第132話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➀ ~
第132話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➀ ~
序章
マノン・ルロワは大賢者である
その事は王立アカデミ-では極一部の者しか知らない秘密である
……が、王都から300ゲール"Km"離れたマノワール村では誰もが知っている事であり話題にすらならない
何故このよう状況が生まれるのかと言うと、その理由は簡単である
高速な交通手段や通信手段が確立されておらず、それに写真などの無いこの世界にあって1個人の身元を特定するのは極めて難しいからである
同時に口伝に伝わっていく情報は伝言ゲームのようにその内容が少しづつ変わっていく
大賢者の情報についても同様の事が言える、その典例が"大賢者の呪い"である
元々はマリレ-ヌの家族を強欲な大商人の嫌がらせから守るためにマノンが一芝居打ったハッタリだったのだが……
偶然が積み重なり、人々の口から口へと口伝で遠くに伝わっていくうちに"大賢者の呪い"は事実となり大陸中の誰もが知る事となり恐れるようになる
占術や呪術が本当に信じられているこの時代では当然の事であるといえる
そして、それとは別に大賢者に纏わるいろんな噂が大陸の人々の間で囁かれるようになっていたのである
例えば、"大賢者は死んだ人を蘇らせる"……とか、"大賢者は富と繁栄をもたらす"とかである
これらの噂は、根拠のない嘘ではなくある程度は事実なのである
これはマノンが意図的に計算して行ったものではない、自分の思うままに行動した結果として得られたものなのである
ヒット作を担当した漫画家の編集者がよく言う……
"大ヒットを飛ばす漫画家は何の計算も無く自分の好き勝手に描く漫画家の方が遥かに多い"のと同じ事である
マノンは自分が全く気付かない間に"大賢者"としての絶対的な地位を確立しようとしていたのである
当然、マノンや爺にはそんな自覚など微塵も無いのである……
本人達に全く自覚がないというのはある意味、周りの者達にとっては時には甚だ迷惑な事があり……
更に、なんの計算も下心も無いので余計に始末が悪いのである……
第132話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➀ ~
シルビィ王女のご懐妊により、降って湧いた三連休……
夜になってもマノンは無気力な表情で宿舎のベッドに寝っ転がっていた
レナはレポートに、ルメラ達は補習にと忙しくエレ-ヌもそんなルメラ達に付き合っている
ルシィはルメラ達の補習の担当なので、マノンの三連休は完全に予定の無い暇な三連休になってしまったのである
マノンはルメラ達の教育係であるのだが補習などはルシィの担当なのである
そこに、シルビィのお腹の子供の子とも重なりマノンは無気力感に襲われていたのだ
「何にもする気がしないな……」
ベッドに寝転がったままで爺に話しかける
「……まぁ……何じゃ……」
「もし、お前さんがよければじゃが……」
「明日、魔法工房へでも行かんかの」
いつもの爺らしくない丁寧な口調で話しかけてくる
「いいよ……どうせ、暇なんだし」
私はそう言うといつものように眠ってしまうのであった
哀しいかな、マノンに友達は少ない……
マノンに好意を寄せる女生徒は多いが自ら進んで友達になろうとする者は少ない、男子生徒も同じである
優れた才能を鼻に掛ける事も無く、気さくで人当たりもよく親しみやすいはずなのだが"大賢者の弟子"であるという事がマノンを自分達とは別の世界の住人と思わせているからである
これもまた、"大賢者"の宿命の一つである
目が覚めると窓からオレンジ色の朝日が差し込んでいる
「あ……もう……朝か……」
私はベッドからゆっくりと上半身を起こして大きな伸びをする
"ビリッ!"
と言う音と共に胸に巻いた亜麻の布が裂けて胸が丸出しなってしまった
「あっ、昨日……胸に巻いた亜麻の布を外すの忘れてたんだ」
「まあ……いいか、魔法工房には予備の布もあるし」
「どうせ、今日は魔法工房へ行く予定なんだし」
そう呟くと爺の声が聞こえてくる
「朝っぱらから、随分と景気がいいのぅ」
爺の声が聞こえてくる方を見るとパックが私の胸をジッと見ていた
「爺のエッチ」
私が胸を両手で隠すと覚めた目でパックを見る
「少しは元気なったようじゃな」
爺の安心したような声に私の事を心配して言ったのだと気が付いた
「ありがとう……」
「もう……大丈夫だよ、魔法工房に行こうか」
私はそう言うと着替える、胸に布を巻いていないので胸のあるのが分かってしまうが認識疎外の魔術を発動するので問題はない
朝食も取らずに魔法工房へ向かう私に爺はいつもとは違う違和感を感じるのであった
"やはり、流石のこ奴でも少しは堪えたようじゃな……"
"飯を食うのを忘れるとはな……
"
爺は心の中で呟くと肩のパックは足早に広場の塔に向かうマノンの横顔を見るのであった
魔法工房に転移すると爺は私に実験室に行くように言うので言葉通りに実験室へ行く
「お前さんに頼みたい事がある」
爺がそう言うと肩のパックが飛び立ち何処からか短剣を嘴に加えて戻ってきた
「この短剣でお前さんの指の先でもいいから傷付けてはくれぬか」
爺がそう言うので私は素直に指先に短剣の刃を押し付けるとそっと滑らせる
指先が斬れて赤い血が出てくる
「私の血が必要なの……」
ここが実験室なので私の血を使って何か実験をするのかと思い問いかける
「んん~やっぱり……赤いの」
勿体ぶったかのように唸ったのに私の期待を見事に裏切る
「当たり前でしょうっ! もしかして緑色だとでも思ったの」
期待外れの爺の言葉には少しムッとして言う
「なぁ、お前さん……」
「今、斬った自分の指先を見るがよい」
爺の言葉に私は短剣で斬った自分の指先を見る
「あれ……もう血が止まっている」
「……って言うか傷が無いっ!」
「えっ……どういう事……」
私は吃驚してパックの方を見る
「やはりな……」
「今や、お前さんの体は不死身となっておる」
爺の言葉が私には全く理解できない
「不死身って……死なないの」
私はただ茫然としてパックに話しかける
「今のお前さんは、足が折れようが手が千切れようが腹が裂けようが」
「一瞬でそれを修復し回復する能力がある」
「首を斬られるか頭を潰されでもせん限り死なんの……」
「それでも死なんかもしれんな……正に不死身じゃよ……」
爺は少し呆れたように言うと話を続ける
「次は、お前さんが女子だった頃の事を考え」
「あの頃に戻りたいと念じて見よ」
私は爺の言う通りに女子だった頃の思い出を振り返り念ずる
「下を……確認してみるが良い」
爺の言葉通りにパンツの中を覗き込むと
「無いっ!」
「アレが無くなって……別のモノが……」
私は途中で言うのを止める
「これっ! どういう事なのっ!!」
私は状況が把握できずに混乱し慌てて爺に問い質す
「お前さんはな……もはや、自らの意志で性転換すらできるのじゃ」
「その桁外れに強力な再生能力を使ってな」
「一瞬で自らの体を作り変えているのじゃよ」
爺の落ち着いた口調がこれがイリュージョンなどの魔術による錯覚などではなく真実であると私に確信させる
「でも……オッパイは大きいままだよ」
私は自分の胸を両手で持ち上げる
「なんだか……以前よりも大きい気がするんだけど……」
私は自分の胸がさっきよりも一回りほど大きくなっている事に気付く
「確か……私……致命的なまでのド貧乳のはずだったんだけど」
自分で事実を言ってて悲しくなってくる
「そうではない……これが本来の女子としてのお前さんの姿じゃ」
爺の言葉に私の背筋に電気が走る
鏡に映し出された完璧なまでの自分の姿に呆然としている私に爺が詳しく私の体に何が起こったのかを説明をしてくれる
爺の説明によると……
女子だった頃の私は遺伝子情報に欠陥があったために女子の体に男子の骨格と体型が混在していたそうである
それで、寸胴・ド貧乳であったのだが今は完全な遺伝情報の基に一つしかないX遺伝子をコピーする事により女子の体を再構築しているので女子としての本来の姿形を取り戻しているのだという事だそうだ
同時に、本来の男子にも体を再構築できるとの事である……
完璧なはずの鏡に映った女子としての自分の姿を見ていると……
「引き締まったウエスト……腹筋はシックスパックに割れている」
「形の良い大きな胸は分厚い大胸筋に支えられ重力に屈することなく上を向いている……少し力を入れるとピクピクと痙攣するほどである」
「両腕の上腕筋は発達し、両足の大腿筋も盛り上がるほどである」
恐る恐る後ろ姿を確認する
「僧帽筋と背筋も発達し、形のいいお尻は大きいが引き締まっている……」
「お尻に力を入れると大殿筋が岩のように固くなるのが分かる」
「足の脹脛の下腿三頭筋も競輪選手並みに発達している……」
「涼しげな眼に凛とした顔つきは我ながら鳥肌が立つほどのイケメンである」
全身を見事な筋肉で完全に包まれ鍛え上げられたアスリートのような体になっているのが分かる
「違う……違うんだよ……」
人間という生物として究極ともいえる完璧な肉体を手にしながらも私の目からは絶望の涙が溢れ出る
「こんなんじゃないんだよっ!!」
鏡の前に崩れ落ちるように座り込む私に爺が話しかけてくる
「まぁ……実家で随分と鍛えておったからじゃろう」
私には爺の言葉に全く覚えがない
「何十回と重いワイン壺を持ち上げそれを担ぎ上げて階段を上り下りし運ぶ」
「あれは全身を筋肉を満遍なく使う、申し分のない筋トレじゃ……」
「これをほぼ毎日のように休むことなく朝夕と続けてきたからのう」
自ら見立てに納得するかのように言う爺の言葉には説得力があったし心当たりもあるマノンであった
その時、何故か親指を立ててニヤリと笑うシラクニアのラッセルの顔が瞼に浮かぶ……
「このムキムキの体もフワフワな体に再構築できないの」
私は爺に懇願するかのように問う
「お前さんがゲルマニアでマキシミリアンを蘇生した時」
「その時点での身体的な状態を維持するからの……」
「たとえ、怠惰な生活をして全身の筋肉をレナちゃんのようなブヨブヨの脂肪に替えたとしても……」
「次に体を再構築すれば、元に戻るはずじゃよ」
爺の冷静な分析に私は絶望する
「私が欲しかったのは、かわいい服の似合うフワフワな体なんだよ」
「こんな、ゴブリンを素手で倒せるような戦士の鋼の肉体じゃないんたよっ!」
涙を流し訴える私の傍にパックが近付いてくる
「……定めじゃ……諦めよ……」
爺はポツリと呟くのであった
私は少しの間、裸のままで呆然としていると無言でゆっくりと立ち上がる
「どうしたのじゃ……」
「どこか具合でも悪いのか……」
私の不気味な動きに爺が心配そうに話しかけてくる
「とりあえず……男の体に戻るよ……」
私は小さな声で爺に言うと男だった頃の事を念じて祈る
"体が……熱い……"
全身の血肉が変化していくのが分かる
「はぁ~はぁ~」
「これ……結構疲れるね……」
思った以上に魔力と体力を消耗するという事を実感する
「えっ……」
私は、鏡に映った自分の姿を見て驚く
「白い肌にすらっと伸びた長い四肢には余計な筋肉が全くない」
「均整の取れた肉体は何処か中性的な妖しさを感じさせる」
「可憐な少女を思わせるような綺麗な瞳と整った顔立ち」
「サラサラで艶やかな髪の毛……」
「そして……股間には立派なアレが……」
私は再び鏡の前に崩れ落ちるように座り込む
「うっうっうっ……」
「目から滝のような涙が止まらない」
「男だと女みたいだし、女だと男みたい……」
「どうしてっ! 世の中……不条理すぎるよっ!!」
あまりの厳しい現実に打ちのめされている私の傍にパックが再び近付いてくる
「まぁ……世の中……こんなもんじゃ……」
「それに……これで、もう人目を憚る事もなかろう」
爺の、この一言はこれからの私の三連休を予言するかのようであった
第132話 ~ 大賢者・マノン・ルロワ ➀ ~
終わり