第130話 ~ 光を導く者の日常 ➂ ~
第130話 ~ 光を導く者の日常 ➂ ~
序章
ここ暫く、爺は魔法工房と南側の魔力変換炉の遺構を行き来している
私にも何か気になる事があるのだなという事は分かる
マノンが実家で過ごしている頃、爺は南側の魔力変換炉の遺構の周りの森の中を飛び回っていた
如何にマノンの魔力容量が桁外れでも魔力変換炉に蓄積されていた魔力を吸収、もしくは相殺する事は不可能に近い
では、余剰な魔力はどこに消えてしまったのか……爺にはそれが気掛かりだったのだ
魔力変換炉の停止から今まで間、時間があれば周辺に何か変わりがないのかを調査していたのである
そして、遂に消えた魔力の行き先に辿り着く……
"これか……"
そう呟く爺の目の前に半分以上が土砂に埋まり草木に埋もれた巨大な門(フランスのパリにある凱旋門のような感じ)を見つける
"異界の門か……こんな代物を造っておったとはな……"
"これが、南の人間が突然に居なくなった原因じゃな……"
"この世界に見切りを付け、異次元へと旅立ったか……"
"まぁ……新天地を求める……それもよかろう……"
草木に埋もれた門を見つめるそう呟くのであった
パックが門の方へと飛んで行くと、その上に止まる
"ふぅ~まだ……稼働はしておらんな……"
"稼働しておらぬなら、下手に手出しせぬ方が得策じゃな……"
爺は安心したかのように呟く……
"異界の門"とは異世界へと通ずる扉である
この世界とは異なる次元への扉でもあるこの巨大な門は転移ゲ-トとは次元が異なる
極めて高度な技術力と桁外れに膨大な魔力を必要とする代物であり、爺の目からしても完全なオーバーテクノロジー(超越技術)の集大成の一つであることは明白であった
"これが暴走したら、儂らでは手に負えんな……"
"魔法工房の記録にある南側の魔力変換炉の暴走は恐らく……"
"こいつが暴走した結果か……"
爺がそう呟くとパックは羽を広げて魔力変換炉の遺構の方へと飛んで行くのであった
そしてもう一つ、爺には気掛かりな事があった……
そう、マノンの体の事である……
第130話 ~ 光を導く者の日常 ➂ ~
爺の心配を他所にマノンは日常通りの平常運転であった
実家から魔法工房に戻ると図書室でイネスの用意してくれていた弁当を食べる
パンに焼いた羊肉と野菜を挟んだものだった
食べ終わると、ワインの詰まった壺とリドウの村でエレオノールさんから貰った燻製肉が目に留まる
"どうしようこれ……"
そう呟くと、何故かアレットの顔が脳裏を過る
"そうだ……アレットさんのお土産にしよう"
"きっと、喜んでくれるに違いない……"
私は、そう呟くと燻製肉を腰に吊るしワインの壺を担ぐと王都へと転移するのであった
この、マノンの優しい心遣いはアレットの心に血の涙を流させるほどの精神的な拷問となるのである
マノンは王都へと転移するといつものように認識疎外の魔術を発動しアレットの屋敷へと向かう
「確かこの辺りだったよな……」
記憶を辿りながらアレットの屋敷ら辿り着く
「よく見ると今更ながら立派な屋敷だよな」
「アレットさんて良家のお嬢さんなんだよな……」
酒飲んで愚痴ってる姿からは想像のできないマノンであった
玄関先に来ると認識疎外の魔術を解除してドアをノックする
「どちら様でしょうか」
屋敷の中から聞き覚えのある声がするとドアが開く
「えっ……マノン君……」
突然の訪問にアレットは少し驚いている様子である
「お久しぶりです……」
「突然ですみませんが、実家からワインを貰ったので……」
「それと、用事があってリドウって村でもらった燻製肉も」
「王立アカデミ-で飲酒できないから」
「アレットさんにあげようと思って……」
私は担いでいたワインの詰まった壺を玄関先に降ろす
「あっあああ~」
アレットは嬉しいような悲しいような複雑な表情をする
「こんな所で立ち話も何だから、入って」
そう言うとアレットは居間の方へと案内してくれる
一度来た事があるので以前座ったのと同じ椅子に座る
「昼間から飲むわけにいきませんので……」
「後でゆっくりとヴァ-レルさんとでも一杯やってください」
そう言うと手にしていた燻製肉をテーブルの上に置いた
「あ、ありがとう……」
アレットは顔を引きつらせながら少し不気味な笑顔をする
「あの……どうかしたんですか……」
私はアレットがいつもと違う事に疑問を持つ
「なんでもないのよ……ただ……」
「今は事情があって、その……禁酒しているのよ」
アレットは少し困った顔をして言う
「ええっ!禁酒っ!! アレットさんがっ!!!」
「どっどこか体の具合でも悪いんですかっ!!!」
「いきなり休職しちゃうし……」
私はレナが命に係わるような大病気になってしまったことを思い出す
「まさか……命に係わるような病気じゃないですよね」
私は焦ってアレットに言う
「安心して、そんなんじゃないわ……」
マノンのあまりの慌てようにアレットは少し驚いてしまったが、自分の身を案じてくれるマノンの気持ちが凄く嬉しかったのだった
"これは、絶対に妊娠しているなんて言えない"
"なんとか隠し通さないと……"
アレットはそう心に誓うのであった
自分の方を心配そうに見ているマノンにアレットは少し心が痛みを感じるのであったが……
「私もいい年だし、父上もそろそろ引退時期が近いのよ」
「少しは親孝行でもしないと、と思ってね、少し休暇を貰ったのよ」
アレットはそれらしいことを言って誤魔化そうとする
「そうなんですか……親孝行なんですね」
私は何の疑いも無くアレットの言葉を信じる
そんな様子を見ていたアレットの心は複雑であった
"ダメだよ……マノン君……"
"何でも人の言う事を鵜呑みにしちゃ"
アレットは心の中でマノンに呟くのであった
私はアレットに最近の出来事をいろいろと話す、アレットはそれを微笑みながら聞いているのであった
すると、玄関のドアの開く音がしたかと思うと、いつものようにヴァ-レルがアレットの様子を窺いにやってくる
「どうだっ! アレットちっ……」
ヴァ-レルマノンがいる事に気が付いて慌てて口を噤む
「お久しぶりです」
私は顔を引きつらせたヴァ-レルに挨拶をする
「こっこれは、"賢者殿"」
「今日は、どのようなご用件で……」
ヴァ-レルのぎこちない口調にアレットの顔が歪む
「お父様、マノン君にワインと燻製肉を頂きました」
「玄関にワインの壺があるのでキッチンへ運んでおいていただけませんか」
このままでは拙いと感じたアレットはヴァ-レルをこの場から退場させようとする
「おっおお、分かった」
アレットの言葉にヴァ-レルは頷くと部屋が出て行くのであった
何とか、危うい状態を切り抜けたアレットがホッとしているとマノンが急に立ち上がりアレットのすぐ傍にくる
「よかった……元気そうで」
「急にいなくなっちゃったから……」
「何か良くない事でもあったんじゃないかと思って」
マノンが本当に心から安心しているのがアレットに伝わてくる
「ごめんね……何も言わなくて」
アレットは良心の呵責に苛まれれる
"本当はね……凄く良い事があったのよ"
"私のお腹の中にはあなたの子供がいるの"
本当の事を言いたいのを気持ちを抑え、マノンに心の中で話しかけるアレットであった
そんな2人の様子を窺っていたヴァ-レルは微笑むと静かに屋敷を出て行くのであった
2人で温泉に行ったことなど思い出話をしていると夕刻を示す教会の鐘の音が聞こえてくる
「もう、こんな時間なんだ」
私がそう言うとアレットも軽く頷く
「それじゃ……帰るよ」
「また来るから……」
私がそう言うとアレットは私の方を悲しそうな目で見る
「あまり来ない方がいいわよ」
「休職中の女導師の家に男子生徒が来るのは……」
「ご近所様の目もあるし、世間的にも……良くないわ」
アレットの言葉に私は悲しい気持ちになるが、こんな心にもない事を言うのはアレットはそれ以上に悲しいのである
「そうだね……また、復職するんでしょう」
私の問いかけにアレットは優しく微笑む
「ええ、するわよ」
そう言うとアレットは私に抱き着くとキスをする
「好きよ……マノン君」
「この気持ちは絶対に変わらないわ」
その言葉にマノンはアレットの芯の強さを感じるのであった
私はアレットに見送られて屋敷を後にするのであった
マノンが帰った後でアレットは椅子に座るとホッと一息つく
"はぁ~、後半年か……"
"頑張らないとね……"
"復職するって約束しちゃったし"
アレットは小さな声で呟くと自分のお腹を擦るのであった
そして、その日の夜……
マノンから貰ったワインと燻製肉を頬張りながらご機嫌なヴァ-レルをアレットは指をくわえて見ていなければなかったのであった……
アレットには拷問であった……
第130話 ~ 光を導く者の日常 ➂ ~
終わり