第146話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➁ ~
第146話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➁ ~
序章
バロー導師が導師総代のジェルマンと総代室で何か話をしている
「……という訳で、どうしても希少生薬の"阿膠"が必要なのです」
バロー導師の深刻そうな表情と物言いにジェルマンは考え込む
「その"阿膠"とやらは何に使うのかね」
バローの提出した申請書を見て薬学は専門外のジェルマンが問いかける
「それは……」
ジェルマンの目には、バローは少し困ったような顔をしては話すべきかどうかを悩んでいる様子がわかる
何故なら、カミーユからの依頼書に内密にするようにと記載されていたからである
「都合が悪ければ話す必要はない」
「王宮からの直接の依頼なのだから当然の事だ」
「君の申請は全面的に許可しよう」
ジェルマンがそう言うとバローは安堵するかのように大きく息を吐いた
そして……重い口を開く
「希少生薬の"阿膠"は主に婦人病などの治療に使われるものです」
「そしてもう一つの治療にも効果があります」
「流産の治療です……」
バローの最後の言葉にジェルマンの顔色が見る見るうちに悪くなる
「それはつまり……その……シルビィ王女の事に関係するのかな」
少し間を置いてジェルマンが深刻そうな表情でバローに問う
「……はい、間違いなく……」
バローが小さな声で言うとジェルマンは目を細めバローの申請書にサインをする
「これでなんとかなるだろう」
そう言ってジェルマンはバローに申請許可書を手渡すと、それ以上は何も言わなかった
「ありがとうございます」
「最後に……この事は他言無用でお願いします」
バローの言葉にジェルマンがゆっくりと頷く、バローは礼を言うと部屋を急ぎ出て行くのであった
バローを見送った後でジェルマンは椅子に座ると大きなため息を吐く
「上手くいっても二か月近くかかるな……」
「果たしてそれまで……」
ジェルマンは不安そうに呟くのであった
その二日後、バローは旅費を含め3万ガリア・フラン(240万円)という大金を携えて王都を旅立つ事になる
ジェルマンに申請したのはこの金を王立アカデミ-の予算で捻出するためであった
当然、帰還後は全額返済のされることが前提である
その目的地はガリア王国の北東部ヘベレスト山脈の険しい山岳中にあるオージャオ村……
希少動物の"エイペック"の大陸唯一の生息地、そして"阿膠"の生産地でもある
王都ガリアンからは三週間以上かかる距離にある最果ての山村である
日本で言うなら熊野古道の果無集落のような村である
その数日後には、同じ目的でマノン達も同じ場所に出向くこととなる……
第146話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➁ ~
「それは……真か……」
宮廷医のカミーユからシルビィに流産の可能性がある事を知らされた国王のレオナールが力なく呟く
「出来る限りの手は尽くしております」
「現在、信用できる者に特効性のある希少生薬の入手を依頼しております」
「このカミーユ、何としてでもシルビィ様が無事にご出産されるよう……」
「全力を尽くす所存にございます」
カミーユがそう言うとレオナールは目を瞑り天井を見上げる
国王のレオナールはシルビィの出産で正室のセレスティーヌを失った時の事を思いた出していた
"今度は……孫か……"
"こういう事は……繰り返すものなのかのう……"
無慈悲で残酷な現実にレオナールは心の中でそう呟くのであった
ちょうどその頃、同じようにシルビィの事を心から案ずる者がいた
そう、アネットである
シルビィの身の回りの世話をしていたアネットは最近、シルビィの体調が優れない事に感付いており心配していたのだった
そして、体調が優れなくとも気丈に振る舞うシルビィのその姿に心を痛めているのである
そんな中、定期検診に来ていたカミーユが不意に漏らしてしまった言葉を耳にしてしまう
"これは……流産……兆候……"
カミーユが途切れ途切れに呟いてしまった言葉をアネットは聞き逃さなかったのだ
"シルビィ様のお子様が……流産……"
"そんなっ! あんなに心待ちにしておられるお子様なのに"
アネットに心が引き裂かれるような感情が襲ってくる
"何とかしなくては……"
"アレの世話になるのは凄く嫌だけど……"
"仕方がないか……"
アネットはアレ(マノン)にこの事を伝える決意をするのであった
その頃、アネットの決意など全く知らないマノンは魔法工房でレナと共に平穏な日々を送っているのであった
そんなある日、マノンは一人で魔法工房へ向かうべくいつものように広場の塔の階段を登っている
今日、レナはエレ-ヌやルメラ達の買い物に付き合っている
ルメラ達に不穏な動きがない事やシルビィの懐妊による恩赦もありガリヤ王国によるルメラ達の監視と行動制限は大幅に緩和されている
塔の頂上に近付いてくると誰かがいる気配がする
"この気配……嫌な予感がする"
"今日は、魔法工房へ行くのは止めて自室で過ごそう"
マノンがそう思って階段を降りようとする
「ちょっとっ!どこ行くんですかっ!」
明らかに聞き覚えのある声が私を引き止める
"ぁぁ~やっぱり……"
嫌な予感が的中した私は心の中で嫌そうに呟く
私は恐る恐る後ろを振り向くとアネットが仁王立ちしている
「あの~何かご用でも……」
私はアネットの放つ殺気だったオーラに怯えるようにお伺いを立てる
「だ・い・じ・な・お話があります」
「ここでは何ですから」
そう言うと私の手をギュッと掴むと速足で階段を降りていく、私はそんなアレットに引きずられるようにして階段を降りていくのであった
"行ってしもうたわ……"
パックの野生の勘で危機いち早く察知し姿を消していた爺は塔に取り残されてしまうのであった
"いかんっ" 早く追いかけねば……"
爺がそう呟くとパックは急ぎ飛び立つのであった
以前と同じようにアネットの実家に嫌々引きずり込まれたマノンは予想だにしない事を聞かされる事になる
「……流産……」
そう呟くと私の頭の中は真っ白になり何も考えられなくなる
「流石に能天気な彼方でもショックだったようですね」
私の様子を見たアネットは何故か安心しているようであった
「お願いです……シルビィ様を……」
「お腹の赤ちゃんをお救い下さい……」
アネットは涙ながらにそう言うと私の前に平伏す……床に涙の落ちた染みが次々に出来ていく
呆然としている私の頭に爺の力強い声が響いてくる
"何をしておるのじゃっ!"
"この娘の健気な気持ちに応えてやらんかっ!!"
爺の声も泣いているかように聞こえる
「大丈夫……何とかするよ……」
私は床に平伏しているアネットを引き起こすように立ち上がらせる
「本当ですか……」
アネットは小さな声で呟くように言う
「絶対に……大賢者の名誉と誇りに掛けて誓うよ」
私はアネットの涙に心を打たれ決意したかのように力強く言う
私は急いで部屋を飛び出すと部屋の前に控えていた執事の老紳士に挨拶することも無く魔法工房へ向かうのであった
その頃、爺はまたもやアネットの実家に取り残されていたのであった
そして、マノンが部屋を出て行った後のアネットの態度を見て呆気に取られているのであった
「ホント、チョロいわね……」
「あんなのが大賢者だなんて笑っちゃうわよ」
「いったい、シルビィ様はあんなののどこがいいのかしら」
演技・噓泣き常套……女の恐ろしさをまざまざと見せつけられた爺であった
"女とは実に恐ろしき者よのう……"
"しかし、この事はあ奴には知らせぬ方がよいの……"
爺はそう心の中で呟き決意するとこっそりと部屋を出て行くのであった
こうして、アネットはマノンに一芝居打ち、上手くマノンを欺く事に成功するのだが……
それが仇となり酷い目に会う事になるのである
魔法工房に到着すると魔法図書室へと入る、魔法図書室にある治療魔術を手当たり次第に読み漁るのであった
"無いなぁ……"
どの魔法の書にも流産に関する魔術治療の記述はなかった
何故なら、流産は病気では無いからである……
赤ちゃん側の問題で起こる妊娠初期の流産は医学的な処置で防止することはできないのである。
(これは、現代医学においても事実であり本当の事である)
私はどうするか悩みながら魔法図書室を出ると椅子に腰かけ大きなため息を吐く
"はぁ~どうしよう……"
"でも、何とかしないとな……"
"アネットに約束しちゃったし"
アネットの演技と嘘泣きに完全に騙されたマノンはその責任感に困り果て頭を抱えていると爺の声が聞こえてくる
"随分と困っているようじゃな……"
"そんな医療魔術があれば、歴代の大賢者が既に使っておる"
"治療は不可能じゃが、遅らせることは出来るやもしれんぞ"
爺の言葉に私の心に希望の光が差し込むのがわかる
「何か手段があるの」
私が期待を持って爺に問いかける
「まぁ……な……」
爺の口調は少し自信無さげなように聞こえる
「"阿膠"という生薬がある、それに効能がある」
「実際に歴代賢者も"阿膠"を使いそれなりの効果を確認している」
「残念ながら出産までには至らなかったがな」
「シルビィちゃんは既に妊娠6ケ月になる」
「"阿膠"を上手く用いれば2~3ヶ月は持ち堪えるはずじゃ」
そう言うと爺は"阿膠"の事を詳しく話し始める
爺に"阿膠"の事を聞いた私は細い希望の糸を掴んだような気がするのであった
"阿膠"の生産地のオージャオ村には既に歴代大賢者が転移ゲ-トを設置しているのですぐにでも転移できるとの事であった
ただ、"阿膠"の材料となる"エイペック"は希少生物であり爺が健在だった300年前ですら簡単に手に入る代物ではなかったのだ
"何としてでも"阿膠"を入手する"
私は強く心に誓うのであった
そして、そのための準備を始めるのであった
第146話 ~ マノンにとっては平穏な日々 ➁ ~
終わり