第七十七話 ~ 2人だけの世界 ➈ ~
第七十七話 ~ 2人だけの世界 ➈ ~ 序章
マノンがシラクニアを出てから二週間近くが過ぎようとしていた。
シラクニアは、嵐の時期も過ぎ去り陽の光りが眩しく感じられる春の訪れを迎えていた。
突然の大賢者の出国にシラクニアの人々は驚きを隠せなかったが、徐々に記憶の片隅に残るだけの存在となっていくのであった。
しかし、そんな中そうは思えない者が4人いた。
そう、ルメラ達である。
特にルメラとユーリアは精神的にもショックが大きかった。
幸いにも"大賢者がシルビィ王女を攫った"事はまだシラクニアには届いていない。
明り取りの小さな窓から春の日差しが差し込んでくるルメラの執務室……
「はぁ~」
ユーリアが深いため息を吐く
「まるで魂が抜けたように生気の無いですね」
呆けているユーリアをみてアイラが呟く
「あっちの方も相当に深刻ですよ」
エルナが机にうつぶせになったままピクリとも動かないルメラの方を見て言う
「まぁ……気持ちはわかりますけど」
「流石にあのままでは……」
アイラとエルナが顔を見合わせていると
コンコンコンとドアをノックする音が聞こえる
「アスラクにございます……」
「お入りしてもよろしいですか」
アスラクの問いかけにルメラもユーリアも全く反応しない
「はい、お入りください」
見かねてアイラが返事をするとアスラクが部屋に入ってくる
「これはまた……随分と辛気臭いですな」
死んだようなルメラとユーリアを見てアスラクが言う
「大賢者様がお帰りになられてから二人とも、ずっとこの調子で……」
「大変、困っております」
アイラとエルナがアスラクに困ったように言うと
「それでは、この話を聞けば少しはマシになるのではないかと」
アスラクがルメラとユーリアを交互に見て言う
「ラッセル殿がルメラ様のガリア王国の王立アカデミ-への留学を進めておいでです」
その言葉を耳にしたルメラとユーリアがゆっくりとアスラクの方を見る
「それっ! 本当なのっ!!」
ルメラとユーリアが同時に同じことを言う
「本当にございまする」
「ゲルマニア帝国領を横断しガリア王国に入国するのは……」
「それなりの手続きがいりますもので……」
アスラクの言葉にルメラとユーリアの顔に生気が蘇ってくるのが分かる
「いつ頃になるのっ!」
ルメラの問いかけに
「そうですな……」
「後……2週間と言ったところでしょうか」
アスラクの答えにルメラとユーリアの顔に生気が完全に蘇える
「2週間だなっ!!」
「待ってやがれっ!、マノンの野郎っ!!」
ルメラから物凄い邪悪なオーラが立ち上るのが分かる
「それと……流石に姫様、御一人と言うわけにはまいりませんので……」
「お世話係と護衛役も必要かと」
アスラクのその言葉にユーリアが反応する
「私が行きます」
ユーリアの物凄い強烈な視線にアスラクの背筋に悪寒が走る
「わっ、分かり申した」
アスラクがユーリアの無言の圧力に屈すると、更に背後からもう二つの刺すような強烈な視線を感じる
恐る恐る、後ろを振り返るとアスラクにはアイラとエルナの目が赤く輝いているように見える
「分かり申した……」
「ルメラ様のお供はユーリア、アイラ、エルナの三人いう事で……」
身の危険を感じたアスラクはルメラのお供をこの三人とする事を即決せざるをえなかった。
かくして、これより一ヶ月と二週間後にこの4人が王都ガリアンの王立アカデミ-にやって来る事をマノンは知る由も無いのであった。
因みに、シラクニアを出る際に"大賢者がシルビィ王女を攫った"事が4人の知るところとなるのである。
第七十七話 ~ 2人だけの世界 ➈ ~
私が宿に戻ってくると昼食がすでに用意されていた。
「お戻りになられましたか」
シルビィが本を読むのを止めて椅子から立ち上がると私の方に来る
「冷めないうちに頂きましょうか」
シルビィはそう言うとテーブルの椅子を引いてくれる
「ありがとう」
私はシルビィにお礼を言う
本日の昼食は海老の姿揚げがメインでそれにパンと海草のスープが付いていた
なかなかの美味である。
食事を済ませて暫く休憩すると外から声が聞こえてくる。
間違いなくセシルたちの声だった
"あ~あ、もう帰らないといけないんだなぁ~"
"食べ物も温泉も最高だったし、後一泊ぐらいしたかったな"
そういった内容の会話が聞こえてくる、どうやらレボラの声のようだ
「どうやら、お帰りになられるようですね」
「これで、気にせずに表に出れますね」
シルビィが少し嬉しそうに言う
すると、外から再び3人の会話が聞こえてくる
"どうしたの……セシル……"
"なんだか、気持ち悪いぐらい機嫌が良いし"
"何か、いい事でもあったの"
レボラとコンティーヌの声が聞こえてくる
"神様が私にご褒美をくれたのよ"
嬉しそうなセシルの声が聞こえてくる
"なんなのそれ……"
そう言うとレボラの声が遠のいていく
暫くの沈黙……シルビィは無言で本を読んでいる
私はシルビィの方をチラ見する
「マノン……」
シルビィは食事を止めると私の方を見て優しく微笑んだ
私の背筋に悪寒が走り鼓動が早くなる
「……まぁ……いいですか」
そう言うとシルビィは再び本を読み始めた
私は救われた……。
「さっき、散歩の途中で見つけた秘湯があるんだけど行ってみる」
私の問いかけにシルビィは嬉しそうに頷く
波打ち際に作られた露天風呂に二人で入る、波の打ち寄せる音と磯部の香りが何とも言えない。
「いい所ですね」
シルビィが打ち寄せる波を見ながら言う
「何だが海の中にいるような気がするよ」
「誰もいないからゆっくりできるね」
私が言うとシルビィはいつものように私の膝の上に座る
「ずっと本ばかり読んでるから肩とか腰が辛くない」
私がシルビィに問いかける
「そうですね、確かに重怠いような感じがします」
「集中して好きなだけ本が読めることはそんなにないですから」
シルビィは私をジッと見つめながら言う
「それに、読書の後の温泉は最高ですわ」
私の目の前で両手を高く上げ大きな伸びをすると大きな胸がプルンと揺れる……
「マノン……」
そう言うとシルビィは私をそっと抱き寄せる……
私はシルビィの胸の谷間に顔をうずめるような格好になっていた。
「聞こえますか……私の胸の高鳴りが」
シルビィの言う通り激しく鼓動の脈打つ音が聞こえる
「この旅が終わったら……私は、王都に戻ろうと思います」
「短い間でしたが、私にとっては生涯最高の思い出の一つ……」
「そして、最高の時間でした……」
シルビィの辛く苦しそうな物言いに私は何も言えなかった
暫く私はシルビィの胸の谷間に顔をうずめたままでいる
波の音とシルビィの鼓動、そして自分の鼓動も早くなっているのが分かる
「どうして、王都に戻る決心を……」
シルビィの胸の谷間に顔をうずめたままで私が問う
「国が少しでも乱れれば多くの血が流れることになります」
「ザッハで私はその事を思い知りました」
「あの者達も職にあぶれなければ、あのような事をしなかったはず」
シルビィが何故、あんなに熱心に経済学の本を読み耽っていたのかがわかった
「マノン……いえ、大賢者様の身は絶対に私が守り抜いて見せます」
「ですから、私を王都にお戻し下さい……」
シルビィは息が出来ないように小さく掠れているのが分かる
「わかったよ……シルビィを王都に送り届けるよ」
私がそう言うと、又もや爺のすすり泣く声がする
"何という高尚な志じゃ"
"わしは、わしはシルビィちゃんのためなら一肌でも二肌でも脱ぐぞっ"
私は爺が暴走しないかと不安でたまらなくなる。
温泉から上がると2人無言で宿に戻る。
海に夕日が沈みかけている
「私は……この景色を絶対に忘れる事は無いでしょう」
シルビィが呟く
「私もだよ……」
私にとっても感動的な場面なのだが……
あれからずっと爺のすすり泣く声がその感動を全てを台無しにしているのであった
夕食を食べると床に就く、シルビィは私のベッドには来なかった……
第七十七話 ~ 2人だけの世界 ➈ ~ 終わり




