第151話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➆ ~
第151話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➆ ~
序章
ガリア王宮の中にある宮廷医カミーユの執務室ではカミーユとシルビィお付きで世話役の女官の長であるサビーナ・シュザンの2人が何やら会議をしている
「僅かですが出血が見られます」
「状況はあまりよくありません」
サビーナが暗そうな表情で言う
「そうか……」
サビーナの言葉を聞いたカミーユが額に手を当てて考え込んでいる
「このままでは……お流れ(流産)になるやもしれぬ」
「そうならぬために手は打ってあるのだが……」
そう言うと俯いていたカミーユは頭を上げると窓の外を眺める
カミーユも八方手を尽くして"阿膠"を手に入れようとしたが、偽物や粗悪品ばかりで本物の阿膠が手に入らずにいるのである
"良質な阿膠が200gほど手に入れば……何とかなるのだが……"
"バロー……もはや、お前だけが頼りだ"
カミーユはそう呟くとサビーナの方を見る
「カミーユ様、何か手があるように事をおっしゃておりましたが」
カミーユはサビーナの期待の眼差しに少し困った表情になる
「……じつは、良い薬があるにはあるのだが……」
「主原料の"阿膠"という希少生薬が手に入らなくてな」
「信頼できる者に頼んで探してもらているのだが……」
カミーユがそう言うとサビーナは小さなため息を吐くのであった
その頃、シルビィの部屋では安静にしているシルビィをアネットが心配そうに見てい寝
「大丈夫ですか、シルビィ様……」
アネットは顔色の優れないシルビィに話しかける
「大丈夫よ……これぐらい……」
シルビィは笑って答えるが……
それは、心配させないためのシルビィは配慮だという事はアネットには容易に察しがついたのであった
"何やってんのよっ! "
"あのクソ野郎は"
"それらしいこと言ってたのに……"
アネットは心の中でマノンに怒りをぶつけているとシルビィが話しかけてくる
「アネット……この事はマノンには絶対に伝えないでください」
「余計な心配はかけたくありませんから」
シルビィの真剣な口調と眼差しにアネットの体が凍り付く
"えっ! そんな……"
"もう伝えちゃったよ……どうしよう……"
アネットは心の中でそう呟くとシルビィの方を見る
"シルビィ様……本気だ……"
"私がアレに伝えた事がバレたら……"
"シルビィ様に嫌われてしまうっ!!!"
アネットにとってシルビィに嫌われるという事は死刑に匹敵するほどの事なのである
"何とかして、シルビィ様だけには隠し通さないと……"
"アレの事だから阿膠が手に入ったら直接ここへ来そうな気がする"
"そうなったら……"
アネットはマノンの性格からして直接ここへ乗り込んでくるであろう事に大方の察しが付く
「どうしたのですか、アネット……」
シルビィが何やら一人でブツブツ言っているアネットに問いかける
「いっいいえ、何でもありません」
アネットはそう言うと愛想笑いをするが……その顔は恐怖に引き攣っているのであった
第151話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➆ ~
"エイペック"を担いで難無く険しい山道を下り集落のすぐ傍まで来る
私は担いでいた"エイペック"を一度地面に下すと再び性転換を始める
女の体のままだと何かと不都合があるからである
性転換が終わると疲れと空腹がマノンに襲い掛かってくる
"流石に短時間に性転換をすると辛いよ……"
私は肩に乗っかっているパックに話しかける
"その代わりにエイペックが手に入ったではないか"
"これでシルビィちゃんのお腹の子はどうにかなるやもしれん"
爺はそう言うと再び認識阻害の魔術を発動しパックの姿が消える
私は疲れと空腹で悲鳴を上げる体に鞭打って"エイペック"を担ぎ上げるとフラフラしながら歩きだす
何とか家の玄関まで来ると"エイペック"を足元に下しドアをノックすると力ない声でレナとマリレ-ヌを呼ぶ
「帰ったよ~」
家の中からレナとマリレ-ヌの声が聞こえてくる
玄関の扉が開くと2人が顔を出す
「何とか獲れたよ……」
私はそう言うと足元の"エイペック"を見る
「これが……"エイペック"なのですか」
マリレ-ヌが珍しそうに"エイペック"を見ている
「これ……死んでるの……」
マリレ-ヌとは対照的にレナは少し怖そうにしている
「はへぇ~」
「ああ……疲れた……それに、お腹もペコペコだよ」
「何か食べるものあるかな……」
私はそう言うと地面にへたり込む
「さっき、サラヤタさんから貰った食材でクッキーを作ったの」
空腹と疲れで死にそうな私を見てレナが言う
「クッキーっ!!!」
「食べるからっ!!!」
私は、あまりの空腹にクッキーと聞いただけで涎が出てくる
「わかったわ……」
レナは私の血走った眼を見て少し戸惑う
テーブルの上に置かれているクッキーをバリバリと食べる私をレナとマリレ-ヌが呆然と見ている
「ぶへっ」
あまりに急ぎ過ぎて食べたので喉にクッキー詰まらせてしまう
「水、水っ! 」
マリレ-ヌが慌てて私にコップの水を差しだす
私はマリレ-ヌの手からコップを慌てて取ると一気に飲み干すのであった
「ああ~生き返った~」
木の器に一杯分のクッキーを全て食べ尽くして私の空腹は満たされたのであった
「どうしたのですか」
マリレ-ヌが心配そうに私に問いかける
どう説明しようか悩んでいると爺の声が聞こえてくる
"嘘も方便じゃ……"
"エイペックを捕まえるのに苦労したとでも言うとよい"
私は爺の言う通りにレナとマリレ-ヌに話すと2人は納得するのであった
「本当に捕まえたのかっ!」
玄関からラナハヤの声が聞こえてくる
3人で玄関先に行くとラナハヤが"エイペック"を見て驚いている
「アンタ1人でこいつを捕まえたのかい……」
「一体どうやって……」
ラナハヤは私が1人で"エイペック"を捕まえたのが信じられないようである
「早く解体しないと、せっかくの"エイペック"がダメになってしまう」
「儂とサラヤタも手伝うから、これから始めよう」
ラナハヤはそう言うと急いで自宅へと戻っていた
ラナハヤとサラヤタの指導で"エイペック"の解体を始める
「何十年ぶりですかねぇ」
サラヤタが少し笑って言う、昔取った杵柄か手際よく"エイペック"を解体していく
殆どラナハヤとサラヤタ2人だけで、ものの30分ほどで"エイペック"を綺麗に解体してしまった
その手際の良さには爺も感心するほどである
当然、私たち3人の出る幕は全くないのであった……
「ありがとうございます……」
3人でお礼を言う……そして、3人でお互いの顔を見て頷く
「"エイペック"で一番価値のある所はどこですか」
私の問いにラナハヤとサラヤタは解体した"エイペック"を見る
「やっぱり……角じゃないかな」
ラナハヤがそう言うと私は"エイペック"の角を手に取る
「お礼に、ラナハヤさんとサラヤタさんにお譲りします」
私がそう言うとレナとマリレ-ヌもにっこりと笑って頷く
「待て待て、こんな高価な代物、受け取れないよ」
慌ててラナハヤが言うとサラヤタも困った顔をしている
「いいんです、私達が欲しいのは皮の部分"阿膠"だけなんです」
「他の部分はあまり必要ないのです」
マリレ-ヌが冷静に言うとラナハヤとサラヤタが顔を見合わせる
「アンタら本当に欲がないねぇ~」
少し呆れたかのようにラナハヤがが言うとサラヤタが笑う
「だったら、処理に手間のかかる内臓は儂らが預かる」
「角や骨はそのままで持ち帰ればいいさな」
「これでいいかい」
そう言うとラナハヤとサラヤタがにっこりと笑った
「それはそうとして……アンタ、随分と疲れた顔しているじゃないか」
私の顔を見てラナハヤが言うと"エイペック"の血の入った壺をからコップ一杯分の血を掬う
「これを飲みな……精が付くよ」
「この村じゃ、昔からこれ一杯で"一晩ヤれる"って言われているんだよ」
そう言うとラナハヤがスケベそうにニヤリと笑う、その横でサラヤタが目を細めている
("エイペック"の生き血はスッポンの生き血の何倍もの効果がある)
その瞬間、マリレ-ヌが背後から私を羽交い絞めにするとレナが素早くラナハヤの手からコップをかすめ取り私の口に"エイペック"の血を流し込む
「ごふっ! ふぐっ! ふがっ!」
私は無理やり流し込まれる"エイペック"の血に咽せ返るがレナは容赦なく私の口に流し込み続ける
「……」
そんな状況をラナハヤとサラヤタが口を開けたままポカンと見ている
「ぶっ!ぐははははははっ!!!」
ラナハヤが突然噴き出すように笑うとサラヤタも恥ずかしそうに笑っている
「アンタも大変だねぇ」
口の周りに"エイペック"の血が付いた私を見てラナハヤが言う
「ラナハヤさんもいかがですか」
私はそう言うとコップに"エイペック"の血を掬いラナハヤさんに迫る
「儂はっ! もういいよっ! 」
「それに、腰を痛めておるしの……」
少し焦ってそう言うラナハヤの横でサラヤタはクスクスと笑っている
「まぁ、なんだ、これから"阿膠"仕込まにゃならんし」
ラナハヤは、何とかこの場を乗り切ろうと必死になっているのが分かる
「これからすぐに用意しないとなっ!」
「それと、生き血は少し塩を混ぜてやれば長持ちするさなっ」
ラナハヤは"エイペック"の皮を手にすると急いでどこかに行ってしまうのであった
そのあとで私達は大笑いするのであった
"エイペック"の皮が阿膠になるまでは一晩中、コトコトと煮込まなければならないそうである
その間にラナハヤとサラヤタは"エイペック"の内臓の処理行う……
内臓の各部位も処理に時間がかかるが高額な生薬になるのである
夜になり、レナとマリレ-ヌが用意してくれた食事を食べる
その後、私は体を拭き終え居間の椅子に座ってのんびりとしている
今は、レナとマリレ-ヌは寝室で体を拭いている
"何とか手に入ったな……"
"シルビィ……これで何とかなるのかなぁ……"
などと私が物思いに耽っているその隣の寝室でレナとマリレ-ヌの2人が怪しい密談をしているなどとは思いもよらないマノンであった
第151話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➆ ~
終わり