第159話 ~ 似て非なる者 ④ ~
第159話 ~ 似て非なる者 ④ ~
序章
王都の裏通り、アルシェ商会の2階のマリレ-ヌの部屋……
レナとマリレーヌとエルナの3人がお気に入りの本の話で盛り上がっている
この3人は同じ世代であり本の趣向も近いために特に仲が良いのである
因みに、ルシィはこの3人と同じぐらいの本好きではあるが世代と本の趣向がやや異なり導師と言う立場上の事もあって、この3人ほども頻繁には交友がない
本好きにとって大好きなお気に入り本は手元に置いて置きたい物です、それが希少な本ともなればなおさらです
この世界の本好きも同じです、魔法工房の書庫からの借り物のですから絶対に返さなければなりません
だったら自分達で写本を作ってしまおうと考えるのは当然の成り行きです
紙とインクとペンがあれば地道にコツコツと書き写せばよいだけの事ですから……
この3人も同じ考えに辿り着き3人で2冊づつを担当してコツコツと写本に精を出しているのです
それには膨大な労力と時間が必要です、それに精神力とお金(この時代、紙は高価です)も必要です
紙とインクとペンはマリレ-ヌが手配してくれました
商売が絶好調でお金は結構あるのです
そんなこんなで、暇さえあれば3人揃って写本をしているのです
週に一度は書き上げたページをマリレ-ヌの家に持って行って保管してもらい新しい紙とインクとペンをもらっているのである
そしてその時に3人揃ってオタ話に花が咲くというわけなのである
しかし、それは学生にとっては貴重な時間を勉学以外に費やしてしまう事になります
タイトなスケジュールの王立アカデミ-の学生なら尚更です
マリレ-ヌは既に卒業しているので問題はありませんがレナとエルナは現役学生ですからそうはいきません
特にレナは……
留学生のエルナとはまた事情が違うのです
皆さんの周りにも一人や二人はいたと思います……
同人活動やサークル活動、はたまたバイトに精を出し過ぎて留年したり中退したりする奴が……
第159話 ~ 似て非なる者 ④ ~
ルイーズの母フェリシテの治療も無事に終わり2日ほどが過ぎたある日の事……
マノンは、いつものように実験をしようと実験室へ急いでいた
実験課題はフェリシテの薬を作った際に出た牛脂から分離した固形物に関してである
マノンは、"エマの書"にはこれが何なのであるか記載されていなかったのでこれを新しい課題にしようと決めたのである
既にお気付きの方も多いと思いますが、これは脂肪酸いわゆる"石鹸"であり……
分離した液体(薬)はグリセロール(グリセリン)で浣腸薬の主成分である
爺の開発品の"エイペック"の骨の薬に関しては、気付かれる事は無いとは言え歴然とした"剽窃"や"盗用"にあたるのは事実であり取り下げようと決めたのである
フェリシテに使った薬を課題にしなかったのも既に"エマの書"で詳細が記載されておりこれも"剽窃"や"盗用"にあたると判断したからであった
当然、マノンの出した"エイペック"の骨の薬に関する報告書に修了認定を出そうかどうかでアカデミーの導師達がもめている事など当のマノンは知らないのである
いつものように、他の生徒が実験を終える頃に実験室へ向かうマノン……
時間は既に午後2時になっていた……
"随分と遅くなっちゃったよ……"
私は心の中で呟きながら実験室へと急いでいた
慌てて実験室に入ると……
「随分と遅かったじゃないのっ!」
実験室に入ったとたんにいきなり話しかけられて吃驚する
「うわっ!」
「……ルイーズさんか……吃驚した」
両腕を腰に当てて仁王立ちしているルイーズがいる事に気が付く
「なっ……何か……」
「御用でもルイーズさん……」
何か嫌な予感がするのでルイーズの機嫌を窺うように問いかける
「用があるから待ってたのよっ!」
「3時間近くも待ったわよっ!!」
「おかげで昼食もまだなのよ……全くもう……」
ルイーズは不機嫌そうに言うと私の方にズンズンと歩いてくる
「ひえっ!」
私はズンズンと迫ってくるルイーズの迫力に怯えて悲鳴を上げる
「ちょっと~なに怯えてんのよっ!」
「別に刺したりしないわよっ!!」
ルイーズは怯えている私に少し傷ついたように言う
「この前は本当にありがとうごさいます」
ルイーズは、深々と頭を下げるといきなり丁重な言葉づかいで話し始める
「あれ以来、母の体調は驚くほど良くなりました」
「父のセルジュが是非会ってお礼を申し上げたいと申しております」
「出来れば今日の夕方に当家におこし願えるでしょうか」
ルイーズは用件を言い終えると私の方をジッ見ている
「……」
あまりのルイーズの豹変に私は呆気に取られて固まってしまう
「あの……マノン君……返事を……」
呆然としている私にルイーズが問いかけてくる
「あっ……ごめん……」
「ルイーズさんの態度が、いきなり変わったから」
「驚いちゃって……」
私が申し訳なさそうに言うとルイーズの顔が少し引き攣ったのがわかる
"あっ……拙かったかな……"
私は心の中で呟く
「まっまっまぁ……いいわ……」
ルイーズは少し不機嫌そうに呟く
「それで……返事はどうなの……」
ルイーズの問いかけに私は軽く頷く
「それでは、今日の夕方にお待ちしております」
そう言うとルイーズは私のすぐ傍に来る
"あまり遅くならないようにしてね……"
"5時ぐらいは来た方が良いわよ……"
"うちの父は時間には厳しいから……"
ルイーズは私の耳元で囁くように言うと少し微笑んで部屋を出て行くのであった
呆然とルイーズを見送る私に爺が話しかけてくる
"随分と丁重なお誘いじゃのう……"
"王立アカデミ-の生徒として出向くか……"
"それとも……"
爺は途中で言うのを止める
"王立アカデミ-の制服て生徒として出向くことにするよ"
私がそう言うと爺は何も言わなかった
"もう少し時間があるから、少しだけやっておこうか"
私は心の中で呟くと陶器の皿の上に載せておいた牛脂の塊を手に取る
いい具合に固まっている、ちょうど握り拳ぐらいの大きさである
匂いを嗅いでみる……
"……"
無言の私に爺が話しかけてくる
"牛ステーキの匂いでもするのか……"
爺の言う通り、本当に焼いた肉の匂いがするのであった……
"本当に……焼いた肉の匂いがするよ……"
"食べられるのかな……"
食い意地の張った私は直ぐにこんな事を考えてしまう
"待て待てっ! それだけは止めておけっ!"
爺が慌てて私を止めに入る
(因みに、初めて石鹸を見た日本人は食べようとしたらしい)
塊を少し削ってガラス皿の上に載せ細かく潰してみる……
"硬くなったチーズのようだね……"
私が呟くと爺が話しかけてくる
"少しは食い物から離れたらどうじゃ……"
少し呆れたように言う
"素は牛脂だから食べ物じゃない"
私がそう言うと爺は少し納得した様子だった
指先で少し摘まんで取って捏ねてみる
"やっぱり……チーズみたいだよ……"
"食べれるのかな……"
焼いた肉の匂いがするのでどうしても食べたくなってくるマノンであった
水に溶かしてみたり、火に当てて見たりと色々と実験を繰り返しているとある事に気が付く
"この塊……油を弾く……"
私が呟くように言うと爺も同意する
"もしかして……"
私は残っていた牛脂に塊の一部を入れて混ぜ合わせて見る
"牛脂がベトつかないし、簡単に流し落とせる"
"これって油落としなんじゃ……"
私が呟くと爺の声が聞こえてくる
"この塊は脂分を分解するようじゃな……"
"しつこい油汚れを落とすには最高の代物じゃな"
爺が感心したように言う
この世界で初めて"石鹸"が確認された瞬間であった……
そうそうしていると、午後4時を知らせるの鐘が鳴り響く
「あっ……もうそろそろ行かないと間に合わないや」
私は急いで片づけ始める……
そして、実験室を後にするのであった
寮の自室に戻ると新しい制服に着替えてリュックの中身を確認する
フェリシテの治療に使った薬の入った瓶、特大の注射器はそのままの状態で入っている
リュックを背負うと自室を出てルイーズの邸宅へと向かうのであった
大通りを黙々と歩いていると爺が話しかけてくる
"お前さん……"
"ルイーズちゃんの父親には十分に心せよ……"
"王都の大商人ともなれば、油断ならぬ輩……"
爺の言っている事には私も同感である
"……かもしれないね"
"でも、ルイーズさんは普通の女学生だと思う"
私がそう言うと爺は少し呆れたようなため息を吐く
"確かにな……"
"まぁ……多少は気が強い所があるようじゃがな"
爺は笑ってそう言うと気配を消すのであった
ルイーズの邸宅に到着すると使用人の品の良い中年男性が私を確認するかのように見ている
「マノン・ルロワ様でいらしゃいますか」
私が軽く頷くと玄関のドアを開ける
「どうぞ、旦那様が御待ちしております」
そう言うと2人の女性の使用人が私を屋敷の奥へと案内する
私は使用人の女性の後に付いて無言で屋敷の奥へと進んで行く……
フェリシテの部屋の前を通り過ぎ広々とした中庭を通り過ぎ、屋敷の一番奥の方まで歩いてきたようだ
正面に王宮で見たような緻密な装飾が施された立派なドアが見えてくる
使用人の女性がドアの前で立ち止まる
「旦那様、マノン・ルロワ様をお連れ致しました」
一人の使用人がそう言うと部屋の中から声が聞こえてくる
使用人がドアを開けると王宮の謁見の間かと思うほどの豪華な内装が施された広い部屋の真ん中に大きなテーブルが一つポツンと置かれ、その端には10脚以上の椅子がズラリと並べられているのが見える
よく見るとテーブル正面の一番奥に恰幅の良い中年男性が一人座っている
短い金髪に大きな目が印象的である、身に着けている贅沢な服装からこの男性がルイーズの父親セルジュである事がわかる
そのテーブルを挟んで右側にルイーズ、左側にフェリシテの姿が見える
二人とも社交用の正装をしているのがわかる
フェリシテは顔色も良くなって元気になっているのがわかる
私と目が合うとニコリと微笑み軽く頭を下げた
体力が回復したせいかフェリシテは随分と若く見えるのであった
ルイーズは純白の胸の辺りが大きく開いたロング・ドレスを着て特徴的な癖のある長い髪をまとめている
フェリシテも同じく胸の辺りが大きく開いた薄紅色のロング・ドレスを着て同じように髪をまとめているのがわかる
ガリアでは、高貴な婦女子のごく一般的な正装・社交ドレスであり、まとめられた髪型は食事をする時のものである
テーブルの上には高価そうな食器が並べられおり、男女4人づつ8人の使用人が部屋の隅に控えているのが見える
私が部屋に入ると部屋の中にいた全員の視線がこちらに向けられるのがわかる
「マノン・ルロワ君だね……」
ルイーズの父親セルジュは恰幅の良い体形の割には以外に声は細かった
「はい、そうです」
「本日は、お呼びに預かり参上いたしました」
私はそう言うと深々と頭を下げる
「お初にお目にかかる」
「私はルイーズの父のセルジュ・ルモニエだ」
「まぁ、掛けたまえ」
セルジュがそう言うと男性の使用人の2人が私を席まで案内してくれる
もう1人の使用人が椅子を引いてくれる
案内されたのはルイーズの席の隣だった
私はその椅子に座ると使用人は深々と頭を下げ元居た場所へと戻っていく
ルイーズが少し心配そうに私を見ているのがわかる
「マノン・ルロワ君……」
「フェリシテの治療に心から感謝している」
「ありがとう……」
セルジュがそう言うと使用人がゴンドラの上に頑丈そうな金属の金具で補強された(PCのミニタワー・ケース程の大きさ)の木箱が私のすぐ横に運ばれてくる
「少ないが謝礼だ……」
「受け取り給え」
セルジュがそう言うと使用人が箱のふたを開ける
箱の中にはガリア金貨が詰まっていた全て1000ガリア金貨である
ざっと100万ガリア・フラン(8000万円相当)である
普通の人なら吃驚するような大金であるが魔法工房の宝物庫の金貨の山を見ているマノンからすれば大した事は無いのである
「不要です」
「教会にでも寄付して下さい」
私は考えることも無く即答する
「……」
セルジュは勿論の事、ルイーズやフェリシテも傍にいた使用人も呆気に取られている
「そうか……」
「ではそのように……」
暫くして我に返ったセルジュがそう言うと使用人が金貨の詰まった箱を部屋の外へと運び出していった
ルイーズはポカンと口を開けたまま私の顔をジッと見ている
それに気付いた私がルイーズの方を見るとルイーズはハッとしたように視線を逸らせ俯いてしまった
セルジュは、そんなマノンの様子を注意深く見ている
"大したものだな……"
"あの程度の金には見向きもせぬか……"
"流石は大賢者の弟子(後継者)だけの事はあるな……"
"ならば尚更……"
セルジュはそう心の中で呟く
大商人としての直感がマノンに大きな価値を見出した瞬間であった
一方、マノンの横に座っているルイーズの心は激しく動揺していた
"かっ! かっ! かっこいいっ!!"
ルイーズは平静を装ってはいるものの心の中で叫んでしまう
大金に全く動揺しなければ目もくれないマノンに今迄の男どもとは全く違う何かにルイーズの心は強烈に惹かれているのであった
ルイーズとはテーブルを挟んで反対側の真正面に座っているフェリシテはそんなルイーズの表情やしぐさを見逃すはずがない
"まぁ……あの子ったら……"
フェリシテは心の中で呟くとマノンの方に目をやる
"マノン君は……人物は間違いない……"
"それに……美少年だし……"
"これは、何としてでも……"
思惑を違えどもフェリシテは心の中はセルジュと全く同じであった
「礼金が要らぬなら……」
「せめて食事だけでも食べて行ってもらわんとな」
セルジュがそう言うと使用人が次々と豪勢な食事を運んでくる
それには思わず少し嬉しそうな表情をしてしまうマノンであった
時より会話を交えながら美味しそうに食事をするマノンの姿はルモニエ家の素っ気無い、いつもの食事の雰囲気をガラリと変えてしまった
"いつもとは何かが違っている……"
セルジュもフェリシテもルイーズも、傍に居た使用人ですらその事に気付いていた
それに気付いてないのは、マノンただ1人だけだったのであった……
当然、それを見守っていた爺も気付いており……
"あ~コレはまた……"
"ややこしい事になりそうじゃのう……"
美味しそうに食事するマノンを見ながら爺は諦めたように呟くのであった
マノンは食事を終えると美味しい食事をご馳走になった事にお礼を言う
セルジュがフェリシテに使った薬をルモニエ商会で作らせてもらえないかと願い出る
"当然、それなりの謝礼をする"
そう言うセルジュの言葉にマノンは一言……
「今日の食事で充分です」
「たくさん作れるようになったら……」
「誰にでも買えるような価格でお願いします」
私はそう言って深々と頭を下げると使用人に案内され部屋を出て行く
「参ったな……」
「これでは儲けられんな……」
そう呟いたセルジュの表情はじつに穏やかであった……
第159話 ~ 似て非なる者 ④ ~
終わり