠司はそれを制す。
「理由はどうあれ事実は変わらない。それが姫乃と君を物語っている。来たら来たで菓子折りのひとつもないし、おまけに私服で現れる始末。わけのわからない文字の書かれたTシャツは私を馬鹿にしているとしか思えない。そして、君たちがしたことは多くの人に迷惑をかけた。私にだけ謝っても最初から意味がないんだ」
誠司はそこで話を区切る。
湊と姫乃は困惑の表情を浮かべていた。
「自分たちがなにをしでかしたのか分かっていないようだ。では、今から説明しよう」
誠司は感情的ではなく、ただ淡々と話を詰めていく。
「まず姫乃、君は婚約破棄をした。相手の合意や正当な理由なく一方的に婚約を取り消すことは婚約破棄にあたる。その場合、それまでに掛かった費用を相手に慰謝料として支払う必要がある。この場合は結納金や挙式などに掛かったお金などだ」
「そんな! 女性でも慰謝料を払う必要があるの!?」
慰謝料と聞いて姫乃は堪らず叫ぶ。
誠司はため息をつく。
「慰謝料を支払うことに性別は関係ない。伸び伸びと育てたつもりでいたが私は教育を間違っていたみたいだ。こんな子を新くんに嫁がせなくてよかったと今なら思うよ。姫乃、お前がしたことはまだ他にもある。それは大勢の前で新くんを侮辱したことだ。婚約破棄は犯罪ではないが、人を辱めることは侮辱罪といって立派な犯罪だ。つまりお前は犯罪者であるということだ」
「う……そ……」
「侮辱罪は親告罪にあたる、新くん本人からでないと訴えられない。だけど彼のことだから刑事告訴をすることはないだろう。だからこそ、私がお前を許すわけにはいかない。お前を家族と認めるわけにはいかないんだ」
犯罪者だと突きつけられた姫乃は、呆然としていた。
「次に君だが」
「君じゃなくて、湊といいます」
「もう会うことのない人間の名前を覚える必要はない。君も同じく新くんを侮辱をしていたな。本当に許せないよ」
冷静にみえる誠司だったが、声にはたしかな怒気をはらんでいた。
「他にも結婚式場からすれば建造物侵入罪、いわゆる不法侵入。そして業務を妨害したことによる業務妨害罪。出て行くときに扉を壊していっていたことによる器物破損罪。まだある。取り押さえようとした警備を突き飛ばしていたね、彼がどうなったか知っているかい? 突き飛ばされた拍子に手をついてしまって骨折したそうだ。つまり、傷害罪だ」
追い詰められた湊は血の気が引いて顔が真っ青になっていた。
最初の威勢はどこにもない。
「結婚式場と警備員から告訴状は提出されているはずだ。近々君の元へ警察が行くだろう」
「け、警察っ……!?」
「なにを驚いているんだ。犯罪行為をしたんだ、当たり前だろう」
誠司は式場や警備員への弁護士の斡旋をして、湊を追い込む手配は済ませていた。
「でも、俺は……ただ、姫乃と結婚したくて……」
「それで結婚式当日に挙式に乗り込んで来たというわけか。馬鹿馬鹿しいにもほどがある。ならなぜもっと早くに姫乃のもとへあらわれて想いを伝えなかった? 機会はいくらでもあったはずだ。なぜ、挙式当日を選んだ? 挙式当日になって自分の気持ちに気づくなんて馬鹿げてる。心のどこかで当日に花嫁略奪をすれば劇的だろうと、そんな自分を想像して酔っていたことに他ならない。そんな身勝手な行動が彼を酷く傷つけたんだ」
誠司は強く言い放つ。
「話は終わりだ、出ていけ。そして二度と姿をみせるな」
完膚なきまでに言い負かされた二人はなにも言い返すことのできないでいた。
しばらくして、力なく立ち上がり、うなだれながら部屋をあとにした。
誠司は立ちあがり、窓に向かって歩いていく。
ずっと話を聞いていたが、二人は自分たちの愛がどれだけのものかを語ることに重きを置いていた。
謝罪なんて二の次だ。
愛さえあれば誰もが祝福してくれて当然かのように振る舞っている姿に心底呆れたよ。
それに私への謝罪はあれど、自分たちがしたことの重大さを理解していないままの謝罪なんてないも同然だ。
そして、新くんへの謝罪は一切なかったな。
それが本当に許せなかった。
だから少々熱くなってしまったよ。
経営会でも常に冷静な誠司だったが、誰かのことを想ってこんなにも熱くなるのは珍しいことだった。
あの式の後に私も処理のために奔走したが、あの時の新くんに比べたらどうってことはない。
誠司はひとりで全てを抱え込み対応していた新の姿を思いだす。
新くんには後継ぎになってほしいと本気で思っていたんだよ。
時々、この藤咲家という柵が煩わしくなる時があるよ。
そうだ、寧々と一緒になってくれれば……いや、この考えはよそう。
彼には彼の幸せがあるのだから。
そして、今日きたあの男は調べれば調べるほど、ろくでもない男だった。
勤め先に圧力をかけて職を失わせる案もあったのだが、そもそもあいつは職に就いていなかった。
大学を卒業してからなにもせず、完全な脛かじりだった。
周囲には自分はなにか大きなことをすると、普通のことはしたくないと触れ回っていたそうだ。
学生時代に体育祭や文化祭などで活躍していたそうだが、所詮学生時代の栄光だ。
大抵は努力もせずにそこそこ上手くいく人生を歩んできたのだろう。
社会人になってからの方が人生は長い。
自分を特別だと誤認し、努力しない人間に成功はない。
今回の件はあいつのご両親にも通達がいっている。
そろそろ海外から戻ってくるころだ。
あとは司法と向こうのご両親に委ねようではないか。
誠司は小さくほくそ笑む。
それにしても真実の愛だなんだとしきりにいっていたな。
私の見立てではそれが覚めるのは時間の問題だ。
子どもの頃の約束は一見尊くみえるが、実際のところはなにもないに等しい。
「見せかけの愛がなくなったとき、二人に残るものは果たしてあるのだろうか」
屋敷をあとにする二人の丸まった背中を見下ろしながら、誠司はつぶやくのだった。
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