第166話 ~ 王都の商人達 ➆ ~
第166話 ~ 王都の商人達 ➆ ~
序章
マノンが路地裏で帰り道に迷っている頃……
爺はロクサーヌの家の居間の天井にある梁に止まり体を休めていた
"腹の中の魔石がちと心もとなくなってきたしのう"
"今日の夜はここでやり過ごすとするかの"
"ここなら見つかることもなかろう"
暫くすると居間の灯りが消され居間にいたロクサーヌ達は各々の部屋に戻っていった
爺は魔石の節約のために認識阻害の術を解くと眠りに就こうとする
暗闇に包まれた居間に窓から微かな星明りが差し込む
爺が眠りに就き四時間ほどが過ぎる
"んっん……"
"まだ……夜中じゃな……"
"どしても、歳を取ると変な時間に目が覚めてしまうの"
爺はそう心の中で呟く
爺は目を覚ましたがパックの意識は寝たままである
"こんな夜中では飛び回るわけにもいかんしの"
爺が夜が明けるまでの時間をどう過ごすか悩んでいると居間の入り口にぼんやりとランプの灯りが近付いてくるのが分かる
"こんな真夜中に誰なんじゃ……"
爺は近付いてくるランプの灯りの方に目をやる
"あれは……"
爺は目を凝らしてランプの灯りにぼんやりと浮かぶ顔を確認しようとする
"ロジーヌさんか……"
ランプに灯りに照らし出された顔はロクサーヌの母のロジーヌであった
"こんな真夜中になんの用じゃろう……"
ロジーヌはワイン壺をテーブルの上に置くと大きなコップにドボドボとワインを注ぎ一気に飲み干す
「かぁーーっ!」
「やっぱり、飲まないと寝付きが悪いわっ!」
小さな声で呟くと再びコップにワインをドボドボと注ぐと再び一気に飲み干す
「はぁーーっ!」
「それにしても……マノン君って美男子だっわね」
「あれは、ロクサーヌもサラもその気があるわね……」
再びワインをコップにドボドボと注ぐと今度は少しづづワインを飲み始める
「まぁ……あの2人には高根の花だわ」
ロジーヌはそう言うとケラケラと笑いコップに残ったワインを飲み干しランプを手に取り居間を出てくのであった
"……"
天井の梁からロジーヌの様子を窺っていた爺は無言になる
"人は……見かけによらんのう……"
清楚で淑やかな外見からは想像もつかないロジーヌの振る舞いに爺はしみじみと心の中で呟くのであった
第166話 ~ 王都の商人達 ➆ ~
堅い決意して自らの正体を明かしたマノンだったが誰も信じてくれないという悲惨な結果に終わってしまうのだった
そんなマノンにルイーズが問いかけてくる
「シルビィ王女様や最高司祭のクロード様の事は本当なのね」
私にルイーズが問いただすように言うとセルジュとベランジェの視線が突き刺さる
「本当です」
私はハッキリと答える
「だったら、話は早いわ……」
「マノン君にシルビィ王女様か最高司祭のクロード様にこの事を伝えてもらえばいいのよ」
ルイーズが私の方を見て言う
それを聞いていたセルジュが私に話しかけてくる
「マノン君、君の言う事を信用しよう」
「どちらの方か早く、この事を伝えられるのかな」
「ジルが失敗した事を知れば追い詰められたレジスはとんでもない事を仕出かすかもしれん」
「アレはそう言う男だ……」
セルジュが深刻な表情で言う
その傍でベランジェも大きく頷いている
そうしているとソファーに寝かされていたジルが意識を取り戻す
「……ここは……」
朦朧とした意識の中でジルが呟くように言う
そんなジルの声を聴いたベランジェが不思議そうな顔をする
路地裏で会った時の男の声とはまるで違う声だったからだ
ジルはベテラン声優のように自在に声色を変えることが出来るのである
そして、無表情のままで辺りを見回しているが次第にジルの表情が変わってくる
「何だこれはっ!」
自分が両手両足を縛られている事に気が付く
「クソッ! 何だこれっ!! 解けっ!!!」
そう叫びながらソファーの上で体を捩らせ暴れ始める
「そんなに暴れると、危ないよ」
私は暴れているジルに話しける
「なんだお前っ! ふざけた事しやがってっ!!」
ジルは私の方を睨むと汚く罵るように叫ぶ
「結構な美人なのに……」
暴れているジルを見ながら私が呟くように言う
「こっこの野郎っ!!!」
何だかジルの気に障ったようで顔を真っ赤にして私の方を睨んでいる
次の瞬間、ジルは上半身を起こすと大きく体を曲げてその反動でソファーから立ち上がるが両手両足をひもで縛られているので立っているのがやっとの状態である
「んぐぐぐっ!!!」
ジルは苦しそうな声を出すとパキッパキッ言う音がし両手両足を縛っていた紐が床にポトッと落ちる
手足の関節を外して紐を解いたのである
「はぁはぁはぁ」
ジルは苦しそうに呼吸をしながらもう一度、体を震わせるとポキッポキッと音がする
「お前ら……俺の正体を知ったからには……」
「全員この場で始末してやる」
「まずは、おまえからだっ!!!」
ジルはそう言うと物凄い表情で私に飛び掛かっている
「サンダーボルト……」
私は軽く雷撃呪文を唱えるとジルの体に閃光が走る
「あがががが……」
ジルは変な悲鳴を上げるとその場に倒れ込む
「クソッ! 何なんだっ!……これ……」
感電して体の自由が利かないジルは状況が掴めずに困惑しているのが分かる
「大人しくしてくれないかな……」
「女性にあまり手荒な真似はしたくないんだ」
私は床に倒れているジルの顔を覗き込むように言う
「変な術使いやがって……」
「この貧乳女めっ!」
どうやら……ジルはマノンの事を女だと勘違いしているようだ
そして、ジルはこの一言を心の底から後悔する事になる
「ひっひっ貧乳……」
「ぐふっぐふっぐふふふふ」
ジルはマノンの体から異様なオーラが流れ出すのを感じる
今までの経験からジルはマノンから放出される化け物じみたオーラが尋常なモノではない事を直感的に悟る
"これは、ヤバイ奴だ……"
ジルの中でもう一人のジルが語り掛けてくる
「ちっちょっと待ってくれ……」
「私が悪かった……」
ジルの顔から見る見る血の気が引いていき真っ青になる
「サンダーボルト」
マノンが小さな声で呟くように言うとジルの体に閃光が走る
「ふげげげげげ」
ジルは床に這いつくばったまま体を仰け反らせ痙攣させる
マノンは空かさずに呪文を唱える
今度はジルの胸の膨らみの先に閃光が走る
「あっはっ!!」
ジルは胸を両手で押さえると今度は股間に閃光が走る
「あふっ!」
今度は股間を押さえて体を丸めるジルのお尻に閃光が走る
「あひっ!」
お尻を押さえて仰け反ると再びジルの全身に閃光が走る
「はげげげげげ!」
「ほげげげげげ!」
「ひぎぎぎぎぎ!」
次から次に絶え間なくジルの胸、股間、お尻、所かまわず閃光が走る
マノンに掛けてもらった上着も前が開けてまい既に裸同然である
「ひいっ! ひいっ! もうやめてぇ!!」
「お願いしますっ!」
「もう許してぇ!!!」
非情な裏の仕事人もマノンの無慈悲な所かまわぬ局部攻撃に音を上げる
もはや完全に戦意を消失したジルに容赦なくサンダーボルトの電撃が襲い掛かる
「あひぃ!」
「ぐげげげげげ!」
「あんっ!」
「あげげげげげ!」
「ひっ!」
最後にジルは死にそうな悲鳴を上げると気を失ってしまった
その様子を見ていた者達には何が起きているのか理解できなかった
マノンが何かを呟くたびにジルの体に火花が散りジルがもがきのた打ち回る
電気と言う物を知らないこの世界の人にとってこの光景は正に神の成せる業であった
あまりに無慈悲なマノンの様子を呆然と見ているルイーズの顔から血の気が引いていく……
"もしかして……マノン君って本当に……"
"大賢者なのでは……だとしたら……"
"私も……あんな目に……"
ルイーズの脳裏に今まで自分が大賢者に対する無礼千万な行いがよぎる
マノンは気絶したジルの上着を元に戻すと再び縛り上げソファーの上に寝かせる
そして、ゆっくりとルイーズの方に歩いてくる
その後ろでは白目を剥いてピクピクと手足を痙攣させているジルの姿が見える
ルイーズは血の気が引いた額から冷汗が流れ落ちるのを感じる
「あの……マノン君……いえ……マノン様……」
「お許しを……」
ルイーズはジルのような目に遭うのではないかと恐れ素直に謝罪する
「ルイーズさん……どうしたんですか……」
「顔色悪いですよ……」
マノンはそう言うと心配そうにルイーズの顔を見ている
"たっ助かったっ!!"
"はぁ~いつも通りのマノン君だわ……"
ルイーズは心から安堵するのであった
「今のはいったい何だったの……」
ルイーズが訪ねるとマノンは少し困った顔をする
"困ったなぁ……"
"どう説明すればいいのかなぁ……"
マノンが説明に困っているとセルジュが呟く
「これも……"大賢者の呪い"ですかな……」
真っ青な顔をしたセルジュが顔を引き攣らせながら呟く
セルジュの言葉に周りの者達も納得したよう頷く
「……まぁ……」
マノンも納得したかのように言うのであった……
辺りを何気なく見まわすと、周囲の目が先程までとは全く違っている事に気が付く
明らかにこの世の概念から外れた存在を見る目……"畏敬の念"を抱く目である
"どうやら……信じてくれたいみたいだ……"
"でも……この視線は嫌だな……"
マノンは心の中で呟くのであった
「ここにおられる皆様にお願いがあります」
「この事は、内密に願います」
私が小さな声で呟くように言うと周りの者達が何度も何度も頷く
「"大賢者様"の仰せ通りに……」
セルジュが跪いて自分の胸に手を当て改まって言うと周りの者達も同じように慌てて跪いき胸に手を当てるのであった
ガリア王国では、大切な誓いを立てる時に自分の胸に手を当てるのが慣わしである
……本当は、皆"大賢者の呪い"が恐ろしいだけなのであるのだが……
マノンにとっては結果オーライと言うやつである
かくして、マノンの秘密は守られることとなる……
この次の日の朝、クーラン商会の裏帳簿はシルビィの手元に届く事となる
勿論、マノンは姿を消してこっそりと王宮に忍び込みシルビィの部屋に忍び入っての事である
シルビィは大変喜んでくれたのだが、アネットには露骨に迷惑がられるマノンであった
早朝から王宮に忍び込みクーラン商会の裏帳簿をシルビィに渡し帰ってきて間もないマノンの背中に急に背筋に悪寒が走る
「ううっ……」
マノンは思わず身震いをして変な声を出してしまう
「どうしたの……」
ルイーズは、急に身震いをして変な声を出したマノンを心配そうに見る
「何でもないよ……」
「何だか……嫌な予感がしただけだよ」
今のマノンの予感は予知に近い物であるという事に本人はまだ気付いていなかったのであった
「ルイーズさんは、休まなくていいの」
私は、朝早くから起きてきたルイーズが心配になり尋ねる
「大丈夫よ」
そう言うとルイーズは少し微笑んだ
本当は、マノンの事が心配で王宮から帰ってくるのをずっと待っていたのであるがルイーズの性格からしてそんな事を言えるはずもないのであった
一晩明けたルモニエの屋敷は、昨日の事が嘘のように感じられるほど平穏であった
息巻いていたジルもすっかり大人しくなり敵意を全く感じない
ベランジェとロジーヌ、マリアンヌはソファーベッドで寝息を立てている
精神的な緊張と疲れも溜まってたのでろう
そんな静まり返った部屋の中でルイーズは椅子に縛り付けられボンヤリしているジルに話しかける
「貴女……これからどうするつもりなの」
ルイーズの問いにジルは目を閉じて天井を見上げる
「わかりません……」
ジルは天井を見上げなが小さな声で呟くように言った
「そう……」
ルイーズはそれ以上は何も言わなかった
そんなジルの姿にマノンは何故か共感を覚えるのであった
そうしているとベランジェ達が目を覚ます
昨日の事が信じられないと言った表情である
暫くすると使用人たちが部屋の中に入ってくる
カートの上に載せられている食べ物を次々とテーブルの上に並べていく
コップに暖かいお茶が注がれ湯気を立て、その香りが部屋に広がっる
食事の用意が終わった頃にセルジュが部屋に入ってくる
「皆さん、食事の用意が出来ました」
「好きなだけお召し上がりください」
セルジュがそう言うと皆が席に着くが、ジルは椅子に縛り付けられたままである
私は席を立つとジルの方に向かって歩いていく
皆の視線がこちらに向いているのを感じる
「お腹空いてるでしょう……」
「一緒にどうかな……」
私の誘いにジルも周りの皆も驚いているのが分かる
「……正気……」
ジルはポツリと言うと私の顔をジッと見る
「私が何もしないという保証はないわよ」
ジルはそう言うと少し意味ありげな表情をする
「保証はないね……」
「何か悪い事したら"お仕置き"するだけだよ」
「今度は、もっと凄いのをね」
私がそう言ってニヤリとするとジルの顔が見る見る青くなる
「分かったわよ……」
ジルはそう言うと諦めたようにため息を吐く
私はジルを縛っていた紐を解くとジルは椅子からゆっくりと立ち上がる
「……その恰好をどうになしないとね……」
私は、裸に上着一枚のジルを見て呟くとセルジュが使用人の方を見る
すると、4人の女性の使用人がジルを取り囲む
「えっ……なに……」
ジルは少し焦ったように言うと女性の使用人の一人がジルの背後から上着をスルッと脱がす
「あっ! ちょっと待ってっ!」
丸裸され焦ってるジルに残りの女性の使用人が寄ってたかってお着替えを始める
あっと言う間にジルは薄い緑色のロングドレスの良く似合う奇麗な女性の姿になっていた
「よく似合っていますよ……」
私がそう言うとジルの顔が真っ赤になり恥ずかしそうに俯く
お世辞抜きで本当によく似合っているのである
視線を少し逸らすと周りの皆も驚いているのが良く分かる……
何故か、ルイーズの視線だけはジルではなく私に向けられているのが分かる
そのルイーズの視線に恐怖を覚えるマノンであった
それから数日後、クーラン商会は数々の不正や悪事が露見することとなり……
その信用を大きく落とし、ほぼ全ての顧客を失い最終的には解散・消滅の憂き目にあうのである
また、レジスと癒着し不正に加担していた王宮内の者達も尽く処分されることとなる
この出来事は、後に王宮内では"8月の大掃除"と呼ばれるようになる
レジスは、その後すぐに急死する
逆上し易いその性格が災いして文字通り頭の中の血管が切れたのである
レジスの死因は、我々の世界で言う"クモ膜下出血"である
ある意味、幸せな最期であったと言える
その後、ジルはマノンに忠誠を誓い今後一切の"裏の仕事"をしない事を誓う
現在は、ルモニエ商会の使用人であり用心棒でもある
勿論、セルジュはジルの全てを知って彼女を雇い入れたのである
闇の衣を脱ぎ捨てメイド服を着たジルの姿はその容姿の良さも手伝って見違えるほどである
因みに、ジルの本名はシャルロット・ルナール、年齢は27歳だそうである
彼女にとっては陽の当たる人生の始まりでもあり……女性としての生き方の始まりでもあり……
そして、同時に過酷な人生と生活の終わりでもあった
誰も彼女の半生を聞こうとはしなかった……何故なら、聞くまでもないからである
シャルロット(ジル)がマノンを自分の主人のように慕うようになるも無理もない事である
何故なら、彼女はマノンに出会って全てを祓い全てを手に入れたからである
同じようにベランジェもルモニエ商会に雇い入れられ、元気に働いている
ベランジェの口利きもあり、かつてのクーラン商会の者達もセルジュは雇い入れた
かくして、クーラン商会の者達をも取り込んだルモニエ商会は大陸有数の大商人としてその名を大陸中に知らしめるようになる事となる
マノンは、セルジュの思惑より遥かに大きな結果と成果を彼とルモニエ商会にもたらすこととなったのであった
当然、セルジュがルイーズとマノンが"交わる"ことを切望するのは当然の成り行きで……
因みに、マリレ-ヌのアルシェ商会がその後、ありとあらゆる形でライバルとして頭角を現して来るのはまだ先の話である
問題は、ルイーズの方である
マノンの前に出ると全身が強張り心臓が高鳴り今までのようには話せなくなるのである
これが"恋"の副作用であることに気付いていないはルイーズとマノン、当事者の2人だけである……
第166話 ~ 王都の商人達 ➆ ~
終わり