第138話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➆ ~
第138話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➆ ~
序章
ダキア王国の王都モダンテの高台にあるダキア宮殿ではコレットが自室の椅子に座り深いため息を吐いていた
"あの、お方は今頃何処で何をされていられるのでしょう……"
コレットは女のマノンの事が忘れられないのである
かつて、シルビィが男のマノンに心を一瞬で奪われたのと同じであったのだが……
少し違っているのは、コレットは男に全く興味はないという事であり……
逆に強くて凛々しい女性には物凄く興味があるという事であった
身の回りの護衛の騎士たちは勿論の事、身の回りの世話をするのも全て女性であり全員がコレットの指名により集められた者達である
……要するに……コレットは女性として凄く美人で抜群のプロポーションであるにもかかわらず残念なことに完全にあちら側の人間なのであったのだ
本当に勿体ないお化けが出そうな話なのである……
当然、国王のハルバートも妹のアメリーもその事は知っており宮殿に仕える者ならば全員が知っている事である
コレットの態度や言葉遣いが急に変わったのもマノンに対して自分が女として恥ずかしいと思ってしまったからであり、女性として見てもらいたいという一心からである
かつて、対ゲルマニア戦の時にガリア王国軍司令官のエドガール・ド・ベイロンがシルビィに対して言った言葉の通りで……
どのような形であれ"恋は盲目"と言う事なのである
ただ違っているのはコレットはマノン一人だけ、ではなく気に入った女性がいれば手当たり次第に手を出すという所であった……
深夜、ダキア王宮の一室、薄暗いランプの灯の中……
若い女性の喘ぎ声が響く、その声は次第に大きくなり糸が切れるようにぷっつりと途絶える
そして、薄暗いランプの灯の中でコレットが裸でベッドから起き上がってくる
"はぁ~満たされないわ……"
裸でベッドに横たわり果てている若い女性を横目にコレットが呟く
"私の体はあの御方を求めている……"
"この体の疼きは、もうどうしようもないわ……"
コレットはベッドから出るとローブを羽織り部屋の外へ出るとテラスから外を見下ろす
眼下には真っ暗な所々に僅かな灯りが燈る町が広がっている
"この世界のどこかにあの御方はおられるはず……"
そう呟くコレットであった
その次の日にコレットはアメリーからマノンの情報を得ることになるのである……
第138話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➆ ~
マノンは困っていた……
人から好かれることは決して悪い事ではない、寧ろ喜ばしい事なのであるが……
温泉で出会ったカルラにすっかり気に入られてしまったのである
温泉からの帰り道、マノンはカルラから突然"交わり"を求められる
"返事はいつでもいいわ……"
……とはいかなかった、何故ならマノンが旅人だからである
カルラ曰く、この村には適齢期の男が殆どいないらしくマノンは自分の理想に近いタイプでありこの機を逃すと一生涯"交わり"の機会をなくしてしまうとか……
「私は家族が欲しいだけ」
「ずっと一人は寂しいから……」
「私にとっては、大賢者の事なんかどうでもいいの」
「マノンってよく見ると凄く……」
「その……私好みのいい男なのよっ!」
少し照れ臭そうに後ろ頭を掻きながらそう言った後で、笑ったカルラの言葉に嘘は無いと素直に感じたマノンであった
かと言って安易に事を済ませる無責任ことが出来ないのが真面目な性格のマノン・ルロワと言う人間なのである
宿に帰ったマノンは爺にカルラの事を相談する
"それは……お前さん次第じゃな……"
"そのカルラと言う娘はそれを望んでおるのじゃから"
"とどのつまり、お前さんの心ひとつという事じゃろ"
爺の言っている事は至極当然の事であるが、私が相談している事はその事ではないのだ
"そうじゃなくてっ! カルラは一人暮らしなんだよ"
"いくら家族が欲しいからって、一人きりじゃ妊娠・出産には無理があるよ"
"私はずっとこの村に居られないし"
私はカルラの事が心配なんだと爺に力説する
"なんじゃ……そんな事か……"
"そんな事は心配せんでよいぞ"
爺の言葉に私は唖然としていると爺はその訳を話し始める
昔からダキア王国の山村部の村々では住人同士のコミュニティが非常に強く村の誰かが困っていれば村人全員で助け合うのが常識なのだそうだ
仮にカルラが妊娠し動けなくなったとしても村人全員でカルラを助けることになる、出産した後も子供の面倒は村人たちで見ることになる
それがダキア王国の山村部の村のしきたりと言うものだそうだ、これも他国からの移住者が多い理由の一つだと爺は言うのであった
"だったらどうして、村の若い人は村を出て行っちゃうの"
私の素朴な疑問に爺は少し呆れたように答える
"それはな……都会に対する憧れじゃよ"
"お前さんも、初めて王都に行く時は張り切っていたじゃろう"
"それと同じ事じゃ"
爺の言っている事に心当たりのあるマノンは納得するしかなかった
"当たり前のようにあるものほどその有難味が分からんものなのじゃよ"
爺はそう言うと続きを話し始める
"そのカルラと言いう娘は天涯孤独の身、一人ぼっちなんじゃろ"
"お前さんがもしも同じ立場だったらどうかの……"
爺の言っている事を聞いているとカルラの身の上話が頭に浮かんでくる
……そして、レナの顔も同時に浮かんでくるマノンであった
悩んでいるマノンを見て爺は心の中で呟く
"お前さんが、正体を明かしたという事は……"
"既に、カルラちゃんを受け入れているという事なのじゃがの……"
"天涯孤独か……"
どうして、一瞬でマノンとカルラが惹かれ合ったのかを悟る爺であった
そうしていると、宿のおばさんが食事の支度が出来たと言って部屋まで夕食を持ってきてくれた
「ありがとうござます」
私がお礼を言うとおばさんが私を見て微笑む
「カルラちゃんと一緒だったようだけど」
おばさんは私とカルラの事が気になるようだった
「山の中にある温泉で会ったんです」
「それで……」
私は途中で話すのを止める
「カルラちゃんはいい子だよ」
そう言うとおばさんはにっこりと笑うのであった
どうやら……おばさんは何となく気付いているのだなと直感するマノンであった
夕食は主食のポテに川魚の塩焼き、豆の塩茹で、山菜のサラダ、それにワインだった……
質素だったが土地の物を使いできるだけ手を加えていない素朴な料理でマノンには好感の持てるものであった
マノンの腹を十分満たすほどに量も多く農村らしいボリューム満点の夕食であった
夜も深くなり、辺りは漆黒の闇に包まれる
私はベッドに入ると机の本立ての上に止まっているパックの方に目をやる
パックは既に寝ているようだ、爺の気配もない
"寝ちゃったみたいだな……"
何気なく窓の外に目を向ける
天空の星々の僅かな輝きがこの惑星を照らしている
(地球とは違い月や街の明かりが無いので天空には宇宙が広がって見える)
風に草木の揺れる音と暖かくなり活動を始めた虫達の鳴き声がする
すぐにマノンの睡魔が襲い掛かってくる
"今日一日、いろいろあったな……"
"それに、何度も性転換したせいか、結構疲れているな"
マノンはすぐに眠りにつくのであった
どのぐらい時間が経ったのだろうか……
私はふと目を覚ます、辺りはまだ真っ暗で深夜のようである
"変な時間に目が覚めちゃったな……"
私は心の中でそう呟くと寝返りを打つ
"あれっ……この感触は……"
"間違いない……オッパイの感触だ……"
"まさか……"
マノンの眠気が一瞬で吹き飛ぶ
「あら……起きちゃった」
聞き覚えのある声が囁くように耳元でする
「コレは……夢だな……」
私はそう言うと現実逃避をして再び寝ようとする
「ちょっと、待ってよ」
「この状態でスルーされると女として凄っく傷つくんですけど」
カルラの泣きそうな声が耳元でする
私はゆっくりとヘッドから身を起こし隣で寝ているカルラの方を見る
始めは真っ暗でよく見えなかったが、段々と目が暗闇に慣れてくる
どうやら、カルラは……丸裸のようである
「何してるんですか……」
聞かなくても何となく分かるのだか、一応聞いてみる
「勿論ッ! 夜這いよっ!!」
カルラは小さな声で元気よく答える
「……」
私の脳裏にマリレ-ヌの顔が浮かんでくる
「こんな暗闇の中でよくここまで来れましたね」
私はそのまま丸裸で寝っ転がっているカルラに少し呆れたように問いかける
「私ね、この村に逃げてきた時にここで暫くお世話になったのよ」
「まぁ、勝手知ったる他人の家なのよね」
カルラは自信たっぷりに答える
「それにしても、よく忍び込めましたね」
「家の門にもこの納屋にもこの部屋にも……」
「確かに鍵がかかっていたはずですなのが」
治安が良い国とはいえ我が日本国ほども良くな無いのである
「それなら何の問題も無く入れたよ……」
「私、以前ここに住んでたって言ったでしょう」
「それにね、ここのおばさんは私の味方なのよね」
カルラはその訳を隠すことなく正直に答える
「夜這いなんて、私もこの村に来るまでは大昔の習慣だって思ってたわよ」
「でもね、この国やこの村では当たり前の事なのよ」
そう言うとカルラはゆっくりとベットから身を起こし私の前に正座する
「"郷に入っては郷に従え"って言うでしょう」
「私はそうしているだけよ」
「旅人の貴方にもちゃんと説明して置けばよかったんだけど」
「言っちゃうと逃げられそうな気がしたから言わなかったの」
カルラは少し罪悪感があるような口調だったが、私はカルラに対して嫌悪感を全く抱かなかった
「本当に素直ですね……」
私は自分に素直に行動し生きようとしているカルラを少し羨ましく思えてくる
「本当に……貴方が羨ましい……」
心のこもった私の言葉に何かを感じ取ったのかカルラは私に近付いてくるとそっと口付けをした
「神様みたいな"大賢者様"にも悩みはあるのね」
そう言うとカルラは小さな声で笑った
「はぁ~、まぁ……いろいろとね」
私はため息を吐くと疲れたかのように言うとカルラは私の方をジッと見る
「大賢者様だとかそう言うのを別にしても、マノンって凄くモテるでしょう」
「私もその一人だから……何となく分かるのよね」
「でも……マノンはそんなに女子には全くそう言ったエッチな興味が無い」
「温泉の時も、今こんな状態でも……」
「マノンからはエッチな視線や気配を全く感じないのよね」
「それってさぁ……マノンに気のある女子は結構、傷つくと思うよ」
「自分は"女としてそんなにダメなのかな"って思っちゃうよ」
カルラの言っている事を聞いているとマノンはいくつも心当たりがある事に気付く
「……カルラの言う通りだよ」
「私は……そう言った欲望が無いんだ……」
これも大賢者の定めとは頭では理解できている
そして、欲望というモノの正体が何なのかは理論的に理解してはいるのだが、マノンには感じることが出来ないモノでもある
「そう……でもね、私には少しなら分かるわよ……」
「全てを失い一人ぼっちになってここに逃げてきた時の私がそうだった」
「全く違うけど、心の中は同じだと思う」
「だからなのかな……マノンに一目惚れしちゃったのは」
カルラは少し恥ずかしそうに言うとベットから出て服を着る
「今日は、大人しく帰るね……」
そう言うとカルラは静かに部屋を出て行くのであった
オウムのパックは寝ているが爺は寝てはいなかった……
気が進まなかったが、パックが動けないので逃げることも出来ずマノンとカルラの様子を見守っていたのだった
"あのカルラと言う娘……"
"もしかしたら……あ奴の心の隙間をまた一つ埋める事が出来るやもしれぬ"
"ここは、儂が一肌脱ぐしかないのぅ……"
爺は心の中でそう呟くのであった
しかし……それは、"人の恋路を……馬に蹴られて死んじまえ"の諺に近い事であり
マノンにとっては爺の余計なお世話であるのだが……
第138話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➆ ~
終わり