第196話 ~ 収穫祭の前休日 ③ ~
第196話 ~ 収穫祭の前休日 ③ ~
序章
リゾート都市の"ランギロア"にある高級ホテル"カンブリア"の最上階の一室
オーシャン・ビューを望むベランダに短パンに半袖シャツのクゥとランファンの姿が見える
シャワ-を浴びた後なので2人とも少し髪の毛が湿っているのが分る
温暖な気候なので夜でも蒸し暑い熱帯夜である
広いベランダにはテーブルと椅子が2客置かれている
テーブルの上には豪勢な料理と新生・アル・マノース共和国でよく飲まれている酒"シャオチュウ"の入ったガラスの器が置かれている
"シャオチュウ"は芋を熟成させて作った焼酎で度数は20前後である
「少し多かったかな……」
テーブルの上に並べられた料理の量にクゥが後悔するかのように言う
「いいわよ、このぐらいなら」
ランファンはそう言うと取り皿に料理を次々と取り分け、グラスに氷を入れて"シャオチュウ"を注ぐ
「さぁ! 食べましょう」
ランファンはそう言うと美味しそうに食べ始める
そんなランの様子を見てクゥは微笑むと自分も食べ始める
「明日は、何にしようかな……」
クゥはそう言うとランファンの方を見る
勢いで来てしまったので何の予定も無いのである
「私はクゥと一緒にいられるなら……」
「そんなのどうでもいいわ」
ランファンはそう言うとグラスに注がれた"シャオチュウ"を口にする
「よく冷えて美味しいわ」
「クゥは飲まないの」
全くグラスに手を付けないクゥを見てランファンが不思議そうに言う
「……」
クゥは何も言わずに黙っている
「もしかして……お酒は飲まないの」
ランファンがそう言うとクゥは少し困ったような表情になる
「ごめん……飲まないのならそれでいいから」
ランファンはクゥを困らせてしまったと思い少し慌ててしまう
「そうじゃないよ……」
「その……私、酒癖が……良くないんだ」
クゥは照れ臭そうに言うとランファンが"えっ"と言う顔をする
「そうなんだ……」
「ふぅ~ん」
ランファンはそう言うと少し意地悪そうな顔をする
酔っぱらったクゥがどんなのか興味を持ったランファンであった……
そんな南のリゾートホテルから遠く離れた中央都市"パイロン"ではユーシェンがリャンの執務室に呼び出されていた
「シュ・ユーシェン特務大佐、命により出頭いたしました」
ユーシェンが敬礼をするとリャンが大きく頷く
「休暇中、呼び出して申し訳ない……」
「ご苦労だが……一つ仕事を頼みたい」
リャンはそう言うとユーシェンの目付きが鋭くなる
「内部調査室室長シュ・ユーシェンに命ず」
「"閉門派"を粛清せよ」
リャンはそう言うとユーシェンに"閉門派"議員の名簿リストを手渡す
「多少、手荒な真似をしてもかまわん」
"閉門派"議員の名簿リストをサッと目を通す
「了解いたしました」
ユーシェンは敬礼をすると革の黒カバンに"閉門派"議員の名簿リストをしまい部屋を出て行く
ユーシェンの持ち場は評議会直属の内部調査や防諜を任務とする秘密警察のような部署である
ユーシェンは今までその能力をもって多くの汚れ仕事を進んでこなしてきたのである
しかし、今回はこれまでとは全く状況が違っていた
当然、"閉門派"の議員たちもリャンが粛清に出る事を予測していた
今までの強硬なやり方は"開門派"、"閉門派"を問わず多くの議員たちから少なかれ多かれ反感を買っており、リャンの本当の味方は少なかった
中央都市"パイロン"から離れた地方都市""シャンヨウ"のビルの一室に"閉門派"議員3人がいる
"閉門派"推進の中心人物であるシーを含め3人の地方議員である
1人は"ゴ・ソンファン"年齢は68歳、身長170センチほどの瘦せた白髪混じりで人の好さそうなこの男性は食料加工が盛んな地方都市"トンシャン"の古参の代表議員である
長年に渡り代表議員を務めているだけの事はあり各方面に顔が利く、リャンの強引なやり方を心底嫌い犬猿の仲でもある
もう一人は、"カン・ウーシェン"年齢52歳、身長170センチほど中肉中背でどこにでもいるお父さんと言った感じの男性であるが彼の支持地盤である地方都市"シャーホン"は軍需産業が盛んな都市であり軍部に深いパイプを持っている
それに、学術方面に顔の利くシーを含めた3人が"閉門派"議員の筆頭であると言ってよい
当然、ユーシェンがリャンから受け取ったに"閉門派"議員の名簿リストの粛清対象の筆頭でもあった
そんな3人の前に1人の男が直立不動で立っている
年齢は40歳前後で身長170センチほどがっしりとした体格であるように見える
カンがその男の傍に行くとシーとゴの方を見る
「紹介しよう……」
「新生・アル・マノース共和国国防軍、ソン・ルイ特務大佐だ」
ソンの所属と階級を聞いたとたんにシーとゴの顔色が変わる
特務大佐といえばリャンの直属となるからである
「カンっ! 貴様っ! 裏切ったのかっ!!!」
ゴはそう叫ぶとシーの前に出て懐から短い白い石柱を取り出す
「待てっ!!!」
「こいつは味方だっ!!!」
カンは慌てて叫ぶが、ゴは短い白い石柱を右手に構えたままソンの様子を窺っている
「……すまなかった……」
「もう少し、説明してからにすればよかった」
カンがそう言うと様子を窺っていたゴは構えていた短い白い石柱を懐に戻した
カンの説明によれば軍部にも意外に"閉門派"は多くソンもその一人だそうである
軍部では有効な"対・超戦略級"の戦闘法を模索し研究してはいるものの絶望的な結論しか出ていないのだという
机上の理論とはいえ、たった一人の"彼の地"の"超・戦略級"にすら勝てないのである
"彼の地"には他にも"超・戦略級"が複数が存在する事が予想され、万が一にでもこちら側に侵入されれば手の打ちようがないと結論付けられているのである
カンの下にはそれなりの人数の軍部の"閉門派"が既に内密にコンタクトを取ってきているとの事でありソンもその一人だという事である
軍部に深いパイプを持つカンならではの人脈である
「落ち着いたところで、大佐の事を詳しく紹介しよう」
カンがそう言うとソンが自らの能力や"閉門派"である理由を語りだす
「自分は国防軍諜報部所属のソン・ルイ特務大佐であります」
「能力値は95000、序列2位であります」
「攻撃魔術は雷撃系、防御魔法は空間結界を得意としております」
そう言うとソンは大きく息を吸い込む
「能力値700000越えの能力者との戦闘など無謀であります」
「下手をすれば新生・アル・マノース共和国は灰燼と帰します」
「小官は断固として開門には反対であります」
ソンは力強くそう言うと床に置かれていた鍵の付いたアタシュ・ケースから封筒を取り出し中に入っていた書類をテーブルの上に並べる
「リャン議長はこのリストに載っている"閉門派"を粛清するおつもりです」
「既に内諜には粛清の指示が出ております」
「粛清の実行部隊の責任者は"シュ・ユーシェン特務大佐"」
「能力値91000、序列3位と聞いております」
「"ユーシェン特務大佐"は"異界の門"の責任者でもあります」
「この機会に、あわよくば……」
ソンは言葉を濁しその先は言わなかったが、何を言いたいのかはシー達には容易に理解する事が出来た
「要するに……ワシらは餌か……」
ゴはそう言うと首を何度も小さく横に振るのだが
「穏やかではないな……が……」
「やむをえんか……」
温厚もゴですらソンの説明を聞いて納得する他は無いのであった
かくして、新生・アル・マノース共和国史上、稀にみる内紛の幕が切って落とされることとなる
第196話 ~ 収穫祭の前休日 ③ ~
シリアスな展開を見せる門の向こう側とは違い、こちらの世界では相変わらず平和な時が流れいてた
ちょいと近場で軽いランチのつもりが、気が付けば王国の南側の最東端の地で一泊2日の温泉旅行になてしまったルシィは一人呆然とテーブルの上に並べられた豪勢な料理を見つめていた
"どうして……こんなことに……"
ルシィは夢ではないかと疑うほどの予想もしない展開に呆然としているその横でメイリンが金目鯛の干物にかじりついている
前ではマノンが巻貝の身を楊枝でほじくり出している
「どうしたの、ルシィも早く食べなよ」
マノンが全く食べようとしないルシィにイカの一夜干しを小皿に乗せて手渡してくれる
「ありがとう……申し訳ないです……」
内陸の王都では食べれない新鮮な海の幸を目の前にしても食欲の湧かないルシィであった
"何だか……私……場違いな所にいるのでは……"
こういう雰囲気に慣れていないルシィは心の中で呟くと手元にあったコップに入ったワインをゴクゴクと一気飲みしてしまう
"あれ……このワイン……"
空きっ腹にアルコール、しかも王都ので一般的に飲まれているムルスムなどと違い隣国のイベリア王国から安価で手に入る熟成されたアルコール度数の高い物である
それに、ルシィは普段からアルコールを殆ど摂取しないのである
ルシィの顔が見る見る真っ赤になっていく
"何だか……目が……回る……"
"それに何だか……"
ルシィの様子に異変を感じたマノンが話しかけてくる
「大丈夫、ルシィ……辛くない、顔真っ赤だし」
マノンが自分の事を心配してくれている事が何故か無性に嬉しく感じられる
「大丈夫れす」
「これ……いたらひますね」
何だか嬉しくて楽しくなってきたルシィはマノンが取り分けたくれていたイカの一夜干しを口にする
「美味しいれすね」
マノンは、明らかにろ列の回っていなルシィの事が心配になってくる
「ルシィ……本当に大丈夫……」
マノンの心配そうな表情と言葉を最後にその後はルシィの記憶は残っていなかった
気持ちの良い朝日、潮風と潮騒の音でルシィは目を覚ます
"あれ……私……どうしちゃったんだろう"
"確か……ワインを一気飲みして……"
"イカの一夜干し……"
ふと自分を見るとパンツ1枚になっている
"えっ!!!"
丸出しの自分の胸を手で持ち上げる
"夢じゃない……"
徐々に当たりの光景が目に入ってくる
自分の足元には丸裸のメイリンが大の字になって熟睡している
そして……すぐ隣には体中にキスマークらしきアザが残っている丸裸のマノンが白目を剥いて寝ている
"何なの……この状況……"
"記憶が……全く無いっ!"
ルシィは大きく深呼吸をすると横に落ちていた自分のブラジャーを拾い上げると身に付ける
そして、自分の着ていた服も拾い上げ身に付ける
ゆっくりとロッジのベランダに歩いていくと潮風に当たる
"ああ~いい気持ち"
暫く無言で打ち寄せる波を現実逃避をするかのようにボォ~っと見つめている
そうしているとメイリンが目を覚ます
"ああ~よく寝たわ~"
メイリンは心の中でそう呟くと首をコキコキさせて大きく背伸びをする
"さてと、ひとっぷろ浴びようかな"
そう呟くとスウッと立ち上がる
"あれ……何で私、丸裸なんだろう……"
"まぁいいか、どうせこれから温泉に入んだし"
"脱ぐ手間が省けたわ"
足元に転がっているマノンの事など気にもしていない
メイリンは心の中で呟きながらロッジのドアを開けるとルシィがいる
「おはようございます……」
メイリンに気付いたルシィが挨拶をする
「おっはぁよう、ごぉざぁいぃます」
メイリンも片言のゲルマ語で挨拶をする
爺のゲルマ語講座で基本的な挨拶言葉ぐらいは理解できるのである
ルシィの横を通り過ぎると温泉に入る
「ကောင်းတယ်~ 気持ちいい~」
思わずアル・マノース語で呟いてしまう
「သင်လည်းဝင်ပါ။ アンタも入れば」
こちらをボォ~っと見ているルシィにジェスチャーを交えて話しかける
「私にも入れ……と言っているようですね」
ルシィはそう言うと服を脱いで温泉に入る
「ဒါတောင်...ကြီးတယ်... それにしてもデカいな……」
メイリンはルシィの体の大きさと胸の大きさに圧倒され思わず呟いてしまう
"メイリンさん、何て言ってるのかな……"
言葉の分からないルシィは心の中で呟くとニッコリと愛想笑いをする
メイリンも同じように愛想笑いをするのであった
暫く二人とも無言の時間が流れる
「あっ やっぱりここにいた」
マノンの声がする方を2人が同時に振り向く
「もう……起こしてよ……」
パンツとシャツ姿のマノンはそう言うとそれを脱ぎ温泉に入る
「これ見てよ……痕になっちゃたよ」
マノンは体中にあるキスマークのようなアザをルシィに見せる
「あの……何の事でしょうか……」
昨日の夜の記憶が全くないルシィには何の事だか分からない
マノンはメイリンの方にも視線を向けるがメイリンにも覚えがないようだ
「覚えてないか……」
「まぁいいや……その方がいい……かな……」
マノンはゲッソリした表情でそう言うともうこの事は言わななった
「気持ちいいね……」
「2人とも二日酔いとかは大丈夫」
ルシィとメイリンに問いかけると2人とも"大丈夫"と答える
暫く3人とも無言で湯に浸かっているのであった
「さてと……もうすぐ朝食が来るから」
「先に上がっとくね」
マノンはそう言うと温泉から上がりパンツとシャツを着てロッジの方へと歩いていく
残されたメイリンとルシィは無言で温泉に浸かっている
微睡んでいるメイリンの横でルシィは昨日の夜に何があったのか必死で思い出そうとしていた
"本当に……何も覚えていないわ……"
物事に夢中になると時の経つのも忘れて没頭してしまい、いつの間にか寝てしまっている事はルシィにとってはよくある事なのだが……
いつもなら、その時の記憶はハッキリと残っていた
しかし、昨日の夜の事は全く記憶が無いのである
"いったい、何があったの……"
"どうして、パンツ一枚だったの……"
"メイリンさん、マノンはどうして丸裸だったの……"
"しかも、隣で寝ていたマノンは体中に何やら如何わしいアザが……"
"もっ! もっ! もっ! もしかしてっ!!!"
ルシィは柄にもなく変な事を想像してしまう
"မင်း တစ်ယောက်တည်း ပြောနေတာလား.."
"一人でに言ってるのかしら……"
隣で何かブツブツ独り言を言っているルシィを見てメイリンが不思議に思っているとマノンの声が聞こえてくる
「朝食が来たよ……」
2人は同時にマノンの声がした方に振り向くと立ち上がる
"何もかもが、みな、デカいっ!"
メイリンは、何処かの宇宙戦艦の初代艦長のような言葉を心の中で発するとガックリと肩を落とす
メイリンとルシィが並んで立つと2人の姿が温泉の水面に映し出され身長と体型の差の冷酷無比な現実がメイリンの目に飛び込んできたのであった
"これじゃ、まるで大人と子供じゃないの……"
圧倒的な戦力差に深く傷つくメイリンの心であった
"メイリンさん、辛そうだけど大丈夫かしら……"
ルシィは項垂れるように温泉から出て行くメイリンの姿を見て呟くのであった
そして……昨日の夜の事で頭が一杯でメイリンの体を観察する事はすっかりと忘れているルシィであった
3人で食事を食べ始める
メニューは、干し鰈の焼き物、貝のスープ、海藻のサラダであった
何故かガツガツと妬け食いをするメイリンをマノンとルシィは心配そうに見ているのであった
「あ~~、美味かったっ!」
マノンはそう言うとお腹を撫でながら一息ついている
「あの……マノン、今日はルイーズさんと約束が……」
あまりにものんびりと寛いでいるマノンをみてルシィが小声で問いかける
「あっ!」
マノンの顔が見る見る青褪めていくのがわかる
「どうしよう……完全に忘れてた……」
マノンは震える声で呟くとゆっくりと立ち上がり、そそくさと帰り支度を始めるだす
"やっぱり、忘れていたんだ……"
そそくさと帰り支度を始めるマノンを少し呆れた目で見ながら呟くルシィであった
もう少し居たいと駄々をこねるメイリンを引きずるようにしてロッジを後にし帰りを急ぐマノンであった
その頃、ルイーズはルモニエ商会の玄関でイライラしながらマノンとルシィが来るのを待っているのであった……
第196話 ~ 収穫祭の前休日 ③ ~
終わり