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いつの間にやら憑依され……  作者: イナカのネズミ
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第161話 ~ 王都の商人達 ➁ ~

第161話 ~ 王都の商人達 ➁ ~



序章


王都を遠く離れたポルトーレ地方……

セシルはトルス騎士団を離れバイヨンにある実家に出産のために帰省している

バイヨンの街は典型的な地方都市で郊外に広がる肥沃な大地に恵まれガリア王国でも有数の小麦の生産地として有名である


セシルの実家のクレージュ家はバイヨンに領地を持つ領主(ロード)である

貴族ではないが高名な元・王国騎士の家柄でありこの辺りでは名門と言ってよい


そんな元・王国騎士のクレージュ家から騎士に登用されたのがセシルである

クレージュ家は、先代の王よりその功績を認められこの地に所領を賜り王都からこの地に移り住んでより40年ぶりに騎士に返り咲いたのである


そんなセシルが妊娠し故郷に帰省して1ヶ月以上が過ぎようとしている


 「セシル……具合はどうだ……」

昼食を食べながらセシルの父ジルベールが心配そうに問いかける


 「大丈夫……かなり落ち着いてきたわ」

セシルが少し笑って答えるとジルベールは安心したかのような表情になる

帰省した当初は悪阻が酷く食事もろくに出来ずに衰弱していたからである

 「食事も出来るようになってきたし」

そう言うとセシルは冷たい井戸水で冷やした麺を啜る


細うどんのような麺をワインビネガーに香辛料を加えたスープを付けて食べるこの地方独特の夏の定番食である

ぶっかけうどんと冷やし中華を足して2で割ったようなものであり暑い中でも食べ易いものである


今年の夏は特に暑く、ここバイヨンでも連日のように30度近い日が続いているが幸いな事にバイヨンの街は王都のように周囲を城塞に囲まれていないので風通しが良く王都よりは過ごしやすいのである

とはいっても妊婦には辛い時期であることには違いが無いのであるが……


 「マノン君には連絡してあるのか」

ジルベールが麺を啜りながらセシルに問いかける


 「はい、先日、王都に文を出しました」

自分のお腹に手を当ててながらセシルが答える

因みに、マノンからの返信が返ってくるのはこの3日後である


 「そうか……」

 「それと……」

ジルベールは何か言いたそうだったが途中で言うのを止める

その様子を見ていたセシルが大きく息を吸い込むと話は始める


 「……騎士拝命で王都に赴いた際に"交わり"ました」

 「騎士の拝命……そして、愛しい人の子供を授かり……」

 「私にとっては、この指輪と共に人生最良の思い出です」

セシルは左手薬指に嵌められた夏の日差しを受けて輝く魔石をジッと見ている

ジルベールが聞きたかった事は王都で暮らすセシルの母と父親違いの姉の事だったのであるが、幸せそうに話すセシルを見てジルベールは、もうそんな事はどうでもいいと思うのであった


 「王都……王立アカデミ-でのマノン君はどうだった」

ジルベールは永らく会っていないマノンの事を問う


 「元気そうでした」

セシルの一言にジルベールは大きく頷く


 「そうか……」

ジルベールはそう言って納得したようだったが……

本当は、王都でマノン君は"さぞや女子にモテるであろう"から、女関係それが気になっていたのである

当然、そんな事をセシルに聞くわけにもいかないのだが気になって仕方がないのである

そんなジルベールの様子を見てセシルが小さなため息を吐くと話始める


 「お父様のご想像通りです」

 「マノンは女子に大変おモテのようですわ」

 「きっと、このお腹の子には大陸中に兄弟姉妹ができる事でしょうね」

少し諦めたようにお腹に手を当ててセシルが言う


 「……そうか……やっぱりな……」

ジルベールは頭をボリボリと掻くと少し困ったようだった……

 「不思議とマノン君と出会って以来……」

 「我が家は良いこと尽くめだ」

ジルベールはそう言うとセシルの方を見る


 「そうよね……」

 「それは、私もお父様と同じ……」

セシルはそう言うとジルベールを見て微笑むのであった

 「それと、お母さまは元気にしておられました」

 「残念ながら、お姉様にはお会いする事が出来ませんでした」

セシルがジルベールの顔を見て言う


 「……そっ、そうか……」

ジルベールはセシルの人の心を見透かすような勘の良さに背筋が凍る思いをするのであった

 "マノン君も大変だなぁ……"

急に少女から大人の女へと変貌した我が娘を目の当たりにしてジルベールはマノンの行く末を案じ同じ男として気の毒に思うのであった……




第161話 ~ 王都の商人達 ➁ ~



マノンは大きなリュックサックを背負い貴族の屋敷へと向かっている

その隣には案内役・兼世話役のルイーズがいる


今日は、爺には何か用があるらしく私の傍には居ない

(爺は妊娠しているアレットの様子を見に行っているのである)


 「あの屋敷よ……」

ルイーズが立派なお屋敷を指さす

 「あれが依頼のあったラシーヌ家の屋敷よ」

 「今日の依頼主はここのお嬢様よ……」

ルイーズはそう言うと少し頬を赤くして恥ずかしそうにする

 「その……一応、治療の事は知っているようなんだけど……」

 「19歳で私たちとそんなに違わないのよ」

もう何回も治療をしているがその中には私たちと同じくらいの年齢の女性もいるのである

 「王国でも指折りの上流貴族のお嬢様だから、それなりに"らしく"してよね」

ルイーズが私の方を見ると威嚇するように言う

本人にその気は全くないのだがマノンには威嚇するように感じられるのであった


屋敷の玄関に来ると恒例の執事らしき使用人が出迎えてくれる

 「ルモニエ商会のルイーズ様とマノン様でいらしゃいますね」

 「私は当ラシーヌ家の執事を務めさせてもらっております」

 「アレクシ・ラチエと申します……以後、御見知り置きを……」

 「屋敷の奥で主がお待ちしております……どうぞ中へ……」

いつものように上流階級の定番の挨拶を交わすとアレクシに先導され屋敷の中へと入っていく


屋敷の奥の一番立派な扉が開かれるとベッドの上で苦しそうにしている女性がいるのが見える


そう……マノンはここ暫く、時間の合間にフェリシテと同じような症状に悩まされている貴族や富裕層の婦女子に例の治療をして回っているのである


マノンがフェリシテに行った治療はルイーズの父セルジュの口から貴族や富裕層に広まった

下品極まりない治療に始めは誰もが下品な冗談だと思っていたようだったが、一部の者達が藁にも縋る思いでセルジュに治療を願い出る事になる

だが、その驚くほどの効果にあっと言う間に広がり連日のように治療の依頼がセルジュの元へ来るようになったのである


当初、マノンはセルジュの口調から薬や注射器の製造法、治療に関する注意点を医師に伝えるだけで良いと思いセルジュの申し出を快く受けたのだが王都の医師達は誰もしようとはしなかったのだ……


かくして、マノンは王都中の貴族や富裕層の婦女子だけでなく、同じような症状に悩まされている男性にもこの治療を行う羽目になってしまったのである


……当然、セルジュは初めからそうなると判っていてマノンに申し出ているのである

気位の高く、おまけに偉そうな金持ち相手の"宮廷医"達があのような下品極まりない治療をするはずの無い事をセルジュは初めから知っていて依頼を受けたのである


そして、案内役に娘のルイーズを同行させるのもマノンがルモニエ商会の者であるという事を貴族や富裕層に知らしめ、同時にルイーズの"交わり"の相手であるという事を勘ぐらせると同時に行く行くはルモニエ商会の後継者となりえる事の前振りでもあるのである


本来ならば、マノンは治療行為を行えないのであるが王立アカデミ-で薬学科を修了している事などもあり無償での奉仕活動として導師総代のジェルマンに認められたのである

当然、これらの特例処置は裏からセルジュがその筋に根回ししていたからでもある……


この手に関する事の手際の良さは流石は王都の大商人である

セルジュがこのような事をするにはある差し迫った深刻な理由があっての事でもあるのだ


何にせよ、爺の予想通りの展開となっているのであった



治療を終えてからの帰りに寄り道したいとルイーズに伝える

マリレ-ヌの店で薬草を何種類か仕入れたいのである

 「薬草なんて家の倉庫に山ほどあるわよ」

 「好きなだけ持って行くといいのに」

そう言うルイーズにマノンは少し困ったような顔をする


 「知り合いのしている店なんだよ」

 「いろいろとお世話になっているし」

 「暫く行っていないから様子も見てみたいんだ」

私がそう言うとルイーズは少し目を細める


 「ふぅ~ん」

ルイーズはそう言うと私の横を一緒に歩き始めた

少し歩いて裏通りに入る


 「あら、マノン君、この前はありがとう」

マノンに中年の女性が話しかけてくる

この人、誰なんだろうとルイーズは疑問に思って見ている


 「お子さんの調子はどうですか」

マノンが女性に子供の事を聞いているのがわかる


 「マノン君に貰った薬が凄く効いたみたいで……」

 「すっかり元気になったよ……」

 「元気すぎて困るぐらいだよ……」

女性はケラケラと笑いながら答えるのだが……

 「でも……マノン君……」

 「あの薬……本当に無料(タダ)でいいのかい」

申し訳なさそうに言う女性にマノンがお金なんて要らないよと言わんばかりに手を振る

 「マノン君が店を開くときには教えておくれよ」

女性はそう言うと手を振りながら私達を見送ってくれる


マリレ-ヌの店に着くまでに何人もの人にお礼を言われるマノンの姿にルイーズは呆気に取られていた

 "この人って……いったい何なの……"

ルイーズはマノンと言う人間が分からなくなってくる

そして、ルイーズは王立アカデミ-で見ていたマノンの姿は極一部でしかなかったことに気付くのであった


マリレ-ヌの店の店に到着すると今度はマノンが少し驚いてしまう

店の規模が少なくとも以前の3倍近くになっていたからだった

3人の店員が店の中にいるのが見える

店の奥を見るとマリレ-ヌの両親の姿も見えるがマリレ-ヌの姿は無かった

マノンが恐る恐る店に入ると店員のおばさんが近付いてくる

 「何かお探しでしょうか」

マノンとルイーズに話しかけてくる


 「えっ……あの……」

マノンは、すっかり変わってしまった店の雰囲気に少し慌ててしまう


 「あら……マノン君じゃないかい」

店の奥にいたマリレ-ヌの母のリレアがマノンに気付き話しかけてくる

 「マリレ-ヌなら2階にいるよ」

 「レナちゃんとエルナちゃんも一緒だよ」

 「呼んでこようか」

レリアはそう言いながら私の隣にいるルイーズの事をしきりに気にしているのがわかる


 「同じ薬学科のルイーズさんです」

私がリレアにルイーズの事を紹介する


 「どうも、マリレ-ヌの母のリレアです」

 「……マノン君のご学友の方ですか……」

リレアは少し戸惑っているかのようにルイーズと私に交互に視線をやる


 「やあ!マノン君久しぶりだな」

今度はモーリスが話しかけてくる


 「すいませんが、いつもの薬草をいただけないでしょうか」

マノンがそう言うとモーリスが頷く


 「ああ、いつものだな……」

 「ちょっと待ててくれ」

モーリスはそう言うと店の奥の方に行ってしまった


 「少し見ない間に……」

 「随分と店が大きくなっているような気がするのですが……」

私は以前とはあまりに変わってしまった店の事をリレアに尋ねる


 「全部マノン君のおかげだよ……」

 「教えてもらった薬が大好評でね」

 「気が付けばこんなになっていたんだよ」

 「本当にありがとう……」

リレアが私にお礼を言っているとモーリスが大きな袋を抱えて戻ってくる


 「お待たせ……いつもの薬草だよ」

モーリスはそう言うと大きな袋を私に渡す


 「こんなに沢山要りませんよ」

大きな袋を抱えて私がそう言うとモーリスがニヤリと笑う


 「そんなこと言わずに受けとってくれなよ」

 「じゃないと儂らの気が済まないんだ」

 「本当は現金でそれなりのお礼をしたいんだが……」

 「マノン君は現金を受け取ってくれないからね」

モーリスがそう言うとリレアも大きく頷く


 「そっ、それじゃ……遠慮なく頂きます」

 「ありがとうございます」

私はお礼を言うと大きな袋を抱えて店を出ようとする


 「今度はマリレ-ヌも一緒に袋に入れておくよ」

モーリスはそう言って大きな声で笑うとリレアも同じように笑っている

ルイーズにはモーリスの言っている事が冗談には聞こえないのであった


 "……マノン君……"

 "マリレ-ヌって誰なの……"

ルイーズはそんなモーリスの言葉に少し目を細めて私の耳元で呟くように言う

何故かルイーズの言葉に背筋がゾッとするマノンであった……



マノンとルイーズが帰った後でモーリスとリレアは顔を見合わせる

 「あの子……どこかで見た覚えがあるわね」

リレアがそう言うとモーリスは顎に手を当てて思い出そうとしている


 「はて……思い出せんなぁ……」

モーリスがそう言うとリレアが少し困ったような表情になる


 「余計なお世話だけど……」

 「マノン君とは、どういう関係なんだろうねぇ」

リレアが少し不安げに呟く

リレアの女としての直感がルイーズがマノンに気のある事を見抜いていたのである


今から考えればこの時にマノンがルイーズの事をフルネームで紹介しなかったのは大正解であったと言える


マリレ-ヌの店からの帰り道、ルイーズからマリレ-ヌの事について執拗に尋問をマノンが受けた事は言うまでもない……



第161話 ~ 王都の商人達 ➁ ~



終わり



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