第13話 お義兄さん、よくできました
料理の前に少し疲れた気がするが本番はこれからだ。
今日つくるのはもちろん肉じゃが。
前回失敗したリベンジだ。
「今日はね、料理初心者のお義兄さんでも作れるレシピにアレンジしてきたよ」
「おお、それは助かる」
「そこから少しずつ難しい作り方や他の料理をしていけばいいからね」
成功体験を味わってからもらってから、徐々に難しいものに挑戦していくのは教育の基本だな。
お義母さんはそれをわかっていらっしゃるようだ。
寧々ちゃんがレシピを読み上げて、俺がその指示に従う形で進めていくことになった。
「それにしても、すごいかわいいよな」
「え!? ……どうしたの!?」
「いや、レシピの字やそれに書かれてるキャラがかわいいなって思って」
「あ、そういうこと」
ふう、と寧々ちゃんは手に持っているレシピで顔をあおぐ。
料理の前にレシピを軽くみせてもらったのだが、その字が丸っこい感じで、注釈がキャラたちが喋っているようになっていて見やすかったのだ。
このレシピは料理が終わったら貰えることになっている。ありがたい。
お弁当選びから思っていたが、お義母さんはかわいいキャラとかが好きみたいだな。
「ごめん、関係ない話だったな。やっていこう」
「えっと、まずは野菜を切っていきます。にんじんは皮付きで、じゃがいもは皮を剥いて、どちらも乱切りだね」
「はい」
「お義兄さん、いいお返事だね」
ふふ、と寧々ちゃんは微笑む。
教えてもらってるから敬語になるんだけど、なんだか面白い感じがする。
「野菜だけど、一口サイズに揃えてね。そうすれば火の入りが均一かつ口に入れたときにストレスなく食べやすくなるから」
「なるほど」
こういうところから食べる人のことも考えているのか。
一口サイズといっても俺の一口だと大きいから、寧々ちゃんに合わせよう。
そう思い、寧々ちゃんの口元をみる。
ぷっくりと赤く張りのある唇、小顔だから口もそんなに大きくないな。
「お義兄さん、なにみてるの?」
「寧々ちゃんの口をみているんだが」
「え!」
恥ずかしいよと、寧々ちゃんは口元を隠す。
「一口サイズを寧々ちゃんに合わせようと思ったのだが。それだとみえない」
「うぅ……そういうことなら」
寧々ちゃんは視線を外しながら手をどけてくれた。
「うん、これくらいのサイズにするとちょうど良さそうだ。ありがとう」
せっかく作るんだから食べてもらう人に美味しいと思って欲しい。
「次にたまねぎだけど、皮を剥いて半分に切ったあと、くし切りだね」
「これも一口サイズということだな」
また寧々ちゃんの口をみて大きさをたしかめながら切っていく。
これで野菜は全部切り終えたな。
「……お、お肉は五センチ幅に切っていくよ。だから私の口はみなくていいからね?」
「わかった」
「次に、フライパンにお水、しょうゆ、みりん、さとう、顆粒だしを入れます」
「野菜や肉は焼かなくていいのか? それに鍋じゃなくフライパンで?」
前に失敗した作り方とは違うので質問をする。
「うん、今回はフライパンひとつで焼かなくても、美味しく作れるレシピなんだよ」
そういうのもあるのか。
手間が少なくて美味しいことはいいことだ。
「だしも顆粒だしでいいなら簡単だな」
「だしを取るのは大変だからね。顆粒だしでも十分美味しいし、料理は毎日のことだから続けられることが重要だよ」
たしかに、その通りだと思った。まずは料理をする習慣を身につけよう。
ハードルを高くしてしまって料理をしなくなるのはもったいない。
「そこから具材を入れてから中火にかけて、お出汁と馴染ませます」
「お、これだと肉が固まらずに広げやすいな。前に焼いた時はすぐに火が入って小さい塊みたいな感じなってしまったんだ」
うんうん、と寧々ちゃんは共感するかのように頷いてくれた。
「それから落とし蓋をします。煮崩れが防げるし煮汁の水分が飛んでいかなくなるからね」
「前は煮汁が少なくなって焦げてしまったんだよな。そうか、そうすればよかったのか。でも……」
ただの蓋ならあるが、フライパンより一回り小さい蓋は家にない。
「大丈夫、キッチンペーパーで問題ないよ。それにそうすることで灰汁も吸ってくれるの」
「落とし蓋ができて灰汁もとれるなんて、便利だな」
「そうそう、すごいよね。それから二十五分から三十分煮込みます。そしたらもうほぼ完成だよ」
そして、煮込み終えたところでキッチンペーパーを取りのぞくと、そこには野菜の形が保たれたまま焦げついてもない、お肉も塊になっていない、ちゃんとした肉じゃががあった。
「あとは火をとめて時間を置いて煮汁が中まで染み込んだら完成」
「おお、感動だ」
「ふふ。おおげさだよお義兄さん」
「大袈裟じゃない。前の失敗は結構ショックだったんだ。それを取り戻せて嬉しいんだ」
「なら、良かった。私も嬉しい」
寧々ちゃんは満面の笑みを浮かべていた。
◇ ◆
「「いただきます」」
目の前には白ごはんと、肉じゃが、たまご焼きが並んでいた。
「たまご焼き上手にできてるね」
「そうだろ?」
味を染み込ませている間に、もう一品つくっていたのだ。
これだけは唯一できる料理だったからな。
肉じゃがだけではさびしい気もしたし、ちょっと良いところみせたくてつくった。
「うん、たまご焼き美味しい!」
「よかった、初めて人に食べてもらうから少し緊張してたんだ」
「え、お義兄さんの初めてを食べちゃったの?」
「そうなるのかな」
ある程度自信はあったが人に振るまう機会なんてなかったな。
「お義兄さんの初めて……、全部食べてもいい?」
「いいぞ」
目の色がかわったように寧々ちゃんはぱくぱくとたまご焼きを口に運んでいた。
そんなに気に入ってもらえたのか、もしくはよっぽどたまご焼きが好きなんだろう。
俺は肉じゃがだけでも問題ない。
そして今日のメインの肉じゃがはというと、
「おお、美味しい。自分で作ったとは思えない!」
前につくったものとは雲泥の差だった。
「こっちも美味しいね。お義兄さん、よくできました」
ぽんぽん、と頭に優しい感触がする。
「あの、寧々ちゃん?」
「あ、ごめんなさい。つい……。年下にこんなことされるの嫌だったよね?」
寧々ちゃんは涙目になりながら俺に詰めよる。
「えっと、嫌じゃない。ただ恥ずかしかっただけで」
「ほんとに?」
「本当だ。だから安心してくれ」
大人になって褒められる機会は年々減っていく。
できて当然、できないと怒られる。それが普通になっていく。
だから嫌どころか、むしろ嬉しかった。
そんなことは口に出さないでおこう。
「「ごちそうさまでした」」
「料理楽しかったな」
率直に思った感想をいう。
人と一緒になにかをするのは楽しかった。
「うん。また、こうやって料理していこうね?」
「え?」
「だって覚えたのひとつだけでしょ?」
「たまご焼きも作れるぞ」
「そのふたつのローテーションじゃ厳しいよ。それに栄養のバランスが心配。……ってお母さんならいいそう」
他の料理を作れることをアピールすれば問題ないかと思ったが、そうはいかなかった。
肉じゃがとたまご焼きが作れるくらいではまだダメそうだった。
「次はサバの味噌煮にしよ! お義兄さん好きだよね?」
「ああ、大好きだ」
サバの味噌煮は肉じゃがに次ぐ好物だ。
考えると少しわくわくしている俺がいた。
「……」
「寧々ちゃん? どうかしたか?」
なぜかフリーズしている寧々ちゃんに声をかける。
「な、なんでもない! ええっと。私の空いてる日は……、この日なんてどうかな?」
「いいよ。俺は自由だからな寧々ちゃんに合わせる」
こうして料理を教えてもらうのは無事に終わり、次の予定も決まってしまうのだった。
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