第九十三話 ~ 魔力と鋏は使いよう ➁ ~
第九十三話 ~ 魔力と鋏は使いよう ➁ ~ 序章
ガリア王国のレオナールは頭を抱えていた
その訳は……娘のシルビィが大賢者の子を身籠ったからだ
本来ならば国を挙げて祝福すべき事なのだが……
以前と同じように、最高司祭のクロ-ドと王都騎士団長のラザールの3人だけで対策会議をしている最中である
当然、シルビィを診察した医師にはシルビィが妊娠したことを口外せぬように口止めしてある
現在、シルビィの妊娠を知る者はアネットなどシルビィのお付の者が数名だけである
「これは困ったことになり申したな」
最高司祭のクロ-ドが微笑ましく言う
「とても困っているようには見えんがの……」
そう言って国王のレオナールが呆れ顔でクロ-ドをみる
「笑い事ではございませんっ!」
「近隣諸国にどのように説明すればよいのですか」
王都騎士団長のラザールが声を荒げる
「そう、カリカリするでない」
「出来てしまったものは仕方あるまい」
顔を赤くしているラザールをクロ-ドが窘める
「貴公はいつもそうだっ!」
「もう少し危機感を持ってもらわねば」
呑気そうなクロ-ドに腹を立てたラザールが更に声を荒げる
「まぁまぁ二人とも、ここで言い争うても埒が明かぬ」
レオナールの言葉にラザールは黙り込む
そう、シルビィの相手が大賢者であることが大きな問題となっていたのである
本当は三人ともシルビィが大賢者の子を身籠った事を非常に嬉しく思っているのだが……
近隣諸国への対応に苦慮しているのだ
大賢者がガリアの王族と血縁関係になるという事は近隣諸国との外交上の大きな問題となるのである
既に大賢者が持つ超常の力は大陸中に広まり知れ渡っている
大陸で最強のゲルマニア帝国ですら大賢者ただ一人に敵わないのであるから、近隣諸国の警戒感は半端ではない事が予想されるからだ
それに、イベリア王国のカデーナ王朝のように"大賢者の呪いで王朝が無残に滅びる"と言う事を本気で信じている諸外国の王族も多くいるからである
「仕方が無いの……」
「適当に影武者を仕立てて、でっち上げ体裁に整えるしかないの」
国王のレオナールが小さな声で言うとクロ-ドとラザールもそれに同意するのであった
かくして、ごく最近に跡取りが病死して途絶えた古参貴族のジラール家に白羽の矢が立ちクレイマン・ジラールと言う既に病死した人物がシルビィの相手としてでっち上げられることになるのである
当然、シルビィは名前すら知らない相手である……
……が、これに納得しないものが一人……そう、アネットである
"これではシルビィ様が報われません"
"あの甲斐性なしの糞野郎に一言言わないと気が済みませんっ!"
アネットは固く心に誓うのであった……
結果的にアネットの行いがシルビィとお腹の子供の命を救う事になるのである
その頃、当の大賢者様は充実したアカデミー生活を満喫しているのであった……
第九十三話 ~ 魔力と鋏は使いよう ➁ ~
ルシィ・ランベール、24歳……彼女は王都の近くのカーレルという農村の農民の子としてこの世に生を受けた
5人兄弟の末っ子として生まれごく平凡な生活を送っていたのだが、ルシィが5歳になった時に死熱病の大流行が起こり母と兄弟4人とお祖母さんの6人を亡くしてしまう
生き残った祖父のニコラと2人で地獄のような死熱病の流行期の3年間を生き抜いたのである
ガリア王国の総人口の3分の1近くの命を奪った死熱病の猛威は凄まじく、死熱病が感染症であるために死者を弔う事もままならず、国中に亡くなった者の腐敗した亡骸が放置され生き地獄のようであった
この地獄の体験がルシィを医学の道へと歩ませたのである
ロクな教材も無いままに一人で黙々と勉学に励むルシィに祖父のニコラはルシィの為に苦労して高価な古本を手に入れることもあった
その甲斐あってルシィは王立アカデミ-に合格し医学への道を歩みだす、祖父のニコラは"我が生涯最高の時"であったと近所の人々に漏らしていたそうである
その祖父ニコラもルシィが王立アカデミ-の宿舎に入って1年後に事故死してしまう……ルシィは天涯孤独になってしまったのである
ルシィとニコラの絆は固く強かったので、その悲しみを消し去りたい一心でルシィは更に勉学に励むこととなる
そして、数年後には今のルシィが出来上がったのである
しかし、マノンとの出会いが、ルシィの心境を大きく変化させていっている事にマノンもルシィ本人さえも気が付いていない……
しかし、レナやエレ-ヌにはお見通しであった……
休息日で休日の土曜日、マノンはルシィと2人で魔法工房に行っている
レナの部屋でエレーヌとレナが何か話をしている
「間違いなく、ルシィ導師はマノンに恋しているわよ」
エレ-ヌの何気ない一言にレナも首を小さく縦に振る
「いいの……2人っきりにさせて」
「まぁ、当の本人は全く気付いていないみたいだけどね……」
エレ-ヌの問いかけにレナは微笑む
「いいのよ……」
「ルシィ導師には本当に感謝しているし」
「何かあってもそれはそれでいいと思っているわ」
いつものレナと全く違う言動にエレ-ヌは戸惑っている
「……あの……レナさん」
「何か……いつもと違うね……」
レナの懐の深さにエレ-ヌは驚きを隠せない
「私もマノン君と交わっちゃおうかな」
冗談交じりにエレ-ヌが言う……仏様のようなレナの表情が一変して鬼のように変わる
「うっ嘘です……軽い冗談よっ!」
命の危険を察知したエレ-ヌ必死で弁解する
「そう……」
レナは微笑むがエレ-ヌを見るその目は氷のように冷たかった
"なんで、ルシィ導師はよくて私はダメなの……"
エレーヌは心の中で呟く
レナの事が良く分からないエレーヌであった
エレーヌの疑問、"なんで、ルシィ導師はよくて私はダメなの……"か
その理由は……レナから見ればルシィは必ずマノンの役に立ってくれる
……がエレーヌは……?
ルシィと共に魔法工房へ転移し終えた私は安堵感に包まれていた
"ひぃ~死ぬかと思った……"
心の中で私は呟く
いつもの広場の塔の頂上から転移したのだが、ルシィにしっかりと私の体に抱き着くように掴まってと言ったらその通りに思いっきり抱きかれた……
その力が物凄いのである、以前に寝ぼけたシルビィに抱き着かれて脱糞しそうになった時などとは比べ物にならないほどの怪力である
今度はウ〇コどころか腸が飛び出すのではないかと思ってしまったぐらいである
魔法工房を目の当たりにしたルシィの様子は意外と普通だった
「凄いですね……」
ルシィはそう言うと自ら魔法工房へと歩みだす
魔法工房に対する警戒心よりも知識欲の方が上回っているのだろう、いかにもルシィらしいなと思うマノンであった
動く絨毯に乗った時もルシィは怯えることも無く、興味を持つわけでもなかった
本当に興味を持つとそれ以外の事は気にならないのは初めて会った時と同じだった
荷物も至ってシンプルでA4サイズのショルダーバッグ一つのみである
アレットとはえらい違いである
図書室の前で絨毯が止まると私は図書室ドアを開く、すると、ルシィの態度が一変する
「これはっ! 凄い量の本ですねっ!!」
「後で、閲覧させていただいてもよろしいでしょうかっ! 」
ルシィは鼻息を荒くして興奮気味に私に詰め寄る
「あっああ……いいよ」
私はルシィの気迫に押されて少し戸惑ってしまった
"間違いないっ! やはりルシィとレナは中身が同じだっ!!"
私はレナの数年後の姿を見ているような錯覚に陥る
"もしかして……ルシィも本当は凄くエッチなんじゃ……"
ルシィはそう言ったことに全く興味が無いと思っていた私は少し動揺してしまう
図書室に荷物を置くと実験室へと向かう、実験室に並んだ魔法器具にルシィは興味津々であるのがその態度から分かる
「それじゃ、この前の術を再現するね」
私はそう言うと背負っていたリュクの中から羊の肉の塊を取り出す
「この肉の塊をレナの右の乳房に見立てます」
私はそう言うと寝台の上に肉の塊を乗せると肉に直径3センチほどの印をつける
「これがレナの右の乳房に出来た腫瘍とします」
私がそう言うとルシィはジッと肉の塊を見ている
「それじゃ……その印の部分をよく見ててね」
私は肉の塊の上に右手をかざすと摘出魔法を発動する
摘出場所を目で確認できるので両手で挟み込む必要が無いのである
「えっ……」
一瞬で肉の塊の印の部分が切り取られたように無くなり、肉の塊の横にベチョっと落ちる
「なんなの……」
ルシィはわが目を疑っている
「次に傷口を塞ぐ回復魔法をかけるね」
私は呆然と肉の塊を見ているルシィに言う
切り取られた肉の塊の表面に薄い膜が出来ていくのがわかる
生きている血の通った人体とは違い止血する必要が無いので施術は楽である
「これが、レナの右の乳房に出来た腫瘍を摘出した時の術だよ」
私がそう言うとルシィは腕を組むと何かを考えている
「コレって練習すれば私にも出来ますか」
そう言うとルシィが真剣な眼差しを私に向ける
「無理……だと思う」
ルシィの期待の眼差しに申し訳なさそうに答える
「ですよね……」
「それじゃ……普通に切開して腫瘍を切り取ってもいいですよね」
ルシィが私に問いかける
「まぁ……理屈はそうだけど」
「患者の負担、止血と痛みは比べ物にならない」
「激痛と失血で命が危うい」
私がそう言うとルシィは小さく頷く
「そうよね……」
「痛みと止血を抑えられれば……」
そう言うとルシィは何か考えているようだ
「基本は、戦場で矢を受けて負傷した兵士の体に残された矢じりを取り除くのと同じですね」
「そうすると……傷口が化膿する可能性も高いですね」
「ん~ん~」
再びルシィは必死で何かを考えている
「ある程度の痛み止めと止血剤の薬の製法なら……」
考え込んでいるルシィに私がそう言うと
「痛み止めと止血剤の薬っ!!」
「そんなのあるんですかっ!!!」
物凄い形相で私に詰め寄る
「そんなに強力じゃないけど……」
「あるにはあるよ……」
私は以前に"エマの書"で読んだ薬の事を思い出していたのだ
痛み止めは神経に作用して痛覚を鈍らせる薬、止血剤は傷口の血が凝固するのを早める薬である
「申し訳ないんだけど……」
私は期待に目を輝かせているルシィに申し訳なさそうにすると
切り傷や擦り傷と言った日常的な小さな怪我に用いる薬なので大きな外科手術には到底使える物ではない事をルシィに伝える
「はぁ~そうですか……」
ルシィが落胆する
「お昼にしようか……」
私が落胆しているルシィにそう言う
「食事ですか……私は不要です」
そう言うとルシィは再び考え込む
"こりゃ、ダメだな……"
"暫く一人にしてあげよう……
私は考え込むルシィを見て呟くと休憩室に向かう
休憩室には保存食が備蓄されているからだ、お馴染みの赤いスープを温め、リュックに入れていたパンを取り出すとナイフで薄く切る
2人分の軽食を用意するとトレイに乗せて実験室へと向かう……
実験室へ入ると寝台の横に座り込み考え込んでいるルシィの姿が何故かオヤジ臭く見えてくる
「ルシィ、ルシィ、ルシィ」
3回呼んでも返事が無い……ルシィは一人で何かブツブツ言っている
"まぁ……仕方がないか……"
私はルシィのこの癖については半ば諦めている
私は寝台にトレイを置いてパンとスープを食べ始める……辺りに美味しそうな匂いが立ち込める
私は寝台を見てふとある事を思い出す……
"よく考えたら……ここでレナがお漏らししたんだよな"
そんな事を考えていると、いつの間にかルシィが私の目の前にいる
「うわぁ!」
私は驚いて思わず声を上げてしまう
「これ、頂いていいでしょうか」
ルシィはパンとスープを指さす
「いいよ、ルシィの分なんだから」
そう言って私がルシィにトレイを差し出す
「それじゃ……遠慮なく……」
「このスープ……赤いですね……」
ルシィはそう言うとスープの入った器をじっと見つめている
"やっぱり、ルシィでも赤いスープには警戒心を示すんだな"
少しルシィに失礼かもしれないが彼女ならそんなこと気にせずに食べると思っていた私であった
「美味しいよ」
私の勧めに恐る恐る赤いスープを口にする
「えっ……本当に美味しい……」
ルシィは驚いた様子でパンをかじりながらスープを飲む
「このスープ、見た目は最悪ですが、パンによく合いますね」
シラクニアの誰かさんと同じことをルシィも言うのであった
食事を終えるとルシィは再び試案に耽る
私はトレイを手に取るとそっと実験室を後にした
"暫くは実験室に籠って出てこないだろうな"……
私はそう思いながら図書室へと向かう
シラクニアで2か月、シルビィの件で2週間、レナの治療で1ヶ月と3ヶ月以上も休学していたのでレポートの作成と提出が遅れに遅れているのだ
レポート課題は既に決まており、後は文章化するだけである
今のマノンの能力をもってすれば3ヶ月の遅れも3日で取り戻せる
しかし、レナはそうではなかった……
今日も休日返上で1ヶ月分の遅れを取り戻そうと頑張っているのであった
私は、図書室のテーブルで黙々とレポートの作成に取り組み始めた……
どのくらいの時間が経ったのか覚えていない
私はレポートの原稿の作成を終えると大く後ろに仰け反るように伸びする
「ふぁ~あ~」
首をコキコキして右肩を回して肩こり解す……
"ああ~温泉にでも入ろう"そう考えて横を向くとルシィが私を覗き込んでいた
「ふぇ~っ!!!」
驚いた私は椅子から落ちそうになる
「危ないっ!」
椅子から落ちそうになった私をルシィは片手で軽々と引き揚げた
"なんか……ルシィってカッコイイ……"
私はルシィが凄くイケメンに見えてくるのであった
「何時からいたの……」
私の問いかけに
「20分ほど前からでしょうか」
ルシィは少し疲れた表情で答える
「温泉に行かない」
ルシィは私の突然の問いかけに首を傾げる
「温泉……ここにあるのですか」
ルシィは呟くように言う
「そうですね……行きましょうか」
少し考えると私の方を見る
湯煙が立ち昇る温泉をルシィは呆然とみている
「私、温泉に入るのは初めてです」
ルシィはそう言うと私の方を見る
「そうなんだ……ここの湯は肩こり解消にはいいよ」
私はそう言うと服を脱ぎ始める
ルシィはそんな私をボ~と見つめていた……
(本当は、メガネが曇って周りが見えていないだけである)
私は裸になりかけ湯をしてから温泉に入る
「どうしたの……ルシィも入んなよ」
私がルシィに話しかけると、ルシィはハッとする
「あっ……そうですね」
そう言うとルシィもメガネを外し服を脱ぎ始める……何故か恥ずかしそうである
……ルシィは祖父の二コラ以外に他の人と一緒に入浴した事などないのである
と言うよりは、最近こそ体を拭くようになったがそれまではロクに風呂なんかに入らなかったと言った方が正しいのである
要するに本当に恥ずかしいのである……
ルシィは裸になると大きな体を丸め、見様見真似でかけ湯をして温泉に入ろうとするが……
メガネを外しているために周りが良く見えない……
手探り状態であたふたしているルシィを看兼ねた私は立ち上がると
ルシィの傍に行きかけ湯をして上げると手を握って温泉に誘導する
「もっ申し訳ないです……」
ルシィは恥ずかしそうに言うと温泉に入る
「ふはぁ~」
気の抜けた声を上げる
「これは……いっいいですねぇ……」
ルシィが温泉に嵌った瞬間であった
「何だか……気持ち良すぎて……眠くなってきます」
ルシィは気持ちよさそうに言う
暫く、沈黙の時間が流れる……
初めに沈黙を破ったのはルシィだった……
ルシィは今までに自分にあった事を話し始める
レナもシルビィもアレットもそうだったが温泉に入ると女子は何かを話たくなるのだろう……
(温泉のリラックス効果がそうさせているのだが……まだ、マノンはそんな事は知らない)
私のすぐ横にいるルシィがいつもとは全く違って見える……
たぶん、瓶底メガネを外しているからだろう
短めの奇麗な金髪が印象的だ……
ルシィって本当はよく見ると凄く美人なんだ……
"それなりにしていれば奇麗な人ですよ……"
私にシルビィの言葉が蘇る……すると爺の言葉も思い出してくる
"あの姉ちゃん……乳も尻もなかなかのもんじゃ"
確かに、ルシィって……私は傍にいるルシィを見て少し考え込む
"この人はもっと身嗜みに気を使うべきだ"
私はスッと立ち上がるとルシィの手を取り温泉から出る
「ルシィ導師っ!」
私の突然の行動と気合の入った声にルシィはビクッとする
「なっ何でしょうか……」
ルシィは怯えたように小声で言う
「貴方はもっと身嗜みに気を使うべきです」
「綺麗にしましょうっ!」
私はそう言うとルシィに頭からお湯をかけると汚れを落とし始める
まるで、幼い子供を洗う父親のようである……
「えっ……ちょっと……」
ルシィは事情が呑み込めず慌てているだけでメガネが無いので状況が良く分からないでいる
「あっ! くすぐったいっ!」
「はぁっ! そんなところまでっ!」
「あっあっひゃっ!」
私に全身を隈無く洗われるルシィは悶絶している
私は30分ほどでルシィを完全に丸洗いしてしまうのであった
体中を隅々まで洗われたルシィは温泉の床に寝そべり昇天していた
"なんか……一皮剝けたみたいに"
"体が軽い……こんなの初めて……"
完全に体の垢を落とされたルシィは10数年ぶりの爽快感に浸っていた
そして、レナやエレ-ヌが考えていたような事は無く……
無事に王都に日帰りするのであったのだが……
10数年間野外放置されていてレストアされた名車の如く、いきなり美人になったルシィに王立アカデミ-は騒然とするのであった
年期が入って草臥れた瓶底メガネの代わりに私がプレゼントした新しいメガネはレンズに歪が無いので目元がハッキリとしているのも功を奏したようだ
当然、レナとエレーヌは……
在りもしなかった事を想像し勘違いをしているのであった
第九十三話 ~ 魔力と鋏は使いよう ➁ ~ 終わり




