第五十五話 ~ シラクニア出張 ⑩ ~
第五十五話 ~ シラクニア出張 ⑩ ~ 序章
シラクニアの冬はとにかく寒い、人々は冬眠するかの如く家に籠もる。
都市の構造的な問題、更に燃料となる薪の確保が難しいこともあり人々は長い冬を厚着をして寒さを凌ぎ、冷たい保存食を食べてひたすら春の訪れを待つのである。
シラクニアの人々は、このような極寒の牢獄に入れられた囚人ような生活を何百年と続けてきたのである。
だが、大賢者のもたらしたストーブと泥炭という二つの物がシラクニアの人々の冬の生活を劇的に変化させた。
各家庭の部屋の中で安全に火を使う事が可能となったために暖かい部屋で暖かい食事を簡単に取れるようになった。
都市のすぐ近く東の湿地帯には泥炭が豊富にあり燃料には事欠かない。
しかも、ストーブは従来の暖炉に比べて熱効率が4倍近いので燃料も4分の1ですむのである。
シラクニアの人々にとっては夢のような生活環境が現実のものとなったのである。
しかし、大きな問題があった……それは、ストーブの生産が間に合わないという事である。
第五十五話 ~ シラクニア出張 ⑩ ~
私はルメラの机の上の書類の束を何気なく手にする、そこには……
"嘆願書"
"我々、東第三区の全住民の総意として速やかに各家庭へのストーブの配給と区画への大型ストーブの設置を要請します"
"その証として、全住民の署名を添付いたします"
"東第三区長 アーロン・ハーヴィスト"
「嘆願書っ!」
「これ全部、そうなのっ!」
私はルメラの机に積まれた書類の山を見て思わず大声を出してしまう。
シラクニアの政治形態は同じ王政でも他の国とは大きく異なり民主主義に近い、王族も平民も同じ屋根の下で生活を共にするという独特の生活環境が身分の垣根を低くしているからである。
他の国とは違い平民からの嘆願があればそれを無視する事などしないのである。
「……マノン、なのか……」
書類の山の隙間からルメラの声が聞こえてくる。
いつもの威勢の良さは全く感じられない。
「大丈夫っ!ルメラっ!!」
今にも死にそうなルメラを見て私は心配になる。
「ははははは……これぐらい大したことないぜ……」
ルメラの死にそうな返事に
「少し休憩しなよ」
明らかに疲れ果てているルメラを見て心配そうに言うと
「例のストーブ……思った以上に好評でな……」
「その対応に追われて三日連続徹夜だぜ」
ルメラは私に自慢そうに言うが声は死にかけている
「でも……流石に、眠い……」
そう言うとルメラは机に倒れ込むように寝てしまった。
それを見ていたアスラクはルメラの傍に駆け寄ると
「やれやれ……」
「少々、頑張り過ぎですな……姫様……」
そう言うと私の方を見る……何だか嫌な予感がする
「大賢者殿」
アスラクが私に声を掛ける
「はい……何でしょうか」
私は恐る恐る返事をする
「申し訳ないのですが……」
アスラクの言葉に私はドキッとする
「姫様を寝室までお連れ願いたいのですが」
私はアスラクの言葉が予想と違った事にホッとした。
ルメラを抱きかかえるとそのままアスラクの案内でルメラを寝室まで運ぶ。
初めて入ったルメラの部屋は、以外にも女の子らしい部屋だった。
ベッドの奇麗な花柄刺繍の枕カバー、その横にはトナカイのぬいぐるみ置かれている。
私はルメラをそっとベッドに寝かせると部屋の中を見回す。
予想とは全く違ったルメラの部屋に驚いている私にアスラクが話しかけてくる。
「意外でしたかな、大賢者殿……」
「花柄刺繍の枕カバーもトナカイのぬいぐるみもルメラ様のお手製にございます」
「ルメラ様はああ見えて意外と家庭的でしてな」
「良き妻になると思いまする」
そう言うと私の方を見て意味ありげそうにニヤリとする
私は顔を引き攣らせながら
「そうでね」
と言う他ないのであった……。
その後でアスラクに上手く言い包められ結局、ストーブの量産に協力する羽目になってしまった。
そうすると、爺の声が聞こえてくる
「お前さん、あ奴に上手く嵌められたな」
「まぁ……それもよかろう……」
「ルメラがあのようになったのも、わしらにも多少の責任はあるからの」
少し諦めたかのように爺が言う
しかし、そんな状況でもアスラクに浴場を作る許可はしっかりと得た私であった。
ルメラの寝室を出ると机の上に高く積み上げられた書類の山を見て
「はぁ~」
私は大きなため息を吐く
「アスラク殿、概算で必要な大型ストーブと小型ストーブの数は」
私がアスラクに尋ねると
「そうですな……」
「概算で、各区画が1126、世帯数が22000といったところです」
アスラクは涼しい顔をして言う。
「つまり……」
「大型ストーブが1126、小型ストーブ22000必要と言う訳ですね」
「生産能力は週にどの程度ですか」
私の質問にアスラクは少し申し訳なさそうな表情になる
「……大型ストーブが10前後、小型ストーブは40前後かと」
アスラクは小さな声ですまなさそうに言う
「……全然足りませんね」
予め予想していたので私は全く驚かなかった
「何か……名案でも」
アスラクは私を複雑な表情で見ている。
「解決方法は簡単、皆でストーブを作ればいいんだよ」
「この国の人々は凄く勤勉だから何とかなると思うよ」
私はそう言うとアスラクの方を見る
「……」
アスラクは何と言ってよいか答えに困っているようだった。
私は、泥炭を採取した時のシラクニアの人々の働きっぷりを傍で見ている。
この国の人々は怠けることばかり考えているマノワール村の男どもとは違い老若男女を問わず器用でよく働く事を知っている。
因みに、マノワール村の女は働き者である……。
ここだけの話、結果的にガリア王国は"かかあ天下"なのである。
(この世界でも南の国の人間によくある"面倒な事は明日すればいい、明日になれば昨日の事はもういいじゃないか"という思想である。)
初めは上手く行かないだろうがコツさえつかんでくれれば何とかなる。
しかしも材料の鉄鉱石はそこら中に転がっているし、鍛冶仕事に向いた松炭もたっぷりとあるのも知っている。
シラクニアでは松を素焼きにして炭を作り燃料としてる、泥炭が使えるようになったので越冬用に備蓄していた大量の松炭を鍛冶に使う事が出る。
ルメラが目覚めたら話をしてみよう。
そんな私をアスラクは冷ややかな目で見ているのが分かる。
かくして、無謀ともいえる"ストーブ量産計画"はここに始まる事となる。
第五十五話 ~ シラクニア出張 ⑩ ~ 終わり




