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いつの間にやら憑依され……  作者: イナカのネズミ
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第九話 ~ 皇帝マキシミリアン ~ 


 第九話 ~ 皇帝マキシミリアン ~


 ~ 序章 ~


 皇帝マキシミリアンはゲルマニア帝国の首都ヴァーレのゲルマ宮の王の間にて、"ヘベレスト付近での大賢者の捕縛に失敗"との報告を受ける。


 それと同時に大賢者からの伝言が伝えられると狼狽する重鎮たちを前に終始無言であった。

 皇帝マキシミリアンは王座に座したまま狼狽する重鎮共を眺めながら、ある伝承の一つを思い出していた。


 "大賢者、現れし時、帝国に大いなる災いあり"

 "されど、帝国に益を招くものなり"


 かつて、ゲルマニア帝国の1都市と1万の精鋭兵を一瞬にして消滅させたと言う大賢者の伝承はゲルマニア帝国では誰もが知る有名な伝説である。

 この矛盾する伝承は史実が根拠となっている。


 今を遡る事、280年前に起きたゲルマニア帝国史上稀にみるこの大惨事は当時のゲルマニア帝国の全兵力の5分の1を一瞬で消滅させた上に主要な武器とその材料の生産拠点であった都市までも同時に跡形もなく消し去り帝国の軍事力を著しく低下させた。


 これにより当時、ゲルマニア帝国によるゲルマニア平原の覇権を食い止めようと帝国近隣の5つの小国が対ゲルマニア帝国を目的に同盟を結び形成されていたトルキリア諸国連合に対しての軍事的優位性を失うこととなりゲルマニア平原平定の計画は大幅にずれ込むこととなった。

 しかし、皮肉な事にゲルマニア帝国の軍事力の低下がトルキリア諸国連合の5カ国の和平講和派国の2国と侵攻強硬派国の3国との間で意見の食い違いを生み、やがて対立し同盟関係が崩壊し自滅の道を歩むこととなる。

 トルキリア諸国連合の名称は同盟国のトリニア帝国・ルシニア王国・キリアス王国・リヒター王国・アルメリア帝国の国名の頭文字を並べたものである 。

 和平講和は同じ帝政国家のトリニア帝国とアルメリア帝国の2国で、残りの王政国家の3国が侵攻強硬派国である。


 勢力的に劣る2国に対しゲルマニア帝国が同盟を要請し、これに2国が応じることによりゲルマニア大戦が勃発することになる。


 同盟により十分な兵力を得たゲルマニア帝国は侵攻強硬派国3国を殲滅し領土を占領すると後に同盟2国を吸収合併し現在のゲルマニア帝国の原型となった。

 残すは大陸の最北端、極寒の地にある都市国家シラクニア王国のみであるが当時のゲルマニア帝国はこの最果ての極寒の地に敢えて手を出すことは無かった。

  

 結果として、大賢者がゲルマニア帝国の兵力を削いだ事によりゲルマニア帝国のゲルマニア平原平定を早めた事になる。


 ゲルマニア帝国建国以来の長年の念願であったゲルマニア平原平定を思わぬ形での成しえた事の始まりきっかけは"大賢者にあり"と言う事を伝承は伝えているのである。


  ゲルマニア帝国の重鎮達が今回のガリア王国侵攻とかつてのゲルマニア平原平定をダブらせ重ね合わせてしまうのは止もう得ない事なのである。

 つまり、帝国は大いなる災いに見舞われるが帝国の究極の悲願である大陸平定を成しえるかもしれないという事なのである……しかも、大賢者当人が280年前の事を口にしたのであるから尚更である。


 皇帝マキシミリアンは重鎮共が狼狽する姿を王座に座ったままで眺め

 "本物の大賢者であるならば捕まる事などあり得まい"

 今回の"大賢者の捕縛"は皇帝マキシミリアンにとって初めからそう考えての行動だったのだ。

 "これで、あの者の言う事は事実だと言う事か……"


 皇帝マキシミリアンは王座からスッと立ち上がると狼狽す重鎮達に大声で堂々と言い放つ

 「狼狽(うろ)えるなっ!」

 「向こうから出向くというならば、待つだけの事」

 「何があろうと、もはや帝国は揺るがぬっ! これを機会に大陸全土を手中に収める!!」

そう言うと、静まり返った王の間に歓喜の声が上がり重鎮達が口々に叫ぶ

 

 「皇帝万歳! 帝国に栄光あれ!!」

その声を聞きながら皇帝マキシミリアンは王の間を後にした



 ~ 皇帝マキシミリアン ~


 王の間を出るとマキシミリアンはゲルマ宮の中枢部である聖域へと向かう。

 ゲルマニア帝国の建国以前より聖域とされてきた場所である、そこにゲルマ宮が造営され今日に至っている。

 ゲルマニア軍でも精鋭中の精鋭である皇帝親衛騎士団がここを守護しており聖域に入れるのはゲルマニア皇帝だけで他の者は立ち入る事を許されない。


 マキシミリアンが聖域の扉の前に来ると警護の騎士が敬礼をする、扉は開かれマキシミリアンはその中へ入るとすぐさま扉は閉ざされた。

 やや薄暗い聖域の内部は堅牢な石造りで直径20メートル程のドーム状となっており中央には石板がありその前にテーブルような縦横と高さが1メートルほどの立方体の石がある。

 その立方体の石の上には3枚の石板が置かれている、マキシミリアンはその一つを手にすると目を閉じる……どこからか女の声が聞こえてくる


 「止めておけ、お主には無理じゃ……」

その女の声にマキシミリアンは顔をしかめると


 「エマ……お前か……」

嫌悪するかのように呟くマキシミリアンに女の声は


 「お主には、多少の霊能力はあるが魔力は無い」

 「それよりも、ガリアの地に現れたという"大賢者"の方はどうなっておる」

とエマがマキシミリアンに急かすように訪ねると


 「お前の言う通りに配下の者にあの鎧を着けさせ指定された場所に捕縛に向かわせた」

 「"大賢者"は現れたが捕縛には失敗した」

 「訳の解らぬ"術"で皆、丸裸にされたとか申しておったわ」

吐き捨てるかのようにマキシミリアンが言うとエマは当然といわんばかりに


 「やはりな……わらわの言うた通りじゃろうが……」

 「それに……その"術"わが師"大賢者パトリック"間違いないわ」

 「あの者も長らえておったか」

 「少し前に"探査魔法"を察知したが"禁忌の書"を探しておったようじゃな」

 「しかし、あの魔力の感触は"パトリック"のものではなかった」

 「何にせよ、あれで奴の居場所は分かった」

エマが少し嬉しそうな声で言うと渋い顔をしているマキシミリアンに

 「お主に施した"術"もそう長くはもたんし、わらわもこの場から離れられぬ」

 「お主の命と同じようにわらわもこののままでは消えてしまう運命……」

 「早う、あの者をここへ連れてきてもらわねば、お主もわらわも先がないぞ」

少し脅迫じみたエマのもの言いにマキシミリアンの表情は更に渋くなる

 「そんな顔をするでない、わらわにはお主だけが頼りなのじゃ」

今度は、媚びたような言い方をするエマにマキシミリアンは目を細めると


 「ふんっ、分かっておる!」

 「お前の言う通りに、別動隊を向かわせておる」

不機嫌そうにマキシミリアンが言うと


 「期待しておるぞ、わらわとお主は運命共同体なのじゃからな」

そう言うとエマの気配は消えた。


 静まり返った聖域の中でマキシミリアンは大賢者の伝言を思い出していた。

 "近いうちにこちらから推参致す"

 策を労せずとも向こうから来てくれるのだ……本物の"大賢者"ならば力ずくでどうにかなるものではない。


 大賢者が本物ならば下手をすれば280年前の二の舞いになる事は予想できた、それを見据えて初めから全滅覚悟の部隊を大賢者の元へ派遣しているのである。

 エマの言う通り時間に余裕はないが"ここは座して待つのがよかろう"マキシミリアンはそう覚悟を決めたのであった。

 "まあ良いか……"

 "既に矢は放たれてしまっておる……"

何千もの命が無駄に失われるかもしれない事になるかも知れぬがマキシミリアンにも今更、どうすることも出来なかった。


 そして、石のテーブルの上に置かれた三つの石板を睨むと入口へと歩き出す、扉が開かれ外光が薄暗い聖域に差し込み扉の閉まる音と共に静寂に包まれると石のテーブルがグォーと不気味な音を立てて震えている事など知るはずも無かった。

 聖域での事情などとはお構いなくこれ以前に既に決められていたガリア王国侵攻作戦は計画通りに進めら実行れていく事となる。




 ガリア平原を流れる大河ロール川、王国の南側のピオーネ山脈東部を源流として東から西へ流れ川幅は広い所で200メートルを超えガリア平原を二分している、その支流がマノンの達の村を流れるアロア川でもある。


 古来より天然の要害であり王都ガリアンの防衛線でもある。

 過去3度のゲルマニア帝国のガリア王国侵攻の際にもこの川が要害となり王都ガリアンへの侵攻を遅らせ冬の到来を以てゲルマニア軍は撤退を余儀なくされている。

 冬季になると寒さと積雪によりヘベレスト山脈を越えての兵員や物資の輸送が不可能となる為である。


 ガリア王国軍は今回も同じようにロール川河川敷に陣を構えている、ロール川で兵が渡河出来る箇所は限られているのでそこに陣を張っているのである。

 過去3度のゲルマニア帝国侵攻をここで食い止めている、ガリア王国軍にとっては本格的な冬が到来するまでの約三か月間を持ち堪えればよいのである。

 逆にゲルマニア帝国軍は三か月以内にこの川を越えなくてはならない事になる。


 夕暮れのロール川の川岸に急ごしらえの陣を敷いたガリア王国軍の中に一際目を引く白い外套を纏った騎士がいる、そこへ兵士が駆け寄り何かを伝えているようだ。

 「シルビィ様、布陣は終了いたしました」

 「兵員の増強、武具・兵糧の搬入も順調に進んでおります」

 「現時点で兵員4万7千、武具・兵糧は三ヶ月分は確保してござます」

そう兵士が伝えるとシルビィは対岸のゲルマニア軍陣地を見ながら


 「そうか、あいわかった」

 「ご苦労であった、下がってよいぞ」

シルビィがそう言うと兵士は頭を下げて足早に去って行った


 シルビィはゲルマニア帝国侵攻、ヘベレスト要塞の陥落の報を受け周囲の反対を押し切って前線に赴いてきたのであった。

 

 シルビィの隣でガリア王国軍司令官のエドガール・ド・ベイロンがシルビィに現状の詳細を報告をする、身の丈175センチほどの白髪交じりの黒髪に痩せた体型40歳でシルビィの母方の親戚筋で叔父にあたる存在である。

 武術はあまり得意では無いが堅実で隙の無い用兵で知られ17年前のゲルマニア軍侵攻の際も同じように副官として指揮の補佐をしている古参兵である。

 「密偵の報告では現在、確認されているゲルマニア軍の兵力は7万以上、後方からの物資の輸送も大規模なもので既に二か月分は運び込まれているとの事……」

 「過去3度の侵攻の2倍の兵力で長期での戦闘を見越しておりますな」

 「今回は、明らかに過去3度のような短期決戦ではありませぬ」

 「察するにこれは、以前の戦とは同ようにはいきませぬな……」

厳しい目でシルビィに現状報告をするとシルビィの耳元で囁くように

 「ここは危険にございます、即刻、王都へお戻りを」

 「シルビィ様に万が一の事があっては困りますので……」

それを聞いたシルビィの表情が険しくなる


 「私何を言うのですか! に兵を置いて逃げろと申すのですか!」

声を荒げようとするシルビィの口にエドガールは手をかざすと


 「シルビィ様には、もう一つ申し上げたい事が……」

 「ゲルマニア軍本体とは別に王国の東部へ進軍している部隊があると密偵の情報です」

 「別動隊は旧シラクニア王国の雪上部隊、数は約七千ほど」

 「目的は……"大賢者"の捕縛との事です」

これを聞いたシルビィの表情が一変する


 「そっそれは、本当ですかっ! 」

シルビィは目を大きく見開きエドガールに迫るように言うと


 「……あっ……はい……まず、間違いないかと」

先程のシルビィとは余りの様子の変わりようにエドガールは気後れしてしまった


 「そうですか、私はそちらに行かれよと……」

そう言うシルビィの表情と態度にエドガールはまたしても気後れしてしまう


 「あっ……はぁ……それが良いかと……」

呆気にとられたエドガールがそう言うとシルビィは少し笑みを浮かべお付きの女騎士アネット・ヴィオネと共に足早に去って行った。


 これは、シルビィをこの場所から遠ざけるエドガールの策略であるが思った以上の効果に少し驚きを隠せなかった。

 "恋は盲目"か……、幼い頃からシルビィを知る者にとっては騎士団長ラザールと同じであったが、エドガールにとっては嬉しい事であった。

 "王女陛下、この命に代えてもここは守り抜いて見せまする"、エドガールは去って行くシルビィの後姿を見ながら固く決意するのであった。



一方、対峙するゲルマニア軍司令部ではガリア王国侵攻軍司令のエーベルハルト・フォン・アルムホルトが軍幕の中で副官のヘルベルト・ベームより報告を受けていた。

 薄暗い軍幕の中に置かれた簡素なテーブルにはガリア王国の地図が広げられ両軍の布陣が手書きで記入されている、それを見ながらヘルベルトが現状を報告する


 「現在の両軍の布陣はこの通りです」

 「ガリア王国軍の戦力は密偵からの報告では概算で五万程度」

 「武器武具・兵糧は三ヶ月分程度が既に搬入されているようです」

 「ガリア王国の同盟国ヒスパニア王国からの援助物資も近いうちに届きますが数量は不明、派兵はないようです」

 「ガリア王国軍司令はエドガール・ド・ベイロン、ガリアの王族に名を連ねる古強者です」

 そう言い終えると、今度は自軍側の布陣を指すと

 「我が軍の現状での兵力は七万七千、別動隊の旧シラクニア王国軍が六千五百の八万三千五百」

 「損害状況は戦死千二百、負傷・病症兵は千八百であります」

 「武器武具は二か月分、兵糧は自国の搬入分が三ヶ月分、ガリアよ捕獲した物が一ヶ月分の四か月分が確保されております」

 「兵の士気は良好に維持されております」

説明を聞き終えたはエーベルハルトは口に手を当て目を細める


 「思った以上にガリアの戦力が多いな……四万程度と踏んでいたが」

 「初戦で思ったほど削れなかったか……、ヘベレスト要塞の攻略に手間取った間に体制を整えるや、さっさとロール川まで後退したからの」

 「敵ながらなヘベレスト要塞を盾にしての良い手際、ヘベレスト要塞の守備隊も全滅覚悟で腹を括っておったからの」

 「敵ながら天晴……」

そう言うと少し口元が緩み不敵な笑いを浮かべると

 「しかし、今度は以前の侵攻の時とは事情が違う……」

 「十分な兵糧の貯えがある……無理を覚悟の短期決戦に出る必要が無い」

 「我らはこの地に居座り続けることが出来る」

エーベルハルトの言葉を聞いた副官ヘルベルトは大きく頷くと


 「それと……別動隊の旧シラクニア王国の部隊ですが……」

 「本当に"大賢者"捕縛など出来るのでしょうか」

 「ヘベレストで待ち伏せいた精鋭も手も足も出なかったと」

 「下手をすれば旧シラクニア王国軍六千五百が危ないのではかと……」

シラクニア王国軍が壊滅することをヘルベルトが危惧していると


 「……ヘルベルトよ……皇帝陛下は、その事も考慮に入れておられるのだ」

 「故に最も重要で困難な"大賢者"捕縛を奴らに命じたのだ……」

後ろめたそうにエーベルハルトが言うとヘルベルトの顔色が変わっていく


 「もしや……とは思いますが……」

 「もとより、全滅覚悟の作戦では……」

 「待ってくださいっ! 」

 「たとえ属国とは言え、それでは軍司令の貴方が兵を見捨てた事になりますっ!」

 「閣下の名誉と尊厳に疵がつきますっ!!」

もの凄い形相でヘルベルトが言うと


 「……よいのだ……」

 「それで、我がゲルマニアの兵の命が救われるのであれば……」

 「儂は、喜んでこの恥辱を受ける……」

 「それに、"大賢者"は無益な殺生をせぬと聞き及んでおる……」

そう言うとエーベルハルトはテーブルに広げられた地図上のシラクニア王国軍の配置をジッと見つめるのであった。

 清々しい程に迷いのないエーベルハルトの表情に、ヘルベルトは何も言うことが出来なかった。


 そんな前線で命を懸けるの兵士達の立場や心情などとは全く関係なく上層部の思惑を引きずりながら無慈悲に事は進んでゆく……。



 場所が変わって、ここはマノワール村のマノンの部屋……目覚めたばかりのマノンがヘッドの上で"ボ~"っとしていた。

 "おいっ! お前さん!! 聞こえるかっ!!"

爺が必死に呼びかけても返事がない。

 "賢者の眠り……とうとう来たか……"

爺は予め予想していた時が来たのだと確信した

 "やれやれ、目覚めるまで暫く儂が代役を務めるしかないようじゃな"

爺は小さな溜息を吐くとベッドから出て服を着替え部屋を出て行くのであった



 第九話 ~ 皇帝マキシミリアン ~ 終わり

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