第五十七話 ~ シラクニア長期出張 ① ~
第五十七話 ~ シラクニア長期出張 ~ 序章
マノンが初めてシラクニアに来たときはシラクニアの人々はマノンの事をさほど期待も当てにもしていなかったというのが実情だった。
"北国病"の対策の遅れもあり一時は、その失望感から"役立たず・期待外れの大賢者"などと陰口を言われることも多々あった。
しかし、今ではマノンはシラクニアの人々から絶大な信頼を勝ち取っているのだが本人はまるで気が付いていない。
シラクニアの重鎮達にも次第にマノンがシラクニアに落ち着く事を望む者が多くなり、ルメラとの"交わり"を望む声も大きく国民の間からも同じような言動が多く聞かれるようになると当然、長老のアスラクの耳にも入っているのだった。
アスラクは既にルメラのマノンに対する気持ちに気付いてはいたが、ルメラがシラクニア王位継承者であることもあり慎重であった。
しかし、マノンを動向や言動を調査している間に政を司る者、統治者として最高の知識と能力を備えた者であると確信するに至る。
主のナッセルもマノンに全幅の信頼を置いておりシラクニアと国民の未来を任せるに相応しい者だと思い至るようになる。
爺がマノンが大賢者に相応しいと感じ取ったのとほぼ同じようなものだった。
風呂場での出来事でアスラク本人もマノンの事を本当に気に入ってしまう事になっているなどとは爺もマノンも知る由は無かった。
回りくどい爺の説得は完全な逆効果であった……。
第五十七話 ~ シラクニア長期出張 ① ~
「もう、アカデミーの始まっちゃったね……」
私は北風が吹き荒れる窓の外を見て言う
「そうじゃのう……」
爺は仕方なさそうに言う
「まぁ、ルシィちゃんが上手くやってくれる」
「ああ見えて結構、気の回る子じゃからの」
そう言うと爺は少し笑う
「そうかなぁ……」
なんか、最後の最後に何かやらかすような気がしてならないマノンであった。
私がシラクニアに来て7週目に入っていた……。
そうしていると"シュンシュン"と言う音がする。
ストーブの上に置いていたケトルのお湯が沸いた音だ。
同時にライ麦と麦芽飴と山羊のバターを混ぜたクッキーも焼いている。
午後のティータイムである。
最近、シラクニアの冬は寒さと退屈との長い戦いであると思うようになった。
ストーブのお陰で寒さからは解放されたが退屈はどうしようもないのであった。
やる事がないので、朝から風呂に浸かり昼に飯を食って、そして午後のティータイムである。
クッキー焼ける臭いとハーブティーの匂いがしてくる。
優雅な午後の一時であるはず……が……
「なぁ、マノン、クッキーもう焼けてんじゃねえか」
ルメラの声がする。
ストーブの上からケトルを取るとカップに湯を注ぎ
「あちちっ、クッキー熱いな」
焼けたクッキーを皿にのせる。
いつの間にか、マイカップとマイソーまで持ち込んでいるのである。
「このクッキー、美味いよな」
「このハーブティーもいい香りだし、オマケに体にもいいんだろ」
「これマノンの分、早く食えよ」
そう言うとクッキーをかじりハーブティーをすする。
「ああ!最高っ!!」
「マノンってホントに物知りだよな」
クッキーにかじりながら言う
この所、ルメラは私の部屋によく来るようになった。
そして、アスラクは良く風呂に入りに来るようになっていた。
アスラクは相当に風呂が気に入ったらしく、マイ・バスルームを作っているという話をルメラから聞いている。
何故かルメラは風呂に入りたがらない……理由はよくわからない。
何か理由があるのだろうが、本人が言うまで何も言わないつもりだ。
「毎日のようにここへ来て、アスラクは何も言わないの」
私はクッキーをかじりながらルメラに問う
「ああっ何も言わないぜ」
「って言うか、良い気分転換になるから行ってこいって感じ」
「俺も暇だし、ここに来ればクッキーやらハーブティーやら珍しい食い物があるし」
「それに、剣術も教えてもらえるし」
ルメラがハーブティーをすすりながら答える。
最近、暇つぶしにルメラに剣術を教えるようになった、どちらかと言うと爺の暇つぶしなのだが
「これ飲んだら、一勝負するか」
私がルメラに言うと
「おぅっ! 望むところだぜっ!!」
「今度こそ、テメーのケツぶっ叩いてやっからな」
そう言うとルメラはカップに残ったハーブティーを一気に飲み干した。
今いるこの大きな洞窟は元はゲルマニアとの籠城戦に備えての物資貯蔵庫だった。
今は何もないだだっ広い空間は剣の練習場にはもってこいの場所だ。
この所、ルメラとほぼ毎日のように剣の手合わせをしている。
ルメラの剣の腕も上がってきておりガリア王国の正騎士に引けを取らない程までになってきている。
最近では、刃引きした真剣を使って練習している程だ。
こうしていると時折、シルビィやアネット、セシルの事が思い出される。
皆、元気でやっているのだろうかと気にはなるが、ここでは確かめる手段はない。
ここ数日、人が増えてきている。
どうやら、私とルメラの手合わせを見物に来ているようだ。
皆、ここの連中は本当に暇なんだなとつくづく思う私と爺であったが、人の事を言えない程に私も爺も暇だった。
なるべく人目に付かないようにしていたのだが、10人、20人と増えて行き、今日は50人近くいる。
「なんか、やじ馬が増えたよな」
ルメラが嫌そうに言う
「そうだな……」
「人が多いと、ルメラの尻をブッ叩きにくくなるな」
私が笑いながら言う
「うるせえ!」
「今度こそ、テメーのケツぶっ叩いてやっからな」
ルメラは顔を赤くして不貞腐れたように言う
かくして、防具を身に着けている間に私は爺と入れ替わり二人の試合が始まる。
「随分と剣を構える姿が様になってきたな」
「それに、隙も無い」
爺はルメラの成長に少し感心していると
「はぁっ!」
気合の入った声を上げてルメラが懐に飛び込んでくる
「おっと、いかん」
爺は少し慌てて剣を構えると難なくルメラの一撃をかわす
「良い太刀筋じゃ」
爺はルメラの太刀筋が良い事に感心していると、再びルメラが切りかかってくる
「うん、なかなか良いぞ」
爺はそう言うとルメラの剣をかわし今度は反撃に出る、爺の一撃を何とか食い止めたルメラは一度間合いの外に出る
「身のこなし、間合いの取り方も良い」
「随分と成長したものじゃ」
爺は嬉しそうに呟くとルメラに話しかける
「ルメラよ随分と上達したの」
「今度はこちらから参る、この剣、防いでみよ」
爺はルメラにそう言うと凄まじい速さでルメラに近付く
「うっ! 速えっ!!」
ルメラが思わず声にする
キンッという音と共にルメラの剣が振り下ろされた爺の剣を受け止める
「うんっ! いいぞっ!」
爺はそう言うと剣を引きスッと間合いを取る
「今度はどうかな」
そう言うと爺は再びルメラに斬りかかる
"ベシッ"
という鈍い音が洞窟に響く
「痛えーーーっ!」
ほぼ同時にルメラの悲鳴も響き渡る
「勝負アリのようじゃな」
爺はお尻を押さえて蹲るルメラにそう言うと
「あー痛ぇっ」
「少しは手加減しろよな、これでもか弱い女なんたぜ」
ルメラはそう言うとゆっくりと立ち上がる
ルメラが尻を叩かれた事を笑う者は一人も居ない、ここがガリア王国の平民とは違うのである。
男女を問わず国民皆兵のシラクニアの人々は少なからず剣の心得もあり、ゲルマニアとの実戦も経験している。
今の試合がどの程度のレベルであるか冷静に判断できるのである。
爺とルメラの試合は自分達に笑えるようなレベルではない事が十分に分かっているのである。
爺が剣を鞘に納めようとしていると
「大賢者様、手合わせ願えますか」
と言う声がする。
爺が振り向くとそこには若い女性兵士が二人名立っていた
「……」
爺は少し呆然としていると
「どうしたんだ、お前達」
ルメラが若い女性兵士に話しかける
「こいつら、俺の護衛なんだ」
そう言うと女性兵士に近付いていく
「こいつがアイラ・ハールス、そしてこっちがエルナ・エスコラ」
ルメラが女性兵士を紹介すると二人は私に挨拶をする
「この前は、大変失礼をいたしました」
そう言うとアイラが私に謝罪する。
年齢は20歳前後、長めのブラウンの髪の毛に身の丈170センチほどで細身、やや凹凸に乏しい体形だが凛とした姿勢と顔付から良い兵士だという事が見て取れる
「あの時の……」
私はアイラの顔を見てルメラの所へ行った時の記憶が蘇る
「もういいよ、済んだことだし、気にもしていないよ」
私がそう言うとアイラはホッとした表情になる
そうするともう一人の女性兵士が私の方を見る
「お初にお目にかかります、エルナ・エスコラと申します」
「先日は、相棒がとんだ失礼をいたしましてお詫び申し上げます」
「こいつは少し早とちりする所がございまして……」
そう言うとペコリと頭を下げた。
エルナもアイラ同じ年齢ぐらいのようだ、短い淡い金髪で身の丈160センチほどでやや肉付きの良いメリハリのある体型、見るからに力強さが感じられよく鍛えられパワーが有りそうだ。
「お前たちも、マノンと手合わせしたいのか」
ルメラが訪ねる
「是非お願いしますっ!」
2人は威勢の良い声でルメラに返事をした
「という事で、頼んだぜっ!!」
ルメラはそう言うと私の肩をポンと叩いた
「言っておくが二人ともいい腕してるぜ」
そう言うとニヤリと笑った
「仕方ないのう……相手してやるかの……」
爺は面倒くさそうに言うが何処となく嬉しそうに聞こえる
根っからの騎士である爺は、こういうのは好きなのだと思う
初めの相手はアイラのようだ。
アイラは剣ではなく槍の使い手らしい。
「槍か……久しぶりに使うて見るか」
そう言うと爺は槍を手にする。
長さ約2メートルの短槍、練習試合用の槍なので刃先は無く先端には安全カバーが被せられている。
私は爺が槍を使う所を一度も見たことがないので少し楽しみにしている。
「それでは、初めッ!」
ルメラの合図と共にアイラは横打を打ち込んでくるが爺はこれを難なく受け止めると槍を両手で捩じるようにして逸らし姿勢を屈めるとアイラに斜め下から打撃を入れる。
後ろに飛び跳ねるように爺の打撃をかわし間合いを取ると今度は、アイラは凄まじい速さで突きの連撃を爺に放つ、爺は槍を両手で持つとアイラの突きの連撃を難なく防ぐ。
アイラの突きの一瞬の隙を突いて爺は横打を加える。
アイラは槍を地面に立てそれ受け止めると棒高跳びのようにして爺の真横の死角に飛び素早く後ろに回り込み今度は鋭い突きを入れる、爺は振り返ることなくその突きを寸前でかわし小脇に挟み込むと槍を掴み持ち上げるように体を捩じる。
アイラは必死でこらえようとするが爺に力負けしてバランスを崩す。
その隙に爺はアイラの斜め後ろから横打を入れると見事にアイラのお尻にヒットする。
「ビシッ!」
と言う音が洞窟に響く
「あんっ!」
何とも言えないアイラの妖艶な声が洞窟に響く
尋常ではないアイラの声に驚いた爺は慌てて蹲っているアイラに駆け寄る
「大丈夫かっ!」
「すまぬ、打ち所が悪かったか」
焦った爺はアイラのお尻に異常がないかを調べるためにアイラのお尻を触りまくる
「はひっ!あんっあああっ」
アイラは悶えるような声を出す
「この辺りが痛むのか」
「手元が狂って尾骶骨に当たったのかもしれん」
「ええいっ! 服の上から出はよく分からん」
そう言うと爺はアイラのズボンを脱がそうとする
「あっ、ちょっと待って!」
慌てたアイラが必死でズボンを押さえるが爺の力に負けてズボンを引きずり降ろされお尻が丸出しになる
「あっ、いやっ!!」
爺は丸出しになったアイラのお尻をジッと見ると
「この辺りか、どうじゃ」
「痛くないか」
そう言いながらアイラのお尻を撫でるように触る
「あっあはっああんっ」
死にそうな声で悶えるアイラを余所に爺はお尻を撫で回すように触る
「あっ、あっああっっっ!!もうダメっ!!」
アイラは断末魔の声を上げるとぐったりと地面に崩れるように倒れ込む
「良かった、骨に異常はなさそうじゃ」
爺は安心したように呟く
「安心せい、骨に異常はない」
お尻丸出しで地面に果てているアイラに言う
ホッとしている爺にルメラとエルナが近づいてくる。
「何してんだよっ!マノンっ!」
呆れるようにルメラが言うとその横からエルナが爺に
「あの~大賢者様……」
「アイラは少し変わった悲鳴を出すんです」
エルナはそう言うと地面で果てているアイラを見る
「そして……その……アイラは……お尻が……」
「その……何と言いますか……非常に弱くて……」
エルナは顔を真っ赤にして言い難そうにモジモジしている
「へっ……???」
爺は何の事か全くわからずに呆然としている。
「要するにな"あんっ"てのはアイラの悲鳴なんだよ」
「そして、アイラは尻が……その……よっ弱いんだよ」
ルメラは真っ赤な顔をして爺に言う
段々と爺にも状況が分かってくる
「……その……なんじゃ」
「わしの早合点か……」
爺はそう言うと地面で果てているアイラの方を見ると
「すまぬっ!アイラ殿っ!!」
「わしの早合点じゃ」
必死で謝罪する爺にアイラは
「いっいいんです……」
「これでお相子ですから」
そう言うとズボンを引き上げながら立ち上がる
「わははははっ」
周り中から割れんばかりの大爆笑がおこる。
爺もアイラも恥ずかしくて逃げるように洞窟倉庫を出て行くのであった。
この事件はあっという間に都市中に広まり私もアイラも暫くの間、恥ずかしい思いをするのであった。
この事件の真相についてはアイラとルメラがきちんと説明してくれたので大賢者の威信と威厳は何とか守られたのだった。
第五十七話 ~ シラクニア長期出張 ① ~ 終わり




