第165話 ~ 王都の商人達 ⑥ ~
第165話 ~ 王都の商人達 ⑥ ~
序章
"あっ……"
"しもうた……寝てしまったわい……"
ご老人によくある"爺のうたた寝"である
爺がルメール家の居間で目覚めるとそこにはマノンはいなかった
慌てた爺は外へ出ようとするが家中の窓やドアは閉じられており外へ出られない
窓の外を見ると辺りは暗くなっていた
"たとえ、外へ出られたとしても……"
"どの道、こう暗くては帰れんな……"
パックはオウムなので爺も鳥目となり暗いと方向が分からなくなってしまうのである
"仕方がないの……"
"一晩ここで厄介になるとするかのう……"
などと爺が考えているとマノンを見送ったルメール家の4人が居間に戻ってくる
「ああ~、これで安心して寝れるよ」
「これも、マノン君のお陰だよ」
「流石は"大賢者の弟子"だけのことはあるな」
イレネーは大きな伸びをしながら安堵して言うとロクサーヌとサラの目が光る
「お父さんっ! それは言わないでって言ったでしょ!!」
ロクサーヌが慌ててイレネーに言うが時すでに遅し、サラの耳にしっかりと聞こえてしまった後であった
悩み事が解決した事とお酒が入っていた事もあり、うっかり口が滑ってしまったのである
「それ、本当なの……」
サラの目の色が変わっているのが分かる
マノンにロクサーヌが言っていたように"我が妹ながらサラは面食いで金や地位や権力を持った男に恥ずかしいぐらい弱い"と言うのは冗談ではなく事実なのである
ロクサーヌが父のイレネーにマノンが"大賢者の弟子"である事をサラに隠すように予め言っておいたのはサラのこの性格のためである
この世にサラの条件を満たす男などそうそういるものではないのだ……
この条件の高さが災いして今まで男っ気が全く無かったのである
マノンは、サラにとってほぼ全ての条件を満たした初めての男なのである
当然、サラがこの千載一遇のチャンスを見逃すはずがないのである
「ねぇ……お姉さま、私の事をマノン君に……」
サラが気持ち悪い声でマノンの事を紹介して欲しそうに言をうとする
「ダァ~メッ!」
ロクサーヌはあっさりと断るのであった
「そんなにマノン君の事が気になるのなら……」
「アンタも必死で勉強して王立アカデミ-に入学する事ね」
そう言うとロクサーヌは腕組みをしてニヤリと笑うのであった
当然、サラが勉強があまりできない事を知ってて言っているのである
"このクソ女っ!!!"
サラは心の中で叫びながらも……ニッコリと微笑むのであった……
ロクサーヌのこの言葉がサラの闘志に火を点ける事となり……
半年後の王立アカデミ-文学科の入学試験に本当に合格するのである
流石にコレにはロクサーヌも開いた口が塞がらないのであった
因みに、合格ラインぎりぎりの補欠合格である……
第165話 ~ 王都の商人達 ⑥ ~
「逃げた後か……」
「なかなかに勘のいい奴だな……」
ベランジェの家に忍び入ったジルが呟く
「何処に逃げた……」
「確か、連れの女は足が不自由だと聞く……」
「そう遠くには逃げれまい」
そう呟くとジルは目を閉じて静かに何かを考えている
「ルモニエの所か……その可能性が一番高いな……」
ジルは誰もいないベランジェの家を出ると足早にルモニエの邸宅へと向かうのであった
ベランジェとその家族は必死でルモニエの邸宅へと急いでいた
「この通路を抜ければすぐそこだっ!」
ベランジェは不自由な足を引きずるようにして必死に歩いているミレーヌに励ますように話しかける
「もうすぐなのね」
ミレーヌはベランジェの言葉にホッとしたように言う
3人が路地を出ようとした時に1人の人影が出口の前に立ちはだかる
「お前は……」
ベランジェは絶望はしたかのように呟く
「クソッ! あと少しだったのに……」
拳を握り締め震える声で言う
「誰なの……この人……」
路地の出口を塞ぐように立ちはだかった人影にマリアンヌが怯えるように問いかける
「ジル・バルサン……」
「裏社会の始末屋だよ……」
ベランジェは小さな声でマリアンヌに答える
「裏社会の始末屋って……」
「どうして私達が……」
不自由な足を引きずってミレーヌがベランジェに問いかける
「それは……」
ベランジェが訳を話そうとすると路地の出口を塞ぐように立ちはだかった人影がゆっくりとこちらに迫ってくる
「君達には何の恨みも無いのだが……」
「すまないが、死んでもらう」
人影はそう言うと腰の剣をゆっくりと抜く
「ここまでか……」
「せめて、娘のマリアンヌだけでも……」
ベランジェはそう呟くと自らが盾となる決意を固める
「マリアンヌっ! お前だけでも早く逃げるんだっ!!」
ベランジェがそう叫ぶとミレーヌがマリアンヌを後ろへ突き飛ばす
「マリアンヌ……早くお逃げ……」
ミレーヌはそう言うと優しく微笑んだ
そんな時……その後ろから誰かの声がする
「あの~ここを抜ければ大通りに出られますか……」
命がけの修羅場に道を尋ねる呑気な声が聞こえてくる
声の主がゆっくりとこちらに歩いてくる
その声の主は……言うまでも無くマノン・ルロワである
路地が薄暗いのでマノンには状況が良く分からないのである
「あの……」
「あれっ……」
顔がハッキリと見えるぐらいの距離に近付いて初めて状況が分かる
通路の出口にいる人物が剣を持っている
「へっ」
驚いたマノンが間の抜けた声を発した瞬間に通路の出口にいる人物が剣を振りかざし襲い掛かってくる
「錬成分解っ!!」
マノンは咄嗟に分解魔法を発動する
一瞬にして剣も衣服も分解され消えてなくなり丸裸になってしまう
「えっ……」
今度は、斬りかかってきた人物が間の抜けた声を上げる
短めの金髪、大きく膨らんだ胸、くびれたウエスト……
薄暗い路地でも明らかに女性であることが分かる
「どうして……」
女性は一瞬、呟き動きを止めるがすぐ裸のまま前にいる男の人に襲い掛かりる
女性は男に馬乗りになると首を絞め上げる
「うっうっ!」
男が苦しそうにもがく
「サンダーボルトっ!!」
マノンは空かさずに電撃を発動させる
「バリっ!」
と言う音と共に稲妻の閃光が走り女性に落ちる
「ぎゃっ!」
女性は悲鳴を上げると気絶してその場に倒れ込む
それを見ていた2人の女性が駆け寄る
「しっかりしてお父さんっ!!」
気絶している女性を除けると首を絞められていた男も感電して気絶している
「あっ……」
マノンは首を絞められていた男まで感電させてしまったことに気付き焦る
「あっっうっっ」
男の人が意識を取り戻す
「いったい何なのだ……」
男の人は状況が理解できずに困惑している
「あの人が……」
「助けてくれたみたい……」
1人の女性が私の方を見て言うと男の人がフラフラしながらゆっくりと立ち上がる
「危ない所を助けてくださって、ありがとうございます」
「私はベランジェ・オードランと申します」
「そして、連れのミレーヌ、一人娘のマリアンヌにございます」
ベランジェが私に二人を紹介すると深々と頭を下げる
マノンには、路地が薄暗いこともあり3人の容姿は良く分からなかった
「はぁ……」
「私はマノン・ルロワと申します」
状況が良く分からないまま私は自分の名前を言うとベランジェの表情が驚きに変わる
「貴方が……」
「詳しい事は後程……」
「とりあえず、この先のルモニエ様のお屋敷に行かねばなりませぬ」
ベランジェはそう言うと路地の出口に向かって歩き始める
その後ろに二人の女性も続いて歩き始める
やや焦げ付いた裸の女性をそのまま路地裏に放置するわけにもいかないので、私は着ていた上着を掛けお姫様抱っこするとその後についていくのであった
女性をお姫様抱っこして通行人の注目を集めながら大通りを少し歩くとルモニエの邸宅に辿り着く
ベランジェがドアを叩くと若い女性の使用人がドアを開けて顔を覗かせる
「どちら様でしょうか」
使用人は不審そうな顔をしてベランジェの様子を窺っている
ベランジェが使用人に何か話をしているようだが使用人は信用していないようだ
「あの……」
ベランジェの後ろから私が女性をお姫様抱っこしたまま顔を覗かせると使用人の表情が変わる
「これは、マノン様……」
使用人は私の顔を見ると安心したような表情になる
「どうぞお入りください」
そう言うとドアを開け屋敷の中に案内してくれる
煌煌と蝋燭の灯ったルモニエの屋敷の明るい玄関に入るとベランジェ達の容姿が分かる
ベランジェは身長170センチほどで短い黒髪に痩せた体形の宮仕えのお役人と言った風貌である
ロジーヌは身長165センチほどの短い黒髪の中年女性、やや太り気味で足が不自由なのが分かる
娘らしきマリアンヌは身長155センチほどで長い黒髪の10歳前後の少女であった
マリアンヌはさっきから私の事に興味を持ったらしく凄く気にしているのが分かる
その視線に気付いた私がニッコリと微笑むとロジーヌの後ろに隠れてしまうのであった
ベランジェはただ呆然と私の方を見ている、暫くするとセルジュとルイーズがやってくる
「これは……どういうことなのかね……」
セルジュは私達を見て状況が理解できずに訳を話すように言うとベランジェが訳を話し始める
「なるほど……そう言う事か……」
レジスが何か良からぬ事を仕掛けてくるのを予想していたセルジュはベランジェの言う事を信用したようだ
そんな中でマノンはさっきから突き刺さるような視線を感じている……そう、ルイーズの視線である
「その人……誰なの……」
上着1枚を羽織っただけの裸の女性を見てルイーズが冷酷な口調で私に問いかける
「えっ……その……」
マノンは、この状況も女性の事も良く分かっていないので説明に困っているとベランジェが状況を説明する
「そっ、そうなの……この人が……」
ルイーズはベランジェから私がお姫様だったしている女性の事を聞かされて驚いている
「どう見ても……そんな人だとは思えないわ……」
ルイーズは信じられないという表情で気絶しているジル・バルサンの顔をジッと見ている
「よく見ると結構……美人ね……」
「それに、意外と若いんじゃないの……」
ルイーズは興味深そうにジルの事を詳しく観察している
明るい所で見たジルの外見は身長170センチ程で短めの金髪、アスリートのような細身の体には余分な贅肉は見当たらない、大きく形の良い胸、ウエストは細くびれており、やや大き目のお尻は細い足とマッチして奇麗な曲線美を描いている
とても、冷酷非道な"裏の仕事人"とは思えない容姿である
流石のセルジュもジルの正体が若い女性だとは思ってもいなかっただろう
セルジュはジルの正体に少し戸惑っているようだったが、暫くすると私達の方に視線を向ける
「大変だったな……」
セルジュはそう言うと使用人の方に目をやる、使用人は軽く頭を下げると屋敷の奥に姿を消した
「詳しい事は後で聞こう」
セルジュがベランジェに言っていると使用人がやってくる
「お部屋の用意ができました」
使用人がセルジュにそう言う伝える
「疲れただろう……」
「部屋を用意した、まずは休んでくれ」
セルジュがそう言うと使用人が私達を部屋へと案内してくれた
立派な広い部屋には大きなテーブル、いくつもの椅子やソファーが並んでいた
テーブルの上には水の入ったガラスの器とグラスがいくつも用意されていた
私は部屋に入ると気絶したままのジルをソファーの上に寝かせる
意識を取り戻した時に暴れないように両手両足を丈夫な紐で縛り上げる
皆が椅子やソファーに座り使用人がグラスに注いでくれた水を飲み干すと一息つく……
「詳しい事をお話します」
一息ついて落ち着いたベランジェがセルジュにそう言うと鞄の中から"裏帳簿"を取り出す
「私達は席を外します」
ミレーヌがそう言って椅子から立ち上がろうとするとベランジェが待ったをかける
「お前たちにも聞いて欲しい……」
「そして、マノン君にも……」
ベランジェがそう言うとセルジュは大きく頷く
ベランジェは今までの経緯や自分の知っている事の全てを話し始める
「そうか……」
ベランジェの話を聞き終えるとセルジュは小さな声で呟くと腕組みする
その表情は険しかった
セルジュの話を聞いて私もようやく状況を理解するのであった
「ん……難しいな……」
暫くすると何かを考えていたセルジュが呟く
「王宮内にもレジスの息のかかった者は多い……」
「王宮内で公正で信頼がおけ、尚かつそれなりの地位と権力のある者……」
「そう言う人物に直談判せねばならん……」
セルジュはそう言うと大きなため息を吐く
「シルビィ王女なら適任じゃないでしょうか」
セルジュの話を聞いていた私がポツリと言うとルイーズが冷たい視線を私に向ける
「あのねぇ……マノン君……」
「そんなこと簡単にできるわけないでしょう……」
ルイーズの言葉にセルジュもベランジェも大きく頷く
マノンにとってはシルビィは身近な人なのだが、一般の人々にとっては雲の上の人なのである
ここら辺がマノンとセルジュ達の認識の違いなのである
「……私……シルビィ王女とは面識があるんです」
「シルビィ王女お付の騎士のアネットとはいつでも連絡が取れます」
「それに、最高司祭のクロード様とも連絡が取れます」
私がそう言うとセルジュもベランジェもルイーズも唖然としている
「それ……本当なの……」
ルイーズが半信半疑で聞いてくる
「本当だよ」
私の全く迷いのない返事にルイーズはマノンの言っている事が本当だという事に気付く
「マノン君……アンタいったい……」
ルイーズの私を見る目が得体のしれない物を見るような目に変わる
"もう、これ以上は無理かな……"
"どうせ、遅かれ早かれ分かる事だろうし"
私は心の中で呟くと自らが大賢者である事を明かす決心をする
「私は……第29代大賢者"マノン・ルロワ"」
「第28代大賢者"パトリック・ロベール"よりその任を受け継ぎし者です」
私は初めて自らを正式な"大賢者"として名乗りを上げる
「何言ってるの……マノン君……」
「頭……大丈夫……」
ルイーズが心配そうに私の方を見ている
周囲を見回すと他の者達も哀れそうな冷酷な眼で私を見ているのが分かる
"えっ! 何で……"
"どうして、誰も信じてくれないの……"
"カッコ良く言ったつもりなのに……"
マノン・ルロワ……自ら初めての正式な"大賢者"の名乗りは見事に滑り誰にも信じてもらえないばかりか頭の可笑しい人扱いされ冷酷な目で見られるという悲惨な結果に終わるのであった
"所詮、私はギャグ小説の三枚目主人公なのね……"
マノンは自らの立ち位置を思い知ったかのように心の中で呟くのであった
第165話 ~ 王都の商人達 ⑥ ~
終わり