第148話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ④ ~
第148話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ④ ~
序章
ここは、マノンの故郷ポルトーレ地方にあるトルス騎士団駐屯地の女子寮の廊下……レボラとコンティーヌが何か話をしている
「セシルの具合はどう」
心配そうにレボラがコンティーヌに問いかける
ここ数日、セシルの具合が良くないのである
そうするとコンティーヌはあたりを気にするかのように見廻して誰もいない事を確認する
「レボラ……ここだけ話よ」
「セシル、妊娠しているのかもしれないわ」
コンティーヌの言葉にレボラの表情が変わる
「妊娠……って相手は誰なの」
「そんな気配は全くなかったわよ」
セシルの相手に全く心当たりの無いレボラは少し慌ててしまう
「時期的に多分、王都に行った頃だと思うわ」
「きっと相手はセシルがよく言ってたマノン・ルロワよ」
コンティーヌの言葉にレボラは少し複雑な表情をする
「セシルがずっと想い続けていた人だから……」
「祝福してあげましょう」
そう言ってコンティーヌが微笑むとレボラも微笑むのであった
「そうそう、そう言うコンティーヌはエルネスト団長とは上手く行ってるの」
レボラの突然の問いかけにコンティーヌは焦りを隠せない
「えっ! 何の事よ……」
コンティーヌは平静さを装い誤魔化そうとするがレボラには通用しなかった
「知ってたの……」
ニヤけているレボラの表情を見てコンティーヌは観念したかのように小さなため息を吐く
「まぁね……」
レボラの意味ありげな一言に、少し頬を赤くするコンティーヌを見てレボラは自分だけが取り残されていく虚しさと焦りを感じるのであった
その数日後、セシルは正式に妊娠している事をエルネストに報告する
「元気な子を産むのだぞっ!」
そう言うとエルネストは正式な休暇の許可証を出すのであった
この休暇許可証があれば出産が済むまで現在の地位が保証され出産の後に復職できるのである
その数日後、騎士団の皆に挨拶を済ませ故郷に帰ったセシルは父のジルベールにマノンの子を身籠ったこと伝える
それを聞いたジルベールの喜びようは半端なものではなかった
ジルベールはその次の日には、一人でマノンの実家へと足を運び……その事をマノンの父アルフレッドに伝えるのであった
元々、アルフレッドはセシルの事が気に入っていた、それにアルフレッドにとっても初孫であり嬉しくないはずがない訳で……
その日は徹夜の宴会となるのであった
この日ばかりは母のセリアも妹のイネスも二人の騒ぎっぷりにも何も言う事は無かった
そんな二人を見ながらイネスはレナの事が気になっていた
"お兄ちゃんとレナ姉さん……まだなのかしら……"
イネスにとってはレナの子供の方が待ち遠しいのであった
その頃、実家に残ったセシルは自らの妊娠をマノンに伝える手紙を書いていた
この手紙がマノンの元に届くのはこの日から二週間後の事である
第148話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ④ ~
"どうしてこんな事に……"
広場の塔の天辺で荷物を抱えたレナとマリレ-ヌを前にして考える
"今更、何を考えても時間の無駄じゃ"
呆れたような爺の声が聞こえる、爺は姿を消したまま私の肩に乗っている
「あの~マノン君……こんな所で何をするんですか」
大きなカバンを抱えたマリレ-ヌが変な顔をして私に問いかけてくる
「説明は後で……とりあえず私にしかっりと掴まってね」
私がそう言うとマリレ-ヌは言われた通りに私の腕にギュッと掴まる
それを見ていたレナももう片方の腕にギュッと掴まる
二人とも睨み合うと更に私の腕を掴む力が強くなる
「そっ、それじゃ……行くね」
そう言うと私は転移ゲ-トを作動させる……眩い光に包まれると魔法工房へと転移する
「ここは何処なんでしょうか……」
「それに、あの建物はいったい……」
何が起きたのか全く分からないマリレ-ヌは辺りを見回しながら不安そうに言う
「ここが、大賢者の魔法工房だよ……」
私は目の前の宮殿のような魔法工房の建物を指さして言う
「魔法工房……」
マリレ-ヌは小さな声で呟くと呆然と魔法工房を見ていた
三人並んで魔法工房へと入って行く、マリレ-ヌは不安なのか私の腕を掴んだまま放そうとしない
独りでに開く大扉、床を滑るように動く絨毯……マリレ-ヌにとっては理解できない事ばかりである
「あっあの……マノン君……これはいったい」
冷静で感情を表に出さないマリレ-ヌも動揺しているのが分かる
「全て魔術だよ」
私がそう言うとマリレ-ヌは信じられないという顔で私を見る
図書室に到着すると物凄い本の数に圧倒されている
「これ……何冊ぐらいあるんですか」
そう言うと荷物を床に置き本棚の方へとフラフと歩いて行く
一冊の本を手にするとペラペラとページを捲る
「これ、原書ですね」
パタンと本を閉じると元の場所へと戻す、周りの膨大な量の本を見回すと大きなため息を吐く
「あの~マノン君……」
「その……後で本を見せてもらってもいいですか」
マリレ-ヌの言葉は、その口調からいつもより感情が込められているのが分かる
「いいよ、好きなだけどうぞ」
私が微笑んでそう言うとマリレ-ヌの表情が明るくなる
あまり表情を顔に出さないマリレ-ヌの表情が変わるぐらいなのだ
よほど本が好きなのだなと思うマノンであった
この本好きが興じて後にレナ、ルシィ、マリレ-ヌ、エルナの4人を趣味友(オタ友)として結びつけることとなるのである
しかし、この時はこの4人が趣味友として仲良くなるなどとは夢にも思いはしないマノンであった
転移ゲートからオージャオ村へと転移する。
転移した先は切り立った岩場にある廃墟であった。
崩れかけた石壁がかつてここに建物があったことを偲ばせている。
「ここがオージャオ村なの……何も無いのね」
辺りを見廻してレナが呟く
同じようにマリレーヌも辺りを見廻している
ヘベレスト山脈、標高2000メートルの山中にあるオージャオ村は夏でも肌寒い
"ヒュー"っと冷たい風が荒涼とした岩だらけの渓谷を駆け抜ける音がする
「あれからもう300年程経っているからのう」
爺いの懐かしそうに呟くこえが聞こえてくる
「もう、誰も住んでいないのかなぁ」
私が爺いに尋ねる
「……確か……」
「ここから少し離れた所にも集落が有ったはずじゃ」
「オージャオ村の民は少数民族での独自の文化を持っておる」
「行ってみるのもよかろう……誰か住んでいるやもしれん」
爺の話だと、この近くに別の集落があるようなので行ってみることにする
「近くに別の集落があるみたいなんだけど」
私が二人に問いかける
「こんな所でボーっとしててもしかたがないですから行きましょう」
マリレーヌがそう言うとレナも頷いてる
私たちは爺いの案内で僅かに下草が生えた、かつての道の跡を辿りながら歩いて行く
何故か爺は、ずっと姿を消したままでいる……
暫く歩くと石で出来た灰色の屋根の建物が5〜6軒がみえてくる
近づいて行くとそのうちの何軒かは屋根が崩れているのがわかる
"ここにも人は住んでいないのかな……"などと思いながら歩いてく
家の前まで来ると家は荒れ果て明らかに人が住んでいる気配はなかった
「困ったな……」
私が呟くと爺いが話しかけてくる、爺いの話によれば……
切り立った岩場で開けた土地が無いオージャオ村は一つのまとまった集落ではなく
数軒の家が疎に集まってできているとの事で、他にもこんな感じの集落がいくつかあるとの事だった。
そうしていると不意にレナが声を上げる
「あそこから煙が上がってるわっ!」
私もマリレーヌもレナが指差している方をみると確かに煙が上がっているのがわかる
「行ってみよか」
レナがそう言うと私達は煙が上がっている方へと歩き出すのであった
さっきと同じような道を歩いて行くと3軒の家が見えてくる
そのうちの一軒から煙が上がっているのがわかる
「どうやら、ここには人が住んでいるみたいだね」
私は人が住んでいる事に一安心して言う
煙が上がっている家の前まで来るとドアをノックする
暫くするとドアが開き中から30代前半ぐらいの女性が顔を出す
痩せ型で身長は165センチ程、長い金髪をまとめている
わたしたちを見て女性が驚いているのがわかる
「あの……何かご用でしょうか」
突然の訪問者に女性は少し驚いた様子でそう言うと私達3人の様子を窺っている
「突然ですいません、この辺りに阿膠を取り扱っている所はありませんか」
驚いている女性にマリレーヌが尋ねる
「阿膠……ですか……」
「この辺りでは、もう長く阿膠は作られていません」
「原料のエイペックの数が減ってしまって獲れないんですよ」
女性はそう言うと申し訳なさそうな顔をする
そうしていると手提げ籠を手にした男性が何処からか現れる
短い黒髪で身長は175センチほどやや太り気味で年齢は30代半ばに見える
「この人達は」
私達を見て少し驚いたように男性が女性に尋ねる
「阿膠を探しに来たみたいなのよ」
「だから、今はもう無いって言ったの」
女性がそう言うと男性が私達の方を見る
「何処からか来たんだい」
男性はそう言うと手にしていた手提げ籠を女性に手渡す
「王都ガリアンからです」
私が答えると男性は"えっ!"とした表情で驚く
「王都からだって、3週間はかかるぞっ!」
「それに、麓のからの山道は険しいし……」
「こんな若い女の子にはさぞや大変だっただろうに」
男性はそう言うとレナとマリレーヌをみる
「ここまで来るのは大変だっただろう……」
「だが……気の毒だが阿膠はもう無いよ……すまないな」
男性も申し訳なさそうに言う
「この辺りに阿膠が手に入りそうな所はありませんか」
マリレーヌが男性に尋ねる
「残念だが、オージャオ村にはもう……」
「儂と相方のこのサラヤタの2人しか住んでいないんだよ」
男性がそう言うとサラヤタも小さく頷く
「そうなんですか」
私が困ったように言う
「遠い所から来たんだし……こんな所で立ち話も何だ」
「むさ苦しい所だが入って茶の一杯でもどうかね」
男性がそう言うとサラヤタが私達に入るように手招きをする
私はレナのマリレーヌの方に目をやると2人は小さく頷く
「ありがとうございます、お邪魔させていただきます」
「私は、マノン・ルロワと申します」
私が自己紹介するとレナもマリレーヌも同じように自己紹介をする
「わしはナラハヤ・ロヤフだ」
「そっちは連れのラサヤタだよろしくな」
サラヤタの案内で家の中へと入って行く
大きな石の暖炉に大鍋がかけられており典型的な農家の居間である
田舎育ちの私とレナには懐かしい造りだが都会育ちのマリレーヌは珍しそうにしている
レナが少し変な顔をしているのに気付いたサラヤタが少し笑ったように話し出す
「変な匂いがするでしょう……これのせいよ」
そう言うとサラヤタは土鍋の蓋を開けるとモウモウと湯気が立ち上る……
そして、薬草を煎じた時に出るの独特の匂いが立ち込める
「十薬よ……匂うでょう……」
「でも、凄く体にいいのよ」
サラヤタが土鍋の中を確認しながら言うとマリレ-ヌも土鍋の中を覗き込む
「ドクダミですね……万能とも言える薬草です」
「王都でも人気のある薬草です」
マリレ-ヌはそう言うとドクダミの効能を説明する
「お嬢さん……随分と詳しいわね」
サラヤタはマリレ-ヌの知識に少し驚いている
「王都で薬屋をしているのです」
「王立アカデミ-でも薬学を専攻していましたから」
マリレ-ヌがそう言うとサラヤタとラナハヤは納得したかのように頷く
「ああ……それで、阿膠を探しにここまで……」
そう言うとサラヤタは土鍋に蓋をするとラナハヤが話し始める
ラナハヤの話だと、エイペックが獲れなくなり収入源が無くなったために村人が次々と村を出て行き、残った人も一人また一人と亡くなり、とうとうラナハヤのサラヤタの2人になってしまったそうである
ラナハヤの話だとエイペック1頭で1家族5人が半年間、食うに困らなかったという事だ
そして、最後にラナハヤは良い事を教えてくれた
村人が居なくなり"エイペック"を獲らなくなったので、徐々に"エイペック"の数が増えてきているという事だった
つい最近も、"エイペック"の姿を見たという
自分達、2人だけでは"エイペック"を捕まえるのは難しいし、今の生活で満足している、歳も歳なので無理して捕まえる気もないそうである
「そんなにお年寄りには見えませんよ」
マリレ-ヌがラナハヤとサラヤタの二人を見て言う
「そんな事はありませんよ……」
「私は今年で73歳、こいつは75歳になるんですよよ」
ラナハヤの言葉に3人揃って驚く
「……本当ですか……」
「どう見ても、30代前半ですよ……」
サラヤタを見てマリレ-ヌが言う……私とレナも大きく頷く
そうしていると爺の声が聞こえてくる
"この村の人は長生きする……"
"この土地の食べ物は美味くはないが健康には良い"
"300年前には長寿村と呼ばれていたぐらいじゃよ"
"さっきのドクダミもそうじゃが、3度の飯が薬膳料理なんじゃよ"
爺の説明に納得する私であった
「あのっ! どうしたらそんなに若くいられるのでしょうかっ!」
レナが物凄い気合の入った声でサラヤタに問いかける
「あっ、その……」
レナのあまりの気合に押されてサラヤタは口籠ってしまう
「食べ物のせいでしょうね……」
マリレ-ヌが冷静に言うとサラヤタが頷く
「ここに来るまでの道端に生えている草の殆どが薬草ですよ……」
「私達、薬屋にとっては宝の山、ハッキリ言って驚きですよ」
マリレ-ヌがそう言うとラナハヤとサラヤタが顔を見合わせる
「私達には薬草とかそう言った知識はないが……」
「この村の人は昔から長生きするのはそのせいなんでしょうね」
サラヤタがそう言って笑うとハーブティーを煎れてくれる
「どうぞ……多分、吃驚するわよ……」
サラヤタの言っている事がよく分からないままに私達3人がハーブティーを口にした瞬間……
「うっ!」
3人揃って吐きそうな声を上げる
「不味いでしょう」
そう言ってサラヤタが微笑むとラナハヤが笑って吹き出しそうになる
「この村の伝統的な食べ物や飲み物は外の人には絶対に無理なのよ」
サラヤタがそう言うと私は無語で申し訳なさそうにコップをテーブルの上に置くが……
なんと、レナとマリレ-ヌは全てを飲み干してしまうのであった
「2人とも……大丈夫……」
私は、2人の青ざめた顔色を見て心配そうに尋ねる
「だっ大丈夫よっ!」
レナとマリレ-ヌはそう言うと青息吐息で空になったコップをテーブルの上に置く
"若さを保てるなら……これぐらい……"
2人とも同じセリフを心の中で呟くのであった
サラヤタが煎れてくれたハーブティーは、ほんの一口、口にしただけで渋みと苦みが今も残っていて舌の感覚が変になるほどの強烈なものであった
それを飲み干してしまうのだから……女性という生き物は住む世界や星が違っても行動原理は同じなのである
そんな2人を見ていると爺の声が聞こえてくる
"儂も初めてこの地の飯を口にした時は逝きかけたからのう"
"恐ろしいほどに不味いが、恐ろしいほどに体には良いのじゃ"
"オージャオ村の民は旧大陸の少数民族の末裔での……独自の食文化を持っておる"
"食事と言うよりは……良く効く薬に近いかのう"
爺はそう言うと笑いながらレナとマリレ-ヌを何処からか見ているようだった
後にマノンは魔法工房の歴史資料でオージャオ村の人々が旧大陸で民族迫害に遭いこの地へ逃げ延びた来たという言う悲しい史実を知ることになる
2人ともあまり聞きなれない名前なのはそのためなのだなと納得するマノンであった
私達にラナハヤは親切に"エイペック"の事を詳しく教えてくれた
現れそうな場所や習性、それに、阿膠やその他の薬の作り方までも教えてくれるのであった
マリレ-ヌはラナハヤの一言一句を漏らさずメモをしているのであった
"そんな事しなくても、魔法工房の図書室に製造法を記した本があるよ"
と言いたかったのだが……
真剣にメモをするマリレ-ヌを見ていると言う事が出来ず心の中で呟くのであった……
「アンタ達、泊まる所はあるのかい」
心配そうにサラヤタが聞いてくる
転移ゲ-トを使えば日帰りできるので宿泊の事など全く考えていなかったのだ
「隣に空き家があるから泊まっていくといいわよ」
サラヤタが窓の外の家を見ながら私達に言う
「私達は今日中に返る予定なんですが……」
私がそう言うとラナハヤもサラヤタも吃驚する
「いくら何でも、今からじゃ麓の町には辿り着けないよ」
「遠慮しないで泊まっておいき……」
「お隣にはつい最近まで人が住んでいたから一晩泊まるぐらいなら問題ないわよ」
そう言うサラヤタの心配そうな表情に私とレナ、マリレ-ヌはお互いに顔を見合わせる
暫くして、レナとマリレ-ヌがお互いに頷き合うと私の方を見る
2人の目は"泊って行こう"と私に言っているのであった
「お世話になります……」
私がそう言うとサラヤタの表情が安心したかのようになる
本当に優しい人なんだと直感するマノンであった
かくして、私とレナとマリレ-ヌの3人は一つ屋根の下、このオージャオ村で夜を過ごすことになるのであった
第148話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ④ ~
終わり