第七十三話 ~ 2人だけの世界 ➄ ~
第七十三話 ~ 2人だけの世界 ➄ ~ 序章
ザッハへの中継地である地方都市アルマイネではある噂が流れていた。
それは、ガリア王国の大商人たちが"ザッハ"に療養にやってくるという噂だった。
戦争が終わり、両国での商取引が活発になると多額の現金が動くようになった。
その現金を持ち運んでいるのが"ガリアの大商人"なのである。
当然、"ガリアの大商人"は浪人たちの恰好の標的であるが用心深いので必ず護衛の兵士を随伴しており指をくわえて見ているしかなかったのだが、今回は違っていた。
"ガリアの大商人"というカモが群れをなしてザッハにやってくるという噂を聞き付けた浪人たちは互いに結束してザッハを襲撃することにしたのだ。
それを聞き付け賛同し集まった浪士の数は100人近くにもなったのだった。
浪士たちは"ガリアの大商人"がザッハに来るのを待ち構えていたのである。
しかし、それは浪人たちを浴びき寄せる罠である事を浪人たちは知らない。
欲に眩んだ目には金の事しか映られなかったのである。
かくして、ザッハは"ガリアの大商人"に変装した"懲罰隊"と浪人たちの凄惨を極める戦場と化すのである。
同じような作戦がゲルマニアの各地で同時進行しており、この作戦の成功によ"浪人"はゲルマニア帝国内から一掃される事となるのである。
因みに、"懲罰隊"とはいわゆる"憲兵隊"の事であり脱走兵や離反した部隊などを始末するのが任務である。
第七十三話 ~ 2人だけの世界 ➄ ~
響き渡る怒声と断末魔の悲鳴……
長閑な温泉療養地だったザッハは今や凄惨な殺戮の場と化していた。
集まった浪人は約100人それを迎え撃つ"懲罰隊"の数も同数の約む100人であるが戦闘能力では"懲罰隊"が圧倒している。
爺とシルビィは宿に籠り窓から様子を窺っている。
宿の者達も扉を固く閉ざし出入り出来そうなところに椅子やテーブルでバリケード設置している。
"懲罰隊"は宿に近付いてくる浪人を次々と情け容赦なく斬り殺す。
戦いが不利だと気付き、逃げるもの命乞いをする者もいるがそんなものお構いなしである。
宿の外は血で赤く染まっている、斬り落とされた手足や首が転がり、腹を斬り裂かれた浪人の内臓がぶちまけられている。
爺の目を通して目の当たりにする戦場の光景は以前にへベレスト山脈の麓の村で戦場を見たことのある私ですら吐き気を催す程の凄惨なものだった。
へベレスト要塞で戦死した兄のエリクの事を思い出してしまう……
「こっこれが、戦場……なのですね」
シルビィが震える声で爺に言う
「そうじゃ、これが戦の実現じゃ」
爺の言葉にシルビィは青ざめた顔で震えている
「もう、これ以上は見るでない」
爺の言葉にシルビィが答える
「いいえ、私は最後まで見届けなければならないと思います」
そう言うと、いきなり食べたものを吐いてしまう。
それでも、シルビィはジッと戦いの場の光景を見ている
爺はそんなシルビィに政を治めるに相応しい者だという事を確信する。
戦いは1時間ほど続き浪人は逃げ延びた数人を残し全員が斬り殺されているのだった。
一方、"懲罰隊"の20人程の死傷者を出しただけで死者は数名であった。
戦いが終わったことを確認すると"懲罰隊"の兵士が宿に向かって大声で叫ぶ
「戦いは終わりました」
「もう、外に出ても大丈夫です」
その声に宿の者達の安堵の声が聞こえてくる
「浪人の残党が潜んでいる可能性があるので……」
「安全確保のために皆様全員に一時的に、アルマイネに避難して頂きます」
"懲罰隊"の指示に従ってザッハの全住人は避難を始める。
爺とシルビィも荷物をもって宿の外へ出る。
そこら中に浪人の死体やその一部が転がり、血生臭い匂いが立ち込めている
中には嘔吐したりパニックになる者もいる。
待機していた馬車に乗り込もうとすると……"懲罰隊"の兵士に呼び止められる
どうやら、浪人が変装しているのではないかと疑っているようだ
爺とシルビィは"懲罰隊"の兵士に職務質問を受ける
「貴方は何処から来られましたか」
兵士の質問に答えかねるシルビィに疑問を感じた兵士はシルビィの手を掴むと連行しようとする
「待たれよ」
「我らは浪人ではない」
爺が兵士を呼び止める
「貴様は何者かっ!」
呼び止められた兵士が不機嫌そうに爺に問う
「……」
爺は何も言わない
「お前も怪しいな」
兵士がそう言うと周りにいた兵士3人が爺を取り囲む
「何のまねかな……」
爺が兵士に問いかける
「おとなしく我らの指示に従え」
「さもなくば斬り捨てる」
兵士か殺気立つ。
ほんの少し前まで殺し合いをしていたのだから仕方のない事だと爺には分っていた
「何事かっ」
騒ぎを聞きつけた指揮官らしき兵士がこちらに向かってくる
「はっ! 怪しい者を見つけましたので」
「連行しようとしましたら抵抗されました」
「自らの身元も証ません」
兵士がそう報告すると指揮官の兵士が私の顔を覗き込む
「!!!」
私の顔を見た指揮官は慌てふためく
「この馬鹿者めがっ!!!」
「直ぐにその方の手を放し自由にせよ」
指揮官は急に兵士を叱りつける。
兵士は何の事か分からずに慌てて掴んでいたシルビィの手を放す
この指揮官は以前に爺が帝都ヴァーレのゲルマ宮殿に討ち入った際に偶然にその場に居合わせており、単身で果敢に爺に挑むも軽くあしらわれた挙句に丸裸にされた経験があるのである。
当然、爺の顔が脳裏に焼き付いており、"ゲルマニア帝国の英雄"と言われたレオン・ウェルナーが一騎打ちで敗れていたことも知っていた。
我らが束になってもとても敵う相手ではない……。
更に皇帝マキシミリアンの"今度、来た時には正門より丁重に迎い入れよ"の言葉も知っており、これは"皇帝マキシミリアンの客人"を意味する。
即ち、爺に無礼を働くことは皇帝マキシミリアンの勅命に反する事となるのである。
「申し訳ございませんでした、"大賢者様"」
「部下のご無礼、平にご容赦を」
そう言うと跪く、それを見ていた兵士の顔が見る見るうちに青ざめていく
「もっもっ申し訳ございませんっ!!!」
「まさか"大賢者様"とは思いもよらず……」
兵士は必死で申し開きをする
「何の事かな」
爺は惚けると
「あまりに凄惨な有様……」
「わしに亡くなられた浪人共の供養をさせてもらえんかの」
爺の申し出に指揮官の兵士が頷く
そうすると爺は両手を高く上げると分解魔法を発動させる
息絶えた浪人の遺体が光の粒となって天へと昇っていく
その光景を全員がただ呆然と見ているのだった
「これで良かろう」
爺がそう言うと浪人の遺体はその血や遺体の一部も全てが消えてなくなっていた
しかし、浪人持っていた剣や身に着けていた防具などはそのまま残されていた
「魂の平安の地に争いは無い」
「武具は不要……」
爺の言葉に指揮官の兵士は何度も頷くのであった
その後、兵士たちに丁重に扱われアルマイネ行の護衛付きの馬車に乗り込むのだが……
私が大賢者だと知ってしまった同乗者達の視線にシルビィと共に二時間ほどの間を耐えなければならなかった。
これで、もうザッハには来れなくなってしまった。
その後、アルマイネのマーケットで食材を買い込んだ後に魔法工房へと転移するのである。
第七十三話 ~ 2人だけの世界 ➄ ~ 終わり




