第167話 ~ マノンの一人旅 ① ~
第167話 ~ マノンの一人旅 ① ~
序章
爺は、ルメール家の居間の天井の梁の上で一夜を過ごし朝を迎える
暫くすると、ロクサーヌが居間に来て窓を開ける
爺は再び認識阻害の魔術を発動させ、パックはその窓から外に出る
"やれやれ……これで帰れるの……"
爺はそう呟くと力強く羽ばたき王都の上空高く舞い上がる
"いつもながら、空を飛ぶのは実に爽快、気持ちが良いのう……"
この時代、人が空を飛ぶ事など夢のまた夢である
自由に空を飛ぶ……この時だけはオウムの中に入って良かったと思える爺であった
王都の空を飛びながら不意に下を見下ろすとアレットの屋敷が目に入る
"少しばかし寄り道するかのう……"
爺がそう呟くとパックは大きく旋回しアレットの屋敷へと降下していくのであった
パックは、アレットの部屋の前にある庭木の枝に止まる
アレットの部屋の窓から中の様子が良く見えるからである
大きな椅子にアレットが座っているのが見える
"随分と大きくなったのう……"
爺は大きく膨らんだアレットのお腹を見て呟くとアレットの様子を窺う
"流石に少し辛そうじゃな……"
"じゃが……この娘は大丈夫なようじゃな……"
"今の様子なら、心配なさそうじゃ"
暫くアレットの様子を見た後で、爺は安心したかのように呟くとパックは羽ばたき再び王都の空へと舞い上がっていくのであった
第167話 ~ マノンの一人旅 ① ~
ルモニエ商会とクーラン商会の騒動が収まった頃……
迎賓寮に移動したルシィの新しい汚部屋……
以前に比べてマシになったとはいえカオス状態であることに変わりわない
「はぁ~、コレは困ったことになりましたね……」
腐海の片隅でルシィが溜め息交じりに呟く、その溜め息の原因はレナの事である
この所、レナのレポート提出が遅れているからであり……
ルシィは、その原因が何なのかも分かっていた……
そう……レナのレポート提出が遅れている原因は写本である
レナは写本に夢中になり過ぎて学生の本分が疎かになりつつあった
写本そのものは王立アカデミ-の生徒として当たり前の事なのであり、王立アカデミ-も図書室に所蔵されている自由閲覧可能な書籍の写本を許可している
書物が高価であるこの時代は、経済的に裕福な一部の者を除いて現代の我々のように個人用の教科書を持てるはずもなく多くの生徒はアカデミ-から定期的に支給される紙、ペン、インクで図書室の蔵書から自分に必要な部分を書き写しこれを教科書としているのである
また、衣食住の全てを保障されているとは言え必要最低限でありそれ以外の物は自腹で購入するのが当然であり、その費用は自らで捻出しなければならなかった
その費用を捻出する手段として写本は良いアルバイトであり収入源であったのだった
これは王立アカデミ-の創設以来の事であり、過去300年に王立アカデミ-の生徒達が書き写した部分写本は膨大な量でありガリア王国に出回っている部分写本の大部分を占めているのであった
……とは言え、レナのように在学中に長編小説を完全写本するような者は王立アカデミ-の過去300年の生徒の中にもそうはいないのである
「仕方がありませんね……大賢者様に相談して」
「何とかしてもらわないといけませんね……」
ルシィそう呟くと小さなため息を吐く
「まぁ……レナさんに本を貸し与えたのは……」
「大賢者様なのですから……」
「その責任はしっかりと取ってもらわないとね」
「まぁ、近いうちに顔を合わす事だし……」
ルシィは少し微笑み意地悪そうに呟くのであった
その頃、マノンは暇だった……
レナは部屋に篭ったまま(マノンはレナがレポ-ト作成していると思っている)だしルメラ達も夏バテ気味でぐったりとしている
爺は、最近はよく何処かに行っているようで気配のしない事が多い
"暇だなぁ……"
自室のベッドに寝っ転がって呟く
後一ヶ月ほどで収穫祭の長期休暇がやってくる……そして……
前回の"種蒔祭"の時と同じような王立アカデミ-恒例行事……年に二回の"お相手探し"の告白の時期が来るのである
レナが部屋に篭っているのはレポ-トのせいだろうし、ルメラ達はそっとしておいた方が良さそうだ
ルイーズはオリーブオイルから作った油落としの製法を私から聞き出した後、全く姿を見せない……
ルイーズが姿を見せないので、例の治療の依頼もなく導師課程の課題提出は既に完了しいてる
"新しい課題の実験も終わっちゃったし……"
"久しぶりに実家にでも帰ろうかな……"
マノンはそう呟くとベッドから起き上がり重いリュックを背負うと広場の塔へ向かう
誰もいない魔法工房に転移する
"静かだな……"
"魔法工房で一人きりなのは初めてなんじゃ……"
マノンは心の中で呟くと何気なく転移室の石板を見る
"あっ……これは確か……"
石板の大陸図のダキア王国にある転移ゲ-トの光点に目が留まる
"サボンの温泉か……"
"カルラ……元気にしてるかな……"
マノンの脳裏にカルラの顔が浮かぶ……
"必ず戻るって約束しちゃったしな……"
マノンは転移ゲ-ト室を出ると図書室へと向かう
図書室に置かれてる旅の装備も手にすると再び転移ゲ-ト室へ戻る
"行ってみようかな……"
"設置した転移ゲ-トが正常に機能しているかも確認したいし"
マノンはそう呟くと転移ゲ-トを作動させる
眩しい光がマノンの体を包む……
ゆっくりと目を開けると、そこは懐かしいサボンの温泉であった
"転移ゲ-トは正常に作動しているようだな"
"ここから村まで歩いて一時間程だったよな……"
マノンは、温泉を横目にサボンの村へ向かおうとするが……
"チョットだけ入って行こう……"
マノンは心の中で呟くと温泉の方へクルリと向きを変える……温泉の誘惑にあっさりと敗北するのであった
誰もいない静かな温泉に入りホッと一息つくマノンであった
温泉の湧き出す音と弱い風が辺りの草木を揺らす音だけが聞こえてくる
"……なんだか……眠くなってきたな……"
赤道直下のガリア王国は大陸でも暑い国なので気温の低いダキア王国の山間の村サボンはマノンにとっては涼しく感じられるのである
"ヤバイ……このままだと本当に眠ってしまう"
マノンは鉛のように重くなってきた瞼を無理やり抉じ開け温泉から出るのであった
そして、そそくさと服を着ると今度はサボンの村へと歩き出すのであった
山道を下って行くとサボンの村が遠くに見えてくる
"懐かしいなぁ……"
マノンは小さな声で呟き一息つくと背負っていたリュックを肩から降ろし、自分も道の傍らにあった石の上に腰を下ろす
"ああ~空気がいいなぁ~"
"それにしても……このリュック凄く重いや……"
"後で、整理した方が良いな……"
例の治療用の特大サイズの注射器やら下町で困っている貧しい人のための薬やらが入りっぱなしなのである
そう呟くとマノンはリュックを背負い大きく背を伸ばす……
その瞬間に"グキッ"と言う鈍い音と共に腰に激痛が走る
「うっ!! あっ!……あああっ!!!」
マノンはその場に蹲ってしまう
"不味いぞっ! コレは……"
医学的な知識のあるマノンにはコレが何なのか瞬時に理解できた
"間違いない……"急性腰痛"いわゆるギックリ腰だ……"
"この重いリュックのせいかな……"
以前にマリレ-ヌの父のモーリスがやったのと同じである
今のマノンには"超再生能力"があるとはいえ痛いモノは痛いのである
ホンの数分間だけではあるが額に脂汗を浮かべ固まったままでいるマノンであった
痛みが治まると再び歩き始める
"超再生能力があって良かった……"
"一人でこんな山奥で動けなくなったらマジでヤバかった"
自分の特殊体質に感謝しながらサボンの村へと向かう
サボンの村に着くと迷わずにカルラの家に向かう
「あれっ……アンタは確か……」
途中で出会った年配の村人が私の顔を見て話しかけてくる
「以前この村で数日間だけですがお世話になった者です」
私がそう言うと村人は"あっ"と言う表情をする
「カルラちゃんの……」
村人はそう言うと私の方に近付いてくる
「今は、カルラちゃん家には行かない方が良いよ」
「3日ほど前から調子が悪いみたいでね」
「どうやら、質の悪い"熱病"らしいんだよ」
「人に移る病だから行かない方が良いよ」
村人はそう言うと手を軽く振って去っていった
「カルラが"熱病"って……」
私は驚き焦ってしまう……
"熱病"……我々の言う"ただの風邪"であるが、この世界では子供や高齢者がその命を落とす第1位の病なのである
この世界の住人の体は優れた耐性を持っているのだが唯一熱に弱いのである
これは、旧世界の魔力強化により耐寒能力を高めたための悪い反動である
高熱が長く続くと体力を消耗しやがて体組織が徐々に死滅して多臓器不全を引き起こし死に至るのである
地球においても42℃以上になると同じような症状を起こすのであるが、この世界の人々は我々よりもその温度が低く40度以上で同じ症状を引き起こしてしまうのである
村人の言っていた、質の悪い"熱病"とは普通の風邪とは違いインフルエンザに近いモノである
伝染し高熱が長く続くためにこの世界の住民からは恐れられている代表的な病である
そして、村人の話を聞いてマノンが驚き焦ったのには理由がある
この世界では通常3日以上、高熱が続くと命に係わってくるからであった
重いリュックにバランスを崩しそうになりながら走ってカルラの家へと急いで向かう
息を切らしながらカルラの家の前に着くと丁度、玄関から宿屋のおばさんが出て来る
「えっ……マノンさん……」
おばさんはそう言うと私の顔を見て"信じられない"と言う表情をして驚いている
「詳しい事情は後ほど……」
「さっき村の人から聞いたのですが」
「カルラが"熱病"って本当なんですか」
私が慌てて問うとおばさんは辛そうな顔をして小さくコクリと頷いた
おばさんの話では3日ほど前に調子が悪くなり発熱し始め今日になっても熱が下がらないそうである
食事も水分も受け付けず衰弱が激しく意識も混濁し始めているとの事であった
おばさんの話を聞いて私は今背負っているこの重いリュクを整理しなくて良かったと心から思った
この重いリュックの中には、良い解熱剤が入っているからである
おばさんは、カルラの病が私に移る事を心配して家に入らないように言うのだが……
「大丈夫です……」
「偶然、良い薬がこのリュックに入っているんですよ」
私が少し笑って言うとおばさんはとても嬉しそうな表情で私を見る
「カルラの事……よろしくお願いします……」
そう言うと深々と頭を下げるのであった
カルラの寝ている部屋に入る……
私は病状を窺うためにベッドに横たわっているカルラの様子を見る
"これは……思った以上にひどい……な……"
カルラは脱水症状と高熱に魘され既に意識が朦朧としている
"このままでは……命が危うい……"
私はカルラの掛毛布をお腹の辺りまで捲り上げる
カルラの寝間着のボタンを外し胸を露にする……
"これだけの高熱なのに汗も出ていない……"
大きな胸に手を当てると以上に速い心臓の鼓動と肌の熱さに驚かされる
"これはもう、薬では間に合わないな……"
"医療魔術を行使するしかない……"
私はそう呟くと心臓のある左側の乳房に手を当てる……
"大きくて柔らかくて、それでいて弾力がある……"
"ああっ!なんて素晴らしいオッパイなんだ……"
こんな非常時にどうでもいい事で感動してしまう自分が少し恥ずかしい……
私は気を取り直すと目を閉じてカルラの心臓の位置を正確に把握する
少しずつ心臓に流れる血液を冷却し始める、心臓で冷やされた血液は全身を駆け巡り徐々に体温を下げていく
この微妙な魔力の制御が非常に難しいのである、魔力量よりも集中力を必要とする医療魔術である
少しづつ、少しづつ、ほんの3℃程度を時間をかけて下げていく、カルラの熱かった肌は平熱に戻り、以上に早かった鼓動も赤かった顔も普通の状態に戻っていくのが確認できる
リュックの中には、薬草由来の解熱剤とエイペック骨薬も入っている
カルラに飲ませようとしたが自分で飲む事が出来きない……
私は、リュックの横に入れてあった水筒の水を口に含み解熱剤とエイペックの薬も含むとカルラに口移しで飲ませる
そうしているとカルラが少し目を開けたのに気が付く
「カルラっ! カルラっ! カルラっ! 」
何度もカルラの事を呼ぶが……カルラは、再び目を閉じると眠ってしまった
しかし、その寝息は静かで息苦しさは無くなっていた
私は再びカルラの乳房に手を当てると心臓の状態を把握する
鼓動は落ち着き体温も下がってきているが炎症反応と脱水症状は続いているのが分かる
"とにかく、水分を補給してやらないと……"
私は再び水筒の水を口に含むとカルラに口移しで何度も飲ませる
そうしているうちにカルラの様子が落ち着いてきている事に気が付く
心臓の状態を把握するために私は再びカルラの乳房に手を当てる
"どうやら……峠は越えたようだな……"
私はホッと一息つくと安心する
"それにしても……いいオッパイだな……"
カルラのオッパイの揉み心地に無情の悦びを覚えるマノンであった
やはり……自分は"オッパイ星人"だという事を痛感し再認識する"大賢者マノン・ルロワ"であった……
第167話 ~ マノンの一人旅 ① ~
終わり