超剣術
「剣……士」
目に涙を浮かべたままきょとんとした表情でこちらを見つめるミコット。彼女の反応は当然だ、私自身剣など触った事もない。だが暗殺組織グリエルに属していれば一通りの暗殺術は叩き込まれる。剣は暗殺向きではない為カリキュラムに組み込まれてはいなかったがナイフを利用した技はいくつか体得している。幼少より相手を迅速に始末する術だけは無駄に覚えて来たからな、一般人の……ましてや令嬢相手であれば専門外だが充分だろう。
「ミコット様、宜しければ剣を一振りお借りできませんか?」
その言葉に反応したのはミコットではなく第二令嬢のリリシアであった。
「な、なにを言っているの!? どこの馬の骨とも分からない執事ごときに剣を持たせるなんて危なくて仕方がないわ! 許可できるわけないでしょう!」
罵倒した相手に武器を持たせる事に身の危険を感じているのだろう、当然の反応だ。
「そうねぇ。リリシアの言う通りだわ、それにそこまでしてあげる義理もないと思いますけれど。貴方はただの雇われ人、雇い主が不要と言えば不要なの、分かったら早くこの家から出て行ってくださらないかしら?」
「……かしこまりました。確かに仰る通りでございます」
跪き第一令嬢クローディアの意に沿う返答をした後、庭に落ちていた厚めの木の棒を拾いあげる。
「それではこの棒だけしばしの間お借りできますか? 私がこの家で有益な守護者である事を証明してみせます」
「あ……ダールちゃん。それってフランソワーズの……」
そう。この家の飼い犬であるフランソワーズの玩具である10センチ程の木の棒だ。むしろ剣よりはナイフに近い長さで扱いやすい。
「あはは! そんな木の棒で何をしようというの? もしかして犬の真似でもして下さるのかしら?」
第二令嬢リリシアは蔑んだように見下した言葉を投げかける。そんなリリシアに一瞥する事なく深々と両令嬢に頭を下げる。
「二点、クローディア様とリリシア様にお願いがございます」
「……何かしら?」
「執事の分際でお願い事なんて分をわきまえて欲しいものね」
「……一点、あそこに見える木を一本私の自由にさせて頂けないでしょうか?」
私は屋敷を囲む壁の側面に植えてある一本の木を指さす。
「木を? なんだかよく分からないけれどいいわ。あの木は貴方にあげましょう。その代わり今月の給与は無し。あ、最後の給与といった方がいいのかしら?」
「そんな、酷い……クローディア姉様」
「何を言っているのミコット。木だってタダではないの。この執事も名家である家に勤めた記念が欲しいのでしょう、薄給で譲ってあげると言っているのよ。感謝して欲しいくらいだわ」
嫌味たらしく笑う第一令嬢。私はその返答にも膝をついたまま深々と頭を下げ、こう続ける。
「……二点、私の剣技がラングドアーム家に必要足ると判断頂けた際には……」
「際には?」
「……ミコットに謝れ」
そう言い放ち、遠くに見える一本の木を目掛けて右手に握りしめた木の棒を勢いよく振り抜く!
シャァァァァァァン!
極限まで研ぎ澄ました一閃は空気の刃となって標的となる木を縦に割る。
バリバリバリ! と雷が落ちたような音と共に私の給与で購入する運びとなった木は根元から左右へと裂かれた。
「あ、な、な、な、なんなのコレは……」
「ひ、ひぃぃぃ!」
自身の理解の及ばない現象に腰を抜かしその場に尻餅をつく二人の令嬢。ミコットは驚嘆のあまりただただ目を丸くしている。
「これが我が剣術の一つカマイタチにございます。いかがでしょう? この程度ではラングドアーム家を守護するには不足でしょうか?」
私は氷のように冷たい目をしながら淡々と地べたに這いずる二人を見下ろす。
「あ、あうぅぅぅ、な、なんなんですの貴方は……」
「ひっひぃ! ば、化け物! 寄らないで!」
「聞こえませんでしたか? もしこれで足りないようであればもう少し練度を上げた剣技をお見せしましょうか? ……もっと近くでな」
最後はドスを効かせた声で威圧する。
第一令嬢の顔からは血の気の一切が引いており第二令嬢については高そうな青いドレスの下半身部分が自らの尿で濡れていた。
「も、もう充分貴方の力は分かりました、ですから近寄らないで……お、お願いだから」
絞り出すように声を紡ぎ、震えた足のまま屋敷へと逃げ帰ろうする第一令嬢。そんな令嬢を私は呼び止める。
「クローディア第一令嬢。何かお忘れではないですか?」
「リ、リリシアは一人で戻って来れるわ。ね、ねぇリリシア」
第二令嬢は動く事もできずその場で耳を塞ぎ怯えている。
「そうではなく、ミコット様に言う事があるでしょう?」
私は呆然と立ち尽くすミコットを指差す。
「あ、そ、そうね。ミコット、ごめんなさい。少し言い過ぎたわ、だ、だからその執事に手を出させないで! お願い!」
命乞いをするように懇願する第一令嬢。戦場に出た事もないお姫様なんてこんなものだ、自分より立場が下の人間にしか優位を保つ事が出来ない。そして私はそんな人間を星の数ほど見てきた。
這うように屋敷へと逃げ帰る第一令嬢を一瞥しミコットへ問いかける。
「びっくりしたか?」
ミコットはその言葉を聞いた瞬間、私に覆い被さるよう抱きつく。
「ミコット!? ちょ、どうしたんだ!?」
ミコットは鼻をすすりながら涙声のまま耳元で囁く。
「良かった……良かったよぅ、どこにも行かないでよ、ダールちゃん……」
ミコットの鼻水が肩口に垂れる。私はやれやれとそっと彼女の頭を愛おしく撫で呟く。
「ミコット、私、今月給料ないんだ。ご飯でも奢ってよね」