第七話 ~ 大賢者と大馬鹿者 ~
第七話 ~ 大賢者と大馬鹿者 ~
ゲルマニア帝国がガリア王国に侵攻し戦争が始まっている事など夢にも思っていない爺と私は"禁忌の書"の探索の為に魔法工房で準備を整えていた
「随分と重々しい格好だね」
爺の言う通りに装備を整えながら私が言うと
「"備えあれば患いなし"、というじゃろう」
「状況のよく分からん他国に行くのじゃからなそれなりの装備は必要じゃ」
そう言うと爺は話の最後に
「おそらく、"禁忌の書"は今もエマと何らかのつながりのある者が持っている可能性が高い」
「そして、魔術にもそれなりの知識を持っておるはず……場合によっては魔法戦になるやもしれん……」
「お前さんもそれなりの気構えはしておいてほしいのじゃ」
いつもの爺らしからぬ口調に私は何か嫌な予感がした
「それではゲルマニア帝国へ行くかの」
爺はそう言うと私は転送室へと移動する、中央の転送ゲートの制御石板に向かうと爺が困ったように唸る
「ん……ゲルマニア帝国内の転送ゲートが全て使えんようになっとるな」
「僻地の簡易ゲートはともかく正規の転送ゲートも使えんとは……」
「これは、ちと厄介な事になるやもしれんな……」
私は爺の物言いと口調から何やら懸念がありそうだと感じたので爺に話しかける
「何か心配事でもあるの」
私が爺に問いかけると
「……直接、ゲルマニア帝国内に転移できんから一度、ガリア王国内のヘベレスト近くに転移してからヘベレスト山脈を自力で越えるしかない」
「向こうの地は既に初冬じゃが……今の時期ならまだヘベレスト山脈越えはそう困難な事でもないのだが……」
爺は何やら他にも心配事がありそうなようだったがそれ以上は何も言わなかった
「では、転移するか」
爺がそう言うと眩い光に包まれる
焼け落ちた建物、何かが焦げる臭い……そして、家畜と人の死骸……
転移した場所の情景は尋常ではなかった
「これは……戦場じゃな……」
状況が掴めず呆然とする私に爺が呟く
「これは、不味いな……」
「さっさと戻ったほうがよさそうじゃな」
爺がそう言ったその時に無数の矢がこちらに向かって放たれた
即座に爺が私と入れ替わり得意の錬成分解術を発動する、矢は霧のように消えてなくなる
「おおっーーっ!!!」
どよめき声と共に周囲の物陰から多くの兵士が姿を現す、その容姿と身に着けた武具の紋章(2匹の蛇が剣に絡む構図)から完全武装のゲルマニア兵だと分かる
「待ち伏せか……」
「こちらの動きを予め予想しておったようじゃの」
爺が苦々しそうに言う
ゲルマニア兵の数はおよそ200人程度だが身に着けている統一された良質な装備からゲルマニア正規兵の中でも精鋭のように見受けられる
その中に一際目を引く恰幅の良いゲルマニア兵がいる、全身黒塗りの甲冑に大きく長い剣を背中に背負い手には長槍を持っいる
その姿を見て爺が呟く
「あ奴が大将のようじゃの」
「なかなかに肝の座った奴のようじゃが魔力は感じんの……」
すると、そのゲルマニア兵が大声でこちらに向かって
「当方はゲルマニア帝国第二聖騎士団長バルハルト・ブランケと申す」
「貴殿は、大賢者様とお見受けするがいかに」
それに爺が答える
「いかにも」
「当方は貴公らと争う気は無い」
「断りもなく戦場に立ち入った非礼、お詫び申す」
「即刻、退去する故にお目こぼし願いたい」
爺の返答に相手が答える
「丁重なる御回答ありがたく存ずる」
「残念ながら、貴殿の捕縛が我が主の命」
「当方も手荒な事は本意に非ず、おとなしくご同行願いたい」
爺は何も答える事無く少しの沈黙の時間が流れる……爺が私に話しかけてくる
"お前さん、転送ゲートが封じられておる"
"あの連中の中には魔法使いはおらんが封魔石を持った者がいる"
"すまんが暫くこの体、借り受けるぞ"
こんな修羅場、私にはどうすることも出来ないので爺の言う通りにする
そうすると爺は相手に向かて再び大声で話しかける
「貴殿の主、皇帝マキシミリアン殿に伝えられよ」
「近いうちにこちらから推参致す」
少しの沈黙の時間が流れる……バルハルトが答える
「ご同行願えないのであれば……」
「ならば、致し方無い……」
最後まで言う間もなくゲルマニア兵が一斉に向かってくる
怒涛を上げ迫りくる、その余りの迫力に私は恐怖心に襲われるが、爺は平然としている
爺は大きく深呼吸をすると両手を肩の高さほどの位置で広げる
物凄い魔力が放出されるのが私にも分かる……一瞬の閃光の後には見るも悲惨な光景が広がっていた
私の目の前には丸裸の200人のゲルマニア兵が呆然と立っていた……ヘベレスト山脈から吹いてくる初冬の寒風に身を晒され寒さに震えだす
流石に精鋭とは言えこの状況ではどうすることも出来ない、股間を隠してコソコソと身を寄せ合い寒さに震えている、もはや戦う気力などは微塵も感じられない。
私も目の前の200人もの裸の男に目のやり場に困る……
そんな中でも威勢のいい大声を上げる者がいる……一人だけ裸になっていない兵士がいる黒塗りの鎧が目を引く先ほどのバルハルトだ
「おのれっ! 何と面妖な術を使いよって」
「我らを愚弄するにもほどがあるっ!」
怒り心頭にこちらに向かって突っ込んでくると手にした長槍で横から鋭い平打ちを仕掛けてくるが、爺は避けようとする気配も無く平然としている
次の瞬間には長槍の穂先は叩き斬られ宙を舞う……いつの間にか爺が手にしている青白く光る剣、兜の下のバルハルトの顔が驚き歪んでいるのがわかる、直ぐに長槍を捨てると背中に背負った剣を爺に斬りかかるが爺は紙一重で難なくこれをかわす。
爺は少し間合いを取ると私に話しかける
「お前さんよ、久しぶりにそれなりの術を使ったが辛くはないか」
爺が心配そうに問いかける
「大丈夫だよ……全然何ともないよ」
私は爺に何事も無いように言う……実は少し力が抜けたような気がしていた
「そうか、それを聞いて安心した」
「魔力制御の事など何も知らぬのにな……やはり、お前さんの魔法力は桁外れじゃよ」
爺は何だかとても嬉しそうに言うと
「では、参るとするか」
爺は急に落ち着いた雰囲気になると血走った目で斬りかかってくるバルハルトの剣をスッとかわす
次々と打ち込まれるバルハルトの渾身の斬撃を難無くかわしながら爺は考え事をしていた
"間違いなくこの男が封魔石を持っておる……が……"
"魔力の無い者がどうやって封魔石を発動させておるかだが……"
"やはり、あの方法しかあるまいな……"
爺はそう心の中で呟く、その口調には嫌悪感が滲み出ていた
そして、爺は斬撃を続けるバルハルトから距離を取り対峙したところで話しかける
「お主、このままじゃと死ぬぞっ!」
バルハルトは突然の爺の言葉にも動ずることなく爺を睨み返すと
「兵士として戦場で果てる事など承知の上」
「今更、死など恐れぬわっ!!」
真っ赤な顔で爺に怒鳴るようにして言い返す、その姿に爺は小さな溜息を吐くと
「騎士として戦って死するならば本望じゃが、お主はそうでない」
「今のまま封魔石を発動しつづければ死霊体となり生ける屍となり果てるぞ」
爺の言っている事が何の事か解らないバルハルトは再び怒鳴るように
「何を訳の解らぬ事を申している」
「大賢者ともあろう者が臆したかっ!」
爺の言う事に全く耳を傾ける事はない、そのバルハルトの姿に
"……やはり通じぬか……封魔石に魂を吸い取られ続け……"
"その上に、命を懸けての真剣勝負の最中じゃから無理もないか"
"しかし、このまま化け物にしてしまう訳にも行かぬ……"
爺がこの状況を打開すべく考えを巡らせている、爺とバルハルトの会話を聞いていた私が爺に話しかける
"あの人死んじゃうの"
私が爺に問いかけると
"そうじゃ、人としてその魂が滅っすることになるが体は死なぬ封魔石の魔力でな"
"死霊体となりその肉体は生きた屍となりはて永久にこの世を彷徨う事になる"
爺が絶望したかのように言うと
"何とかしてあの人救えないの"
私が爺に問いかけると爺は少し黙り込み
"ある事はある……封魔石を破壊すればよいのじゃ"
"ただ、それなりの魔力が必要じゃ……具体的にはあ奴の持っておる封魔石を錬金した時に使った魔力以上の魔力をぶつけてやればいいのじゃ"
私は爺の言葉を聞くと直ぐに言う
"だったら、今すぐにでもやってみようよ"
"そうしないとあの人……"
私が全て言い終えるよりも早く爺の言葉が私の言葉を遮った
"ダメじゃっ!!!"
"お前さんは何も分かっとらんっ!!!"
"危険すぎるのじゃ、魔石を錬金するのにどれだけ膨大な魔力を必要とすると思っとる"
"いくらお前さんが魔力の恵まれてるとはいえ、封魔石の魔力量がお前さんの魔力量を上回っていたら……どうなるか"
"最悪、廃人になりかねんっ!"
爺が強い口調で言うが私はいつものように返す
"その時はこの体、爺に進呈するよ大事に使ってね"
私はそう言うと爺は小さな笑い声を出したそして覚悟を決めたように言う
"お前さんらしいわいっ!"
"よかろう、その時はお前さんの体貰い受けようっ!!!"
"ではいくぞっ!!!"
そう言うと爺は光の剣を収める、バルハルトは爺の行動が一瞬理解できずに動きが止まる
爺はこの隙に魔力を開放すると目の前のバルハルトに向けて放つ私の体から急速に力が抜けてゆくのが分かる
目の前に立っているバルハルトは金縛りにあったように白目を剥き仁王立ちしたまま痙攣を起こしている
私は自分の魔力に徐々に限界がきているのを感じる、その時、バルハルトの漆黒の甲冑が砕け散り光の粒となって天に舞うように消えていくと丸裸になってパタリとその場に倒れた
ゲルマニア兵達は自分たちが置かれている余りにも非常識な出来事と光景にただ傍観する以外になかった。
"お前さんの力勝じゃな"
"これでこ奴も目を覚ました時には術から解放されよう"
目の前に倒れているバルハルトを見て爺が言うが私はも猛烈な睡魔に襲われる
"私……少し疲れたみたいだから……"
"後の事はよろしく……"
そう言うと私は意識を失ってしまった、爺は少し焦ったように
"お前さんっ! 大丈夫かっ!!"
爺が私に呼びかける、その声は微かに聞こえているのだが私は返事をすることが出来なかった
"魔力疲労と枯渇による意識の混濁か……無理もない……"
"これは……急いだ方がよさそうじゃな……"
爺は心の中でそう呟くと、目の前で右往左往するゲルマニア兵に向かって大声で言う
「貴公らの主に伝えよ」
「自らの臣下を使い捨てにするなど言語道断、再びこのような外道に及ぶのならば……容赦はせぬ」
「ゲルマニアは280年前と同じ道を歩む事になろう」
「以上だ、これにて失礼する」
そう言い終えると爺は転送ゲートを発動させる、ゲルマニア兵は光の中に消えていく爺の姿をただ呆然と見送るだけだった
暫くして、寒さで目を覚ましたバルハルトにはこの場所で何があったのかの記憶が全くなかった。
性格には出陣の前に漆黒の甲冑を身に着けてからガリアの大地に裸で横たわり目覚めるまでの記憶がスッポリと抜け落ちていた
だが兵士達にとってはこの戦のインパクトは凄まじく後に"大賢者は触れてはならぬ者"との格言は後世のゲルマニア兵士達に受け継がれることとなる
大賢者の伝言が皇帝マキシミリアンの耳に届たのはこれより8日後の事である
この伝言を聞いたゲルマニア帝国の重鎮達の狼狽ぶりは大変なものであったが皇帝マキシミリアンは表情を変えるともなく終始無言であった
あれから魔法工房に帰った爺はすぐさま実験室へ向かうと以前に座った石の椅子に座る、椅子に刻まれた幾何学模様が光り出すと爺はそのまま目を閉じる
椅子から魔力が少しづつ今日供され始める、もう少しで尽きそうな私の魔力が少しづつ回復していく
"もうここら辺でいいじゃろう……一気に異質の魔力を注入するのも良くないからの"
"異質魔力による後遺症が出なければよいのじゃが、今はこの方法しかない……"
"おいっ! おまえさんっ!! きこえるかっ!!"
爺が私を呼びかけるが返事がない
"……流石に今度は"乳ネタ"は使えんじゃろうし……"
"どうしたものか……"
爺が悩んでいると私の意識が戻る
"ここ何処……私は……"
"魔法工房……だよね……あれからどうなったの"
私が爺に問いかけると爺は事の詳細を話してくれたが、それより気懸かりなのは兄のエリクの事だった
私は思い切って爺に聞いてみる
「さっき行った場所はヘベレスト山脈のガリア王国側だよね」
「そこにゲルマニア兵がいたということはゲルマニア帝国が攻めてきたって事でしょう」
「だとすると……兄のいたヘベレスト要塞は……兄は……」
私は嫌な予感がするので言葉を濁すと、爺がその濁した言葉を口にした
「間違いなくガリア王国側のヘベレスト要塞は陥落しておるの、そしてお前さんの兄はおそらく……」
流石の爺も最後の言葉を口にすることが出来なかった、黙り込んでしまった爺に私が問いかける
「さっきのゲルマニア兵達が兄を……」
私は自分が危険を冒してまで助けた人達が自分の兄を殺したのかもしれないという矛盾に苛まれる
「私って……本当に……お人好しの……馬鹿なのかな……」
泣きそうな声で途切れ途切れに爺に問いかけると爺は
「そうじゃな……凡庸な者ならばそう考える」
「しかし……お前さんは違う……儂はそんなお前さんに心底、惚れ込んでおる」
「お前さんは儂が何十年もかけて大陸中を探し回っても見つけられなんだ"大賢者"に相応しい者じゃとな」
いつもの爺は全く違った物言いにに私の目からは涙が溢れだす、そんな私に爺が語りかける
「"大賢者"などと世間では呼ばれておるがの実際はお人好しの"大馬鹿者"でないと務まらん」
「じゃがな……本当の意味での"賢い者"はなお前さんのような"大馬鹿者"の事を言うのじゃよ」
「世間の凡庸なる者から見ればお前さんは"大馬鹿者"じゃろうが"愚か者"ではない」
「それにな、昔から言うじゃろ……"馬鹿と賢は紙一重"とな」
爺の物言いは不思議と私を落ち着かせたが、何だか心に引っかかるところがあるので私は爺に言う
「それって、褒めてるの、それとも貶してるの?」
私が泣いているのか笑っているのかわからない声で爺に問うと
「……両方じゃな」
そう言って爺は小さな声で笑っている、何故かとても機嫌がよさそうだった
その後、私は温泉に入り一息ついてからマノワール村へと戻つた、そこにはいつもと変わらない風景、人、暮らし、時間が流れていた
自分が守らなくてはならないものが何なのかがハッキリ見えた瞬間だった、村に王都からの使者が到着するのはこれより9日後の事である。
そして、教会に村人全員が集められゲルマニア帝国のガリア王国侵攻と兄エリクを含む者達の戦死が伝えられる事となる……
第七話 ~ 大賢者と大馬鹿者 ~ 終わり