第129話 ~ 光を導く者の日常 ➁ ~
第129話 ~ 光を導く者の日常 ➁ ~
序章
休日の日の朝、王都中の教会の鐘が高らかに鳴り響く……
教会の鐘が鳴り響くのはガリア王国に何かしら異変があった時である
王都の住民たちは何かあったのかと不安になりゾロゾロと広場や教会の前に集まり始める
このような時には、宮廷からの使者が広場や教会に高札を掲げて、その旨を高らかに読み上げるのが王都の慣わしだからである
王都に集まった人々は不安そうに話をしている
「また戦争か……」
「税金でも上がるのか……」
「徴兵でもあるのか……」
などと、住民たちは良くない事ばかりを口にしている、しかしそれは無理もない事であった……
今まで、こんな朝早くから教会の鐘が鳴り響いた時には碌なことが無かったからである
不安そうにしている住民たちの前に宮廷からの使者が現れると高札を掲げ高らかに勅命を読み上げる
「本日、シルビィ王女様に置かれましては」
「ご懐妊、召されたことを報告する」
「以上である」
宮廷からの使者の言葉を聞いた住民たちは静まり返る……
あれほど騒がしかった王都が静まり返る……鳥のさえずり声が聞こえるほどである
「おおーーーっ!!!」
そして、王都中に地響きの如く大歓声が沸き起こる、あまりの大きさに宮廷からの使者は腰を抜かしそうになる
住民たちが歓声を上げるのは当然であった
王家に跡取りがいないという事は、やがては王国の後継者を巡って争いが起きる事は明白だったからである
そうなると、今の平和で安定した生活が失われてしまう事になる
しかし、シルビィ王女に子供が出来たという事は、その心配が無くなったという事なのである
この日より、王都は3日間は休日となり王立アカデミ-も休日となるのであった
その頃、マノンはあまりの騒がしさに目を覚まし、宿舎の窓から寝ぼけ眼を擦りながら外を眺めているのであった
マノンか大きな欠伸をするとこちらに向かってパックが飛んでくるのが見える
パックが窓から部屋に入るとベッドの横の止まり木に止まると爺の声が聞こえてくる
「お前さん、シルビィ王女が妊娠したようじゃ」
「王都中がお祭り騒ぎになっておる」
爺の言葉に私は一瞬だが体が凍り付いたようになるが、爺が続きを話し始める
「お相手はジラール家のクレイマン・ジラールと言う古参貴族だそうじゃ」
爺から相手の名前を聞かされた時にシルビィの顔が私の脳裏に蘇る
「そう……」
私は小さな声で呟くと窓の外から見える王都の方を見つめるのであった
"おめでとう……シルビィ"
何も知らないマノンはシルビィの事を想い心でそう呟くのであった
第129話 ~ 光を導く者の日常 ➁ ~
シルビィの妊娠が伝えられる少し前……
魔法工房でマノンは余った亜麻の布を綺麗に折りたたむと図書室のテーブルの上に置き、お土産の燻製肉を紙に包むとその横に並べる
レナはレポートの作成に忙しくて今日は魔法工房には来ていない、爺はいつものように南側の魔力変換炉の遺構に行っている
そして、ルメラ達は追加の補習を受けている
「ああ……どうしよう……」
2日間の休日をどう過ごすか悩んでいるマノンであった
「久しぶりに実家にでも戻るとするか……」
ふと考えると、転移ゲ-トを使えば、帰ろうと思えばいつでも帰れるのだが全く帰っていない……
まぁ……マノンに限らずに皆、そんなもんなのであるのだが
マノンはマノワール村へと転移すると実家へと帰る
「ただいまー」
私が玄関で声をかけるとイネスが今から顔を出す
「えっ……お兄ちゃん……」
いきなり私が帰ってきたので少し驚いているようだ
「どうしたの急に帰って来るなんて」
「もしかして……退学になったりして」
イネスは不安そうに私の顔を見るので私は"違うよ"と言わんばかりに首を横に振るとイネスは安心したような表情になる
「お父さんとお母さんは畑よ……」
「呼んでこよっか……」
イネスが私に問いかけてくる
「いいよ、昼になれば帰って来るでしょう」
私がそう言うとイネスは軽く頷く
私が家に入ると懐かしい匂いがしてくる……長く実家を離れると家の匂いが分かるようになるのである
久しぶりに自分の部屋に入ると綺麗に掃除されているのが分かる
"イネスが毎日のように掃除をしてくれているか"
私は自分の妹ながらイネスの主婦力の高さに感心する
ベッドに座ると窓から外を眺めると懐かしい景色が広がっている
"何も変わっていないな……"
日々、少しずつ景色が変わって行く王都とはまるで違う
王都では余りの変わりように変化に気が付かない事も多い
ベッドに寝転ぶと見慣れた天井がある
"まだ、1年も経っていないのにな……"
この部屋と外の景色が自分にとってあまりに長く遠く感じてしまう
そうしていると、マルティーヌ女子学校に通っていた頃の友達の顔が次々に浮かんでくる
"皆どうしているのかな……"
"セシルはあれからどうしているのだろうか"
(この頃は、まだセシルの妊娠は分かっていない)
こうしていると……こうしていると……段々と意識が遠のいていく
"お兄ちゃんっ! お兄ちゃんっ!! "
イネスの声が何処からか聞こえてくる
「あれっ……」
「お昼も食べないで……もう夕方よ……」
目の前にイネスがいるのが分かる……どうやら眠ってしまっていたようだ
イネスから、昼に父と母が帰ってきたのだが長旅で疲れているのだろうから、そのままにして寝かせてあげるようにと言って、そのまま畑に戻ったそうである
何だか、自分に少し嫌気がさしてくるマノンであった……
夜になり、久しぶりに家族4人で食卓を囲む、懐かしい料理が並んでいる
イネスが料理を取り分けてくれる、久しぶりのおふくろ(妹)の味に舌鼓を打つ
「王立アカデミ-の方はどうなの」
「それと、レナちゃんとは上手くやっている」
イネスが私に問いかけてくる、まるで母親のようである
そんなイネスを見て父も母も笑っている
「両方とも上手くいってるよ」
「イネスはどうなの」
私の問いかけにイネスはニヤリと笑う
「そうそう、私にも"交わり"の相手が出来たのよ」
私はイネスの言葉に凍り付くと血の気が引いていくのが分かる
「ホントなの」
あまりの衝撃に恐る恐るイネスに問いかける
「なんちゃってね……」
イネスは舌を少し出すと笑う
「何だよっ! 」
「心臓が止まるかと思ったじゃないかっ!!」
私は少し怒っているかのように言うと笑ってる父のアルフレッドの方を見る
「それはそうとして、お父さんっ!!」
「私に何も言わずに勝手にジルベールさんと"交わりの儀"を交わしたでしょう」
私の問いかけに父のアルフレッドは目をパチパチさせている
「はて……何のことだい……」
アルフレッドは本当に知らないようたがセシルの持っていた誓約書のサインは確かに父アルフレッドのものに間違いはなかった
私が目を細めていると、母のセリアが私の方を見ているのに気が付く
母のセリアは私に向かって目を瞑ると首を横に振るのであった
"なるほど……酔い潰れて無意識のうちにサインしたってわけね……"
父のアルフレッドは普段は無口で黙々と真面目に仕事をする人なのだが、酒が入るとただの酔っぱらいオヤジになってしまう事を私は良く知っている
これのせいで母のセリアも妹のイネスも随分と苦労させられているのである
"このくそオヤジ、本当に何も覚えてないんだな"
"私も酒には注意しないと……"
以前にセシルやジルベール達と深酒した時の恥ずかしい記憶が蘇る
私が自省の念に駆られていると父のアルフレッドが私に話しかけてくる
「セシルさん、トルス騎士団の正騎士になったそうじゃないか」
「1ヶ月ほど前にジルベールと一緒に挨拶に来ていたよ」
「随分とお前の事を気に入っていて、"是非、セシルと交わりの儀を"って言ってたような……」
アルフレッドは途中まで言うと何かを思い出したらしく言うのを止めると挙動不審になる
「あ……思い出したな……」
正直なアルフレッドは直ぐに態度や顔に出るのてある
(そこら辺は、マノンと同じである)
「そっ、それはそうとして、マノン」
「レナちゃん所の両親が子供の事を話していたが……」
「どうなんだい」
父のアルフレッドが慌ててながら話題を逸らそうとしているのがまる分かりである
「まだ出来ていないよ」
「レナも勉強で忙しいし、まだ先の話になると思うよ」
私はそれらしいことを言って対応する
「そうか……」
「レナちゃん両親の話とは随分と違ってるな」
「お盛んだと言っておられてようだが……」
父のアルフレッドにはデリカシーというものはない……これは、マノワール村の殆どの男に言える事である
イネスの顔が真っ赤になっていくのが分かる
「お父さん……」
母のセリアがアルフレッドの方をギロリと睨む
「……」
セリアの眼力にアルフレッドは黙り込む
物凄く気まずい久しぶりの一家での夕食となってしまうのであった
食事が終わるとバツの悪いのかアルフレッドは、そそくさと自室へ引きこもってしまう(昔から、食事が終わればそうなのだが)
アルフレッドの姿見えなくなるとイネスが私に話しかけてくる
「ねぇねぇ、お兄ちゃん」
「レナちゃんとは、本当にうまくいっているの」
少し意地悪そうに聞いてくる
「まぁまぁかな……」
私は少し迷惑そうに言う
「ふぅ~ん」
イネスは私の顔を見ながら意味ありげに頷く
何か分からないが、イネスは私の方を見ながら何か考えているようだ
"イネスも思春期だし、こういう事が気になるのかな"
"それにイネスって耳年増な所があるし……"
などと考えているとイネスが私の耳のすぐ横に顔を近づけてくる
"お兄ちゃんも……その……"
"オッパイの大きい人がいいの……"
イネスは私の耳元で囁くように問いかける
"へっ?"
私はイネスらしからぬ言葉に呆然とする
少し恥ずかしそうにしているイネスの胸を無意識に見る
"確かに……小さい……よな"
イネスが胸の事を気にしているなんて全く気が付かなかった
何故か私の目と心が涙に滲む……
"イネスよ……気持ちは痛いほどわかるよ……"
私は身に沁みるイネスの言葉に心の中でそう呟く
「胸の大きさと女性の魅力は関係ないよ」
「私は胸が大きかろうが小さかろうが気にしないよ」
私はイネスに気にしないように言う
「本当に……」
イネスは明らかに疑惑に満ちて視線を向ける
「もしも、レナちゃんが私みたいにペッタンコでもよかったの」
胸の無いレナなんて想像もつかない私は、イネスの言葉に私は一瞬凍り付く……
イネスはそれを見逃さなかった
「そうよね……お兄ちゃん、大きなオッパイが好きだから」
イネスは軽蔑するかのような視線を私に向ける
「……」
図星を突かれた私には返す言葉も無かった
夜も深くなり、私は久しぶりに慣れ親しんだ自分のベッドで寝る
"あ~、久しぶりだな、この感触"
長年、慣れ親しんだベッドの寝心地は私にはとても懐かしく心地よく思えるのであった
私がベッドの感触に心を奪われていると"お兄ちゃん"とドアの外からイネスの声がする
「どうしたの……」
ドア越しに問いかける
「体を拭くお湯を持ってきたよ」
「入っていい」
イネスが問いかけてくる
「いいよ」
私がそう言うとイネスは重そうなお湯の入った木の桶を両手に持ち首に二本のタオルかけて入ってくる
「ありがとう、そこに置いてくれればいいよ」
私がそう言うとイネスは何か言いたそうにこちらを見ている
「どうしたの……」
不審に思った私がイネスに言う
「あの……お兄ちゃんって"大賢者"なんでしょう」
「その……魔術で……その……」
「オッパイ大きくできないの……」
イネスは両手を合わせてモジモジしながら恥ずかしそうに言う
「えっ! 」
イネスの言葉に私はまたもや凍り付く
「イネス……」
イネスの悩みが痛いほど分る私の目に涙が浮かぶ
「泣かないでよっ! お兄ちゃんっ!!」
「何だか、私が惨めになるじゃないのっ!!」
溢れ出る私の涙を見たイネスが顔を真っ赤にして言う
そんなイネスが愛おしく思えるマノンであったが……
"無い事はないんだけど……"
"たった一人の可愛い妹に爺の作った怪しい薬は飲ませられない"
私は心の中でそう呟き、前に立っているイネスに優しく話しかける
「オッパイが大きいという事は……いい事ばかりじゃないんだ」
「大変な事や苦労する事も多いんだよ」
私は自らの体験を基にイネスの目をしっかりと見つめ話かけるのだった
「それって、レナちゃんから聞いたの」
イネスは私の目ををジッと見て言う
「そうだよ……」
私の言っている事に嘘はないという事がイネスには分かったようだ
「それにね、人の体を無理やり魔術を使って変えようとすると……」
「必ずと言ってよいほどに体に悪い事が起きてしまう」
「だからこそ、自然のまま、ありのままがいいんだよ」
私は自らの経験をもとに語るとイネスは少し迷っているような表情をしていたが
「うんっ!」
「そうだねっ!! 分かったよっ!!!」
「ありがとう、お兄ちゃんっ!!!」
「おやすみなさいっ!」
イネスはいつもの元気な声でそう言うとニッコリと笑い部屋を出て行った
"ごめんね……イネス……お兄ちゃんは……"
"偉そうなことを言えるような、そんな立派な人間じゃないんだよ"
マノンは今迄の自分の行いを心の中で呟き、イネスに詫びるのであった……
私はイネスが持ってきてくれたお湯で顔を洗うと軽く体を拭いベッドに潜り込むと眠りに就くのであった
こんな体になってしまってからは、魔法工房に日帰り温泉に行っている
王立アカデミ-のシャワ-室には全く行っていないマノンであった……
朝になるといつものようにイネスの声で目を覚ます
朝食を食べると家族の皆に挨拶をして王都に戻るのであった
イネスは簡単な昼の弁当を用意してくれていた
そして、父のアルフレッドは壺一杯の新酒のワインを用意してくれているのだった……
"親父……嬉しいんだけど……"
"これ……どうやって持って行ったらいいのよ……"
私は諦めたように呟くと2リットルのワインが並々と詰まった重さ5キログラム近い壺を担ぐのであった
第129話 ~ 光を導く者の日常 ➁ ~
終わり