第四十四話 ~ 王立アカデミ-の休日 ⑧ ~
第四十四話 ~ 王立アカデミ-の休日 ⑧ ~ 序章
"飲む水が違えば腹痛を起こす"と古来からの諺がある。
交通機関の発達していないこの時代は、遠方に行くときは何日もかけて歩いて長旅をする。
長旅で旅人を悩ませたのが急な腹痛と酷い下痢である。
"東海道中膝栗毛"で有名な"弥次さん"と"喜多さん"と同じで"旅行けば 厠飛び込む 腹の音"と言うぐらい頻繁に酷い下痢と腹痛に悩まされたのである。
この世界でも同じで、そんな旅人の必需品とも言えるのが腹痛薬で衛生的にも不完全であったこの世界ではよく酷い下痢と腹痛に悩まされ民間薬で最も需要の高いのが腹痛薬、そして傷薬である。
地方やその土地には色々な腹痛薬があったが近頃になり良く効くと旅人たちの間で評判になっているのがサン・リベ-ルの腹痛薬であった。
マノンが死熱病騒ぎの際に町長に処方した物であるが、死熱病騒ぎが収まり町に徐々に旅人が訪れるようになると旅人を通じ一気に国中に広まったのである。
同時期に"麦芽飴"も旅の疲れを癒すと評判になっていて、王都でも腹痛薬と一緒に取り扱う薬屋が多くなってきている("麦芽飴"は疲労回復の薬扱いである)
マノンに作り方を習ったサン・リベ-ルの医師は、マノンの言付を守り請われれば誰にでも作り方を教えたが、狡賢い商人たちはそうではなかった。
わざわざサン・リベ-ルまで赴き(当然、本人が出向いたのではない)高値で売れる薬の作り方を教わったのだから、それで一儲け儲けしようと考えるのは当然の事である。
当然、王都にもそんな狡賢い商人は多くいる……。
第四十四話 ~ 王立アカデミ-の休日 ⑧ ~
「もう、暗いから気を付けてね……」
「それと、他の生徒に見つからないようにしてね」
私は部屋を出て行こうとするマリレーヌに言う。
「それでは、マノン君……明日、お店でお待ちしております」
そう言うとマリレーヌは何事も無かったかのように部屋を出て言った。
明日、店の方に行って薬の調合法を教えると約束することで、マリレーヌを何とか説得し帰ってもらったのだった。
"ふぅ~"っとため息を吐くと吐くとベッドに座り込む……
やれやれ、何とか帰ってくれた……と思いながらベッドに入る……
ベッド中に何かある……マリレーヌさん……禁書忘れてるよ……
まあいいか……明日返そう……とにかく疲れたので、すぐに眠りについた……
朝になり、服を着替えているとドアをノックする音がする……返事をすると
「マノン、女生徒の面会だぞっ!……玄関で待ってるって…… 」
ドアの外で同じ寄宿舎の生徒の声がする。
「ありがとう、すぐ行くよ」
返事をすると急いで部屋を出て玄関へ向かうとマリレーヌさんが待っていた。
「おはようございます、マノン君……早く起きてしまったので来てしまいました」
マリレーヌさんが丁寧なあいさつをする
「おはようございます、マリレーヌさん……ごめん待った」
私がすまなさそうに言うと
「私が勝手に来ただけですから……気になさらないでください」
挨拶を交わすとマリレーヌさんの実家へと向かう
「昨日は、大変ご迷惑をおかけしました……」
「今日は、両親も居りますので昨日のようなことはいたしませんのでご安心ください」
マリレーヌが丁寧に謝罪する。
「両親も居なかったら、何かするつもりだったの」
私は一瞬、背筋がゾッとしたが……そのまま、なんら大した会話もなく歩きマリレーヌさんの実家に到着する。
店に入ると、マリレーヌさんの両親が出迎えてくれた。
「こちらが、マノン・ルロワ君です」
「今日、私に薬の調合法の幾つかを教えてくれます」
マリレ-ヌは両親に私を紹介するとクルリと体の向きを変えて今度は
「父のモーリスと母のレリアです」
自分の両親を私に紹介する……。
二人とも、細身のマリレーヌとは違い、恰幅の良い体形で如何にもお父さん、お母さんと言う印象だった。
「貴方がマノン君ですか、貴方の事は娘から聞いております」
母のレリアが言うとその横から
「娘の我が儘を聞いてくださってありがとうございます」
「……ところでマノンは何処で薬の知識を身に付けたのですか」
父のモーリスが私に興味深そうに聞いてくる
「サン・リベ-ル近くの私の故郷です」
私が答えるとモーリスの表情が変わる。
「サン・リベ-ルですか……死熱病騒ぎのあった町ですね」
「……ではマノン君は大賢者様の事をご存じなのですか」
と更に興味深そうに聞いてくる
「大賢者様の事は良くは知りませんが、……お作りになった薬の幾つかの製造法は知っております」
私は一瞬、ビクッとしたが疑われないように平静を装い何気なく言うと
「本当ですかっ! では、サン・リベ-ルの腹痛薬と強壮薬の製造法も知っているですかっ!!」
物凄い勢いでモーリスが私に言い寄る
「はっはい……知ってますけど……今日はその作り方を教えるつもりです……」
モーリスの勢いに驚いている私を見てマリレーヌが私とモーリスの間に入る
「お父さん……」
マリレーヌさんが冷たそうに言う
「んっんっ……済まない……つい力が入ってしまった……」
「店の奥に大方の道具は揃っておりますのでご自由にお使いください」
父のモーリスがマリレーヌを気にしながら言うと店の奥に案内してくれた
店の奥には、一通りの薬の調合に必要な器具が揃っている……
「凄いね、一通り揃っているみたいだよ」
「お父さんも、薬の調合はできるの」
私が器具を点検しながら言うと
「いいえ、全くですね……好きで買い揃えただけです」
「調合出来たとしても許可証が無いのに売れませんよ」
マリレーヌが呆れたように言う
「許可証が無ければ、作っても仕方がないんじゃないの」
私が疑問に思い言うと
「それは、心配ありません」
「私は、今期で卒業確定ですので許可証の手続きをもう進めています」
「休み中ですが週明けには、許可証が出ると思います」
そうマリレーヌが薬草の入った瓶を棚から出しながら言う
「マリレーヌさん、卒業しちゃうんですか」
私は驚いたかのように言うと
「はい、もう講義に出る必要はありません」
「私は後期入学なので在籍期間は後四か月程ですね」
「じつは、前期の入試に失敗してるんですよ」
と少し恥ずかしそうに言う
「王立アカデミ-の入試なんて二回、三回は当たり前じゃないですか」
「残り四か月で卒業だといい方なんじゃないですか」
私はマリレーヌさんを褒めようとすると
「半年程度で卒業するかもしれない人に言われても嫌味にしか聞こえませんよ」
マリレーヌが淡々と言う
「ごめん……そんなつもりはないよ……」
「薬学科に女の人は殆どいないから凄いなって単純に思っただけなんです」
私は慌てて言い訳をすると
「分かっています……マノン君はそんな嫌味な人ではありませんから」
そう言うとマリレーヌさんは何も言わなくなってしまった。
それから、腹痛薬の材料とその精錬法、配合量や調合する上での注意点などを実際に私が実演しながらマリレーヌさんに説明していく……
マリレーヌさんは、ノ-トに私の言った事を全て書き残しているようだった、その目は真剣そのものだった……
こうしていると、爺のウンチク話も真面目に聞いておくべきだったなと、私は少し後悔するのだった……
気が付けば、昼時になっていたようでマリレーヌさんの母のレリアが入ってくると
「もう、お昼よ、大したものはないけどマノン君も一緒にお食べ……」
少しにこやかに笑いを浮かべながら私を見て言う
「ありがとうごさいます、頂きます」
そう言うと私は頭をペコリと下げた……じつは、朝食を食べたていなかったので腹ペコだった……
マリレーヌさん家族と四人で昼食をとる、何だか実家で食事をしていた時の記憶が蘇ってくる。
パンとス-プと乾燥肉に野菜……スープの味付けは違ったが実家と同じようなメニュ-だった。
私は、食事をしながら何気なく
「サン・リベ-ルの腹痛薬と強壮薬って何のことですか」
と気になっていた事をモーリスに聞いてみる
「ああ、最近、旅人たち間で評判になっている腹痛薬と強壮薬の事だよ」
「凄く良く効くので高値で取引されているが、作り方が良く分からなくてな」
「この王都の薬屋でも製造法を知っているのは大商人の極一部だけだよ」
「まぁ、商売だから当然だと言えば当然なのだがな……」
モーリスは苦笑いしながら言う
「モーリスさんも作り方を秘密にするのですか」
私がそれとなく聞くと
「いいや、私はそんな事はしないよ」
「……なんでも、薬をお作りになった大賢者様は、知りたい者には教えてやれとお言いになったらしいじゃないか」
「それをあいつ等は独占しやがって、しかも、高値で売り付けてやがるっ」
「それに、欲に目の眩んだ大商人は王都中の人々に嫌われているからな」
「高値で売りつけてるのを安値で売りまくってあいつ等に吠え面かかせてやりたいぐらいだよ」
そう言うと豪快に笑うのだった……それを聞いていた私は
「だったら、そうしてください」
「今、私がマリレーヌさんに教えている腹痛薬は大賢者様から直接教わったものです」
「モーリスさんの言っておられることは大賢者様のお言いになった事と同じです」
私はつい口を滑らせてしまった……私も、モーリスさんたち三人も沈黙する……
「ええっ~! 大賢者様っ!! から直接教わったっ!!!」
三人揃ってじつに見事なハ-モニ-だった。
やってしまった……と私は後悔したがもはや手遅れである。
……その時……不思議な感覚にとらわれる……爺の声が聞こえてくる
「どうする、お前さん、今なら何の障害なくこの三人の記憶を書き換えられるぞっ」
爺が私に問いかける。
「……止めておくよ……三人の記憶を書き換えたりしはないよ」
私が冷静に言うと
「そうか……」
そう言うと爺は気配を消した。
父のモーリスと母のレリアは相当に驚いたようだったがマリレーヌさんはそうでもないようだった
「本当なのかい、マノン君」
モーリスが目を見開いて私を見る
「はい、そうです」
私はハッキリと答えた。
私は、大賢者なのだと自覚した瞬間だった。
「これは、面白くなってきたぞっ……業突く張りの大商人めっ、一泡吹かせてやる」
興奮気味に言うとスープを一気飲みした。
食事を終えると、店の奥の薬の調合部屋に戻る
マリレーヌさんは暫く黙ったままだったが……私に気遣ったのか
「安心して、マノン君……私は、誰にもこの事は言わないわよ」
「それに何となく、アカデミ-の生徒も導師も気付いてるわよ」
「マノン君が大賢者と縁のある人だって」
「でも、流石に本人の口から聞いた時は驚いちゃったけどね」
そう言うと私の顔をジッと見る
「ありがとう……でも、お父さん大丈夫なの大商人って陰湿な奴ら何でしょう」
私はアカデミ-の不正入学の事もあるし、大商人どもがマリレーヌさんたちに嫌がらせしないかと心配になってくる。
「私は大丈夫よ……」
そう言うと微笑む……マリレーヌさんのこんな表情を見るのは初めてだった。
腹痛薬を作り終わったころはもう夕方だった……二人で器具を片付けていると、マリレーヌさんの母のレリアが入ってくる
「もう、終わったの」
私とマリレーヌさんに言うと
「もうすぐ終わるわよ」
マリレーヌさんが言う
「マノン君、夕食も食べていく」
と私に尋ねてくる
「ありがとうございます」
「でも、あまり遅くなると宿舎の管理人の人も心配しますので日の沈まないうちに帰ります」
と申し訳なさそうに言う
「そうだねぇ……夜になって暗くなったら何かと物騒だからね」
と窓の外を見ながら言う……
マリレーヌさんたち三人に見送られて商店を後にする。
私には、帰ったらすぐにやらなければならない事があった……。
足早にアカデミ-の宿舎に帰ると自分の部屋に入り椅子に座り机に向かい紙とペンを取ると手紙を書く、それを封筒に入れると女子寮に向かう。
そして、エレ-ヌに書いた手紙を託す……直ぐに、男子宿舎に向かい玄関に入ろうとすると
「マノン~」
と私を呼ぶレナの声がする
「マノン、何処へ行ってたの……」
レナが私に話しかけてくる……外も薄暗くなってきている。
「暗くなってきたし、中に入ろうか」
「管理人さんに許可取ってくるから先に私の部屋で待ってて……五階の501号室だよ」
レナに言うと私は管理室に入っていった。
管理人さんの許可を貰い、自分の部屋に向かい
ドアを開けると、中にいたレナがビクッとすると慌てて何かを後ろに隠す。
「どうしたのレナ……後ろに何を隠してるの」
私はレナの行動を不審に思って言う
「なっ……何でもないのよっ」
と言って真っ赤な顔をして目線を逸らす、目が泳いでいる。
……レナの嘘を見破った私はレナに近寄り手を掴んで引っ張ると……
バサッという音と共に本が床に落ちる。
「げっ!!!」
私は床に落ちた本を見て血の気が引く。
床に落ちていたモノはマリレーヌさんが忘れて言った禁書だった。
「ちっ! 違うんだ!! レナっ!!! 」
「この本は、私のじゃないんだよっ……信じてっ!!!」
焦った私は必死になって弁解をするが
「まっマノンも、おっ男の子だし……」
「こっこういうのに興味があるのは当然よねっ」
そう言うと更に真っ赤な顔をして目線を逸らす。
「ホントにホントっ私のじゃないんだって!」
私は藁をも掴む思いでレナに必死で訴えるが
「わっ私っ……もう帰るね……」
言うとギイギイと音を立てるようなぎこちない動きで部屋を出て行こうとする
「ちょっと、待ってっ……レナ~」
私はレナに縋るように言う
「わっ私には、アレはちょっと無理かな……」
床に落ちている禁書を見ながら小さい声で言う
「だから、違うんだってっ!」
必死に言い訳する私を措いてレナは足早に帰っていったのであった。
その頃、禁書の持ち主のマリレーヌは家族と共に夕食を食べていた。
「マノン君、本当にいい子じゃないか」
父のモーリスが何気なく言うと
「私もそう思うわ……」
「それに、凄く美男子だし人柄もよさそうだし……母さんも気に入っちゃったわ」
母のレリアも嬉しそうに言う、その様子を見ていた父のモーリスが
「しかし、驚いたな大賢者様に教えを請うたことがあるとは……」
「薬草の事にも詳しいし、複雑で微妙な調合法も熟知しているようだった」
「それより一番驚いたのは、マリレーヌが男の子を家に連れてきたことだよ」
そう父のモーリスが嬉しそうに言う
「そうよね、母さんも驚いたわよ……マリレーヌが男の子を家に連れくるなんて」
母のレリアがマリレーヌの方を見て言うと
「そうですよね……私も自分に驚いているぐらいですから……」
マリレ-ヌはいつもの単調な調子で言う
「アカデミ-でも、きっと人気があるのだろうねマノン君は……」
母のレリアが感心したかのように言うとマリレーヌの動きが止まる。
「そうですね……マノン君は天才と言ってもいいと思います」
「それなのに、全く嫌味な感じがありません……とても不思議な人です……」
マノンの話をするマリレーヌの顔を見て、父のモーリスも母のレリアも自分の娘の表情が今までになかったものだと気付く……すると
「マリレーヌ……母さんは、応援しているよ」
優しそうな表情でマリレーヌの顔を見て言う
「父さんも、母さんと同じだよ……」
同じようにマリレーヌの顔を見て言う
「何の事ですか……」
いつものように淡々とした口調で言うマリレーヌだったが、その顔は赤く染まっていた。
それを見たモ-リスもリレアも自分の娘の心の成長を実感するのであった。
そんな、親心など露知らず、夕食を食べながらマリレーヌは……考え事をしていた。
"これでマノン君を両親に紹介できたし、両親の了承も得たし……"
"後は……"と緻密な計算をしているのだった"
"……やはり、商人の一人娘……恋愛にも計算高かった……"
確実に、マリレーヌに外堀を埋められつつあることも知らず……
マノンは、レナにどうすれば禁書の事を分かってもらえるかベッドの中で一人、悩み苦しんでいるのだった。
同じ日の夜、ベッドのマットの間に隠した秘蔵の一冊を探すマリレーヌの父モーリスの姿があった……。
第四十四話 ~ 王立アカデミ-の休日 ⑧ ~ 終わり




