第140話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➈ ~
第140話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➈ ~
長い序章
ダキア王宮に到着したアメリーを王の側近であるデュドネ・アルブーが直々に出迎える
"コレは……何かあるわね……"
出迎えてくれたデュドネ・アルブーの表情を見てアメリーはただならぬ何かを直感するのであった
アメリーがデュドネに引き連れられて向かったのは王の間であった
王の間に入ると父の国王バルバートが青ざめた表情で玉座に座っていた
「おおっ!戻ったかアメリーよ」
「じつはお前に頼みたいことがあるのじゃ」
「コレットに"大賢者の呪い"が掛けられているかを見てくれぬか」
バルバートはそう言うと玉座から立ち上がりアメリーの傍に近付く
「アレの様子があまりにも変での」
「周りの者達も騒いでおる……このままでは儂も気持ちが悪い」
「すまぬがお前の力を借りたいのじゃ」
バルバートの切実な願いにアメリーは少し驚きながらも了承するのであった
因みに、バルバート・エラルド7世の名は日本の歌舞伎のような世襲名である
バルバート・エラルド7世の国王即位前の名はベルトラン・コルネイユである
幾つかある世襲名を即位時に占星術で占い最良の名を決めるのがダキア王国の慣わしである
この世界には、極少数ではあるがアネットのような弱いながらも魔力を持つ者がいる
そう強くはないが、占術や呪術でその能力を発揮し多くの人々から信頼を得ているのであった
アメリーもその一人でダキア王国では巫女として占術にその能力を発揮しているのであった
……そう、アメリーはれっきとしたダキア王国の巫女なのである
アメリーはコレットの部屋へと向かう途中でコレット付きの女騎士の一人に会う
彼女の名前はイサベル・ソレール……
スラリとした長身に黒髪のショートヘア、ボーイッシュな容姿は、どことなく昔のマノンを思い起こさせる
アメリーとは仲が良い年上のお姉さまである
そして、埠頭でマノンに尻を叩かれて地面に這いつくばり、のたうち回っていた女騎士の一人でもある
それとなく、コレットの様子を聞いてみる
「……何と申しますか……」
「アメリー様もお会いになればお分かりになります」
イサベルは何か悍ましいモノでも見たような感じの口調で言う
「……そうですか」
アメリーはイサベルの表情を見ていると嫌な予感がしてくる
"行くの止めた方がいいかもしれない……"
しかし、父(王)の頼みなので仕方なくコレットの部屋へと歩き始めるのであった
コレットの部屋に着くと軽く扉をノックすると中からコレットの声が聞こえてくる
「どうぞ、開いていますわ」
いつもとはまるで違うコレットの言葉遣いに背筋に悪寒が走る
"やはり、帰った方がいいのでは……"
アメリーは巫女としての血が警告しているのを感じる
ドアを開けようとするアメリーの手が震えている
"ガチャ"
アメリーはドアを開けてしまう
「あら……アメリーどうしたのかしら」
部屋の中にいるコレットの変わり果てた姿にアメリーは体が凍り付く
いつも着ているド派手な飾りの付いた豪華な服ではなく、飾り気のない純白のドレスを着ている
元々、美人でスタイルもよく爆乳であるために、恐ろしいほどに似合ってるのだが、以前とのギャプがあまりにも大き過ぎ気味が悪い
「うっ!」
アメリーは背筋に走る悪寒と思わず吐き気を催す
「おっお姉さま……一体全体どうしたのですか」
アメリーは遠回しな事を言わずに単刀直入にコレットに問う
「……私は……己の愚かさに気が付いたのです」
「今までの行いが、あまりにも粗野で乱暴でありましたで周りの皆が奇異の目で私を見ているのは承知しております」
「アメリー……貴方は父上に頼まれて私に"大賢者の呪い"かけらけているかを調べに来たのでしょう」
「信心深い父上らしいですね」
そう言うとコレットはアメリーの方を見て微笑む
"これが、あのコレットお姉さま……"
"完全に別人じゃない……"
しかしよく見るとコレットの表情にも、その目にも違和感が全く無い事にアメリーは気付く
"いつも垂れ流し状態だった邪な気が完全に消えている"
巫女であるアメリーは人との邪な気を感じる事が出来るのである
"それに、呪術の類も感じられない……"
"本当に改心してるっ!"
"だったら、あの悪い癖も治っているのでは……"
アメリーは恐る恐るコレットに問いかける
「あの~お姉さま……その……」
アメリーは少し躊躇ってしまうがコレットの優しそうな表情に勇気を出してとといかける
「その……女色の方もお改めになられたのでしょうか」
アメリーは震える声でコレットに問いかけるとコレットはにっこりと笑う
コレットは女色で気に入った女性がいると手当たり次第に手を出すという女癖の悪さも完治したのかと思いきや……
「それとこれとは別ですよ」
「それに私がこのようになったのも全てあの御方のため……」
そう言うとコレットは頬を赤くする
"おっお姉さまがっ!お姉さまがっ!"
"恋する乙女になってるっ!"
頬を赤らめて恥ずかしそうにするコレットを見たアメリーの全身に鳥肌の立つのがわかる
半ば放心状態のアメリーにコレットが話しかける
「私は幼き頃より強く在りたいと思っておりました」
「父上に男子がおらぬ以上、そう在らねばならないと幼心に言い聞かせていたのです」
「それ故に、粗野で乱暴な事ばかりを繰り返してしまったのだと、あの御方に気付かされました」
「私はあの御方が本当に愛おしいのです」
「私の心と体を満たしてくれるのはあの御方、以外には考えられません」
そう言うとコレットは小さなため息を吐く
「ですが……あの御方が誰なのか……何処にいるのかも分からない」
「その名前すらわからないのです……」
「巷では"大賢者様"だと噂されていますが、あの方は紛れもなく女性……」
そう言うとコレットは悲しそうな顔をする
"もしかして……お姉さまの言うあの御方とはマノンでは……"
アメリーは直感であの御方がマノンだと気付く
「お姉さまの言う"あの御方"とはどのようなお方なのでしょうか……」
アメリー問いかけにコレットは大きく気を吸い込むと夢であるかのように話し始める
「凛々しい顔立ちに涼しい眼差し、力強く逞しい肉体……」
「まるで"戦の女神"……"軍神"のような御方です」
アメリーの頭の中でコレットの語る人物像がマノンと合致する
「間違いない……マノンだわ……」
アメリーは思わずマノンの事を口にしてしまう……コレットがそれを聞き逃すはずがない
「アメリー……今何と言いましたか」
コレットは物凄い形相でアメリーに詰め寄る
「あっ……その……」
「なんと申しますか……」
アメリーは何とか誤魔化そうとするが無駄であった
実戦で鍛え上げられたコレットの拷問紛いの悶絶地獄攻め前に全てを話してしまうアメリーであった
拷問紛いの悶絶地獄攻め、と言ってもコレットからすれば超ソフトなものである
本気になったコレットのベッド上での寝技のテクニックと激しさはこんなものではないのである
ベッドの上に横たわり軽く痙攣しているアメリーにコレットが話しかける
「さて、アメリー……もう一つ聞きたい事があるのですが」
「分かっていますよね……」
コレットが優しそうに微笑むが……
アメリーには悪魔が微笑んでいるように見えるのてあった
アメリーはアネットと同じように限定的ではあるものの予知能力を持っている
これこそがアメリーが巫女として祭り上げられる最大の理由の一つでもある
"私的に占いをするのは禁止されているのだけど"
"ここで変な抵抗をすれば何をされるか分からない"
アメリーはコレットの言う通りに占いをすることとなるのであった
かくして、マノンにコレットの毒牙が忍び寄る事になるのである
第140話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➈ ~
カルラと二人でのんびりと温泉に浸かった後、帰り道にいろいろと話をしていると宿屋のおばさんの話題になる
カルラの話だとおじさんもおばさんも移住者のようだ
詳しい事はカルラも知らないが、二人ともガリア王国の出身で若い頃に二人でこの村に来て住み着き二人の男の子をもうけ立派に育て上げたのだが、二人とも村を出て行ったきり帰ってこず行き先も分からず連絡もないないそうである
二人が副業で宿屋を始めたのも自分たちと同じように何らかの理由がありこの村に来た人たちの手助けになりたかったというのが理由だそうだ
3年前にカルラがこの村に逃げ伸びてきた時にも優しく迎え入れてくれたのだそうだ
今住んでいる家も耕している畑の面倒もこの二人が世話をしてくれた、自分にとっては父と母のような存在だとカルラは言っていた
カルラの家で夕食をご馳走になる事になったのでマノンはとりあえず宿屋の夕食をキャンセルしないといけない
私はカルラと別れると宿屋へと向かって歩いていく、夕暮れの日の光が村の周りの山々を赤く染める
"何だか……マノワール村みたいだな"
歩きながらマノンは呟くと爺の声が聞こえてくる、姿を消して近くにいるようだ
パックは姿を消しマノンの上空を滑空している
"随分とこの村が気に入ったようじゃの"
爺の声は何故か感慨深げである
"うん……とてもいい……"
私は素直に答えると爺は何も言わなくなった
"こ奴も、儂と同じか……"
爺は自分も300年前にふと立ち寄ったペントンが気に入り住み着いてしまった事を思い出す
"まぁ……事情は儂とは全く違うがの"
そして、爺は300年前にゲルマニア帝国での争いでエルマーナを失った時を思い出していた
宿に着くとおばさんに訳を話す
「そうかい……」
そう言って笑ったおばさんの笑顔はまるでカルラの母親のようであった
間違いなく何か勘違いをされているの分かったが何も言わなかった
"コレでいいんだよ……"
何も言わなかったのは、もう一人の自分が私の心に語りかけていたからだった
かくして、私はカルラの家で夕食をご馳走になるのであった
カルラの家に戻ると古ぼけて年季の入った木のドアを軽くたたく
「空いてるから、入ってよ」
家の中からカルラの声がするのが聞こえる
カルラの家に入るとマノンは何故か凄く懐かしい感覚に襲われる
古い木造の農家は奇麗に手入れされ素朴て暖か味を感じる
「良い家だね……」
私は思わず思った事を声に出してしまう
「そう……凄っく古いあばら家なんだけどね」
カルラは少し照れ臭そうに言うと後ろ頭を掻く
「じつは私もこの雰囲気が気に入っているんだ」
カルラはそう言うと嬉しそうに笑う
「夕食の用意するから、奥の部屋でのんびりしててよ」
そう言うとカルラは家の奥の方に目をやる
私はカルラの言う通りに奥の部屋に入ろうとすると部屋の片隅に農機具や鍋などが無造作に置かれているのが目に留まる
「どうしたのアレ」
私が訪ねる
「ああ~アレね……」
「穴が開いたり、ひびが入ったり、曲がったり、折れたりとか……」
「要するに壊れて使えなくなった、鍋やら農機具よ」
「まとめて、ペントンの鍛冶屋に持ってくつもり」
「そこで直すか、屑鉄で売っぱらうかよ」
そう言うとカルラは鍋を一つ手に取る
「ほらね、穴があるでしょ」
カルラの手にした鍋には腐食して出来た穴が開いていた
「元々、この家に長く放ったらかしにされててね、痛んでたのよ」
「何とか、手入れして使っていたんだけど……」
そう言うとカルラは手にしていた鍋を元の場所に戻すとため息を吐く
カルラがため息を吐くのには理由がある
この時代、金属製品は高価である
一般的な調理用の大鍋でも150ガリア・フラン(12000円)はするのである
農機具の鍬や鋤はもっと高価でなのである……
殊に鉄の産出量が少ないダキア王国では他国に比べて割高である、更に物価の低さも手伝って価格は同じでもガリア王国の1.5倍と言った感覚なのである
鉄がきわめて豊富でストーブを全国民に支給することができるシラクニアのような社会主義的な国家とは違い資本主義的なダキア王国では自分たちで調達しなければならないのである
因みに、家庭用のストーブはガリア王国でも販売されるようになったがその価格は2000ガリア・フラン(160000円)以上である
「そう言う事か……」
マノンは穴の開いた鍋を手にすると錬成術を発動させる
鍋は光の粒となり再び鍋の形になっていく……カルラは呆然とそれを見ている
「はい、どうぞ」
「夕食のお礼だよ……」
私は錬成し終えた鍋をカルラに手渡す
「噓……穴が無くなってるっ言うか」
「コレ、新品同様じゃないっ!」
新品同様に生まれ変わったボロ鍋を見て驚いている
私は壊れていた鍋や農機具を次々と錬成していく
「ホントに……何でもできちゃうのね……」
口をポカンと開けて新品同様になった鍋や農機具を見るカルラであった
"コレって、夕食だけじゃダメよね……"
以前にアレットがマノンからもらった指輪を鑑定してもらった時と同じような気持ちになるカルラであった
私は奥の部屋のテーブルの前の椅子に腰を掛ける、木製のテーブルには同じく木製の椅子が4つある
かつて、この家には4人が生活していたのではないかと思わせる
長らく放置され痛んでいたものをカルラが丁寧に手入れしたのだろう。磨き込まれた木製のテーブルと椅子は古いが独特の風合いを醸し出している
隣の台所ではカルラが料理をしている姿が見える
陽も落ちて少し薄暗くなった部屋の中を暖炉の火がオレンジ色に照らす
"何だか……凄く落ち着くな……"
"このままずっと、ここに居たいや……"
マノンは本気でここで暮らしたいと思っているのであった
"何だか……急に眠気が……"
マノンは猛烈な睡魔に襲われる……
これは、ついさっき鍋や農機具を錬成したための魔力の使い過ぎによるものではない
本当に平穏な気持ちになり心が安らいでいるのである
「起きてよ、マノン……料理が出来たわよ」
カルラの声で目を覚ます……一瞬だがカルラの顔がレナに見える
"えっ……レナなの……"
私は寝惚けてレナの名前を口にしてしまう
すると途端にカルラの目付きが厳しくなる
"あっ……不味い……"
私は心の中で後悔の言葉を呟くが時すでに遅し……
「その事はぁー……後でもう一度ゆっくり聞くわね」
カルラの表情と口調に私が恐怖を感じていると
「冷めないうちに食べちゃいましょう」
「私もう、お腹ペコペコなのよ」
カルラはそう言うと料理をテーブルに次々と並べる
カルラの料理はダキア王国の食材とイベリア王国の調理法が合わさったいわゆる無国籍料理であった
主食のポテは、イベリア王国の主食である薄くて硬いパンはインドのチャパティのような感じである
"故郷の味が懐かしくてね……"
そう言って野菜を煮込んでスパイスで味付けしたスープと一緒に食べるのがイベリア王国風だと言うので真似して同じように食べてみる
「美味しいね……」
私がそう言うとカルラは嬉しそうに笑う
「でも……本当の味は全然違うんだけどね」
そう言うと、今度は木の皿に盛られているペースト状の物をパンに乗せて丸めるとパクリと美味しそうに食べる
私も同じように真似して食べる
"国によって食事も違うんだなぁ~"
感心しながら食べるマノンであった
特に川魚を干して燻製したものは美味しかった……
これは、酒の肴に会う……アレットさんが絶対に喜ぶだろうと思いながら食事をするマノンであった
"アレットさんのお土産にいいかも……"
その頃は、アレットは禁酒生活を送っているのである……マノンの優しい心使いは今のアレットにとっては無慈悲な拷問でしかないのである
二人仲良く食事をしている姿をパックの中の爺は家の天井の梁の上でそっと見守っているのであった
"こ奴にとって、この地は心の拠り所となるえるのじゃろうか"
爺は心の中で呟くのであった
"それにしても……儂も腹が減ったのう……"
美味しそうに夕食を食べる二人を見ていると爺も空腹を覚えるのであった
第140話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➈ ~
終わり