さよなら暗殺の日々
「ダールちゃん。ありがとう……ゴメン……ね」
今にも降り出しそうな薄暗い雨雲から僅かに差した光が血に塗れたミコットの顔を映す。
彼女は笑顔でそういい残すとその場に静かに崩れ落ちる。
「……本部、応答しろ。ターゲットは始末した、処理は任せる」
私はいつものように古びた無線機を使い任務完了の報告を行う。
仕方がない。元々こうなる運命だったのだ……任務でラングドアーム家に執事として使えて5年。私はこの日の為に当主の第一令嬢であるミコットに仕えて来た。情など任務には不要、事の発端は暗殺組織『グリエル』を散々利用して来たにも関わらず、組織を裏切り、世間へ組織の内情を公表すると脅しを掛けて来たラングドアーム家への制裁だ。
「……シュフリダール、ご苦労だった」
ノイズ混じりにいつもの短い労いの言葉が聞こえてくる。
「ラングドアーム家が握っている組織の情報はこの5年で全て処分しておいた。当主を殺すも、死ぬまで使い潰すも自由だ」
「……流石だな。君のような才能を持った人間を5年も縛りつけて悪かったな」
「……問題ない。ただ潰せばいいという簡単な関係性では無かったことはこの5年の任務で理解した。今後同様の犬を飼う時はきちんと鈴を付けておく事だな」
「気をつけておくよ……しかしミコット・ラングドアームか。彼女が組織のスナイパーになりたいと言ってきた時は何か裏があるのでは、と考えたものだが……こうなる事を予期して自らの自衛能力を身につけておきたかったのか、もしくは自分だけでも組織に従順である事を示し助かろうと思ったのか……いずれにしても浅はかなお嬢様だったな」
……!
「黙れ! ミコットを知った風に語るな!!」
我を忘れたように無線機越しに怒鳴りつける。血が沸騰するように熱い。もし私の銃の射程が無線の主まで届くのであれば今すぐにでも撃ち殺していただろう。
「おっと、これは失礼した。虚偽の関係とはいえツーマンセルでバディを組んだ中だ。精々喪に伏すといい……ただし、次の任務に支障はきたすなよ……」
こちらの返事も待たず、プッ……と無線の音声が途絶える。
いつのまにかポツポツと降って来た雨は私の熱を帯びた身体にあたり湯気をあげ消えていく。
誰もいない路地裏で、私の銃弾を胸に三発浴び事切れたミコット。彼女は何を思い死んでいったのか。
「ありがとう……か、ごめんなさい……か」
なんと皮肉な言葉だろう。
恨みごとの一つでも言ってくれた方が、まだ私は救われたのに……
雨に濡れた右手の愛銃を一瞥し私は右のこめかみに銃身を突きつける。
「次の任務に支障はきたすな……か。無理だよ……もう私には……何もないじゃない……」
仰向け倒れたミコットの手を握りしめながら私は銃の引き金を……引いた……
タァーン!
これで……ミコットと一緒……に……
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「ダー……ん」
……え……?
「ダールちゃん!」
真っ暗になった目の前から一転し眩しい太陽の光が差し込んで来る。あまりの落差に中々目を開ける事ができなかったが聞き覚えのあるその声を聞いて私は安堵する。
(あぁ……ここが天国か……私でもミコットと同じ場所に行けたのね)
口元が少し緩んだのを自分でも感じた。これで暗殺稼業ともお別れ、ここが天国なら私はここでミコットと……って!?
ようやく光の眩しさに目が慣れ、今の自分の現状を把握し驚愕する。
「ダールちゃん、お庭で寝たら駄目よ。フランソワーズがウンチしているんだから。お洋服に付いちゃうでしょ!」
「……ミ、ミコット、お前!?」
「あ、ふふ、気がついた!? そうなの! これダールちゃんと同じ制服よ。私もお父様に頼んで入れて頂いたの、ダールちゃんが通っているっていう『ぐりえる』っていう学校に!」
そう、目の前で『グリエル』指定服のスカートの裾をつかみ嬉しそうに笑うミコットは、2年前のあの日と全く同じだった。