第127話 ~ 平原の村 ➁ ~
第127話 ~ 平原の村 ➁ ~
序章
ここは、ガリア王宮の会議室……
国王のレオナール、最高司祭のクロ-ド、騎士団長のバルゲリー、いつもの3人が円卓を挟んで座っている
「そろそろ……頃合いですかな……」
神官長のクロ-ドが言う
「……」
国王のレオナールと騎士団長のバルゲリーは無言で小さく頷いた
「それでは、早急に手配をいたします」
そう言うとクロ-ドは席を立ち足早に部屋を出ていくのであった
「随分と大きくなられましたね」
大きく膨らんだシルビィのお腹を見てアネットが言う
「そうですね……」
大きくなってきたお腹を擦りながらシルビィが呟く
「早いものですね……」
「私には、つい先日のような気がします」
シルビィは窓の外を眺めなら呟く、その表情は微かな微笑みを浮かべているのであった
そんなシルビィを見ていると"クソ野郎"の事が憎くなってくるアネットであった
先ほど、王宮の会議室で3人が話し合っていたのは王女のシルビィの懐妊を国内外に公表する時期を話し合っていたのである
予ての計画通りに古参貴族のジラール家のクレイマン・ジラールと言う人物の忘れ形見と言う事で既に根回し工作が進められており、後は公表のタイミングを見計い公表するだけであったのだ
「お身体をお拭きいたします」
そんな事を思いながら、アネットは木桶に入ったぬるま湯にタオルを浸すとシルビィの服を脱がせタオルで体を優しく拭う
「痒くありませんか」
アネットはシルビィの体に湿疹が出来ている事が気懸りになっていた
暑いこの時期には良くある事だが美しいシルビィの体にそのようなモノが出来る事が本当に嫌だったからである
これは、アネットのシルビィに対する"愛"の表れであるがアネットは全く気付いてはいない
体を拭き終わり新しい服に着替えると再びシルビィは椅子に座り書類に目を通している
実質的な国の経済面の政策決定は国王のレオナールの代理としてシルビィが行っているのである
これは、シルビィが国王のレオナールなどより遥かに優れた経済観念があり家臣からの信頼も厚いからであるが、この事は国王のレオナールは全く知らないのであった……
明らかに少し辛そうなシルビィの姿を見ているとアネットの心に思い止まっていたマノンに対する憎悪と殺意が再び湧いてくる
"今まで我慢してきましたが……もう限界です!"
"顔を出すどころか文の一つも遣さないっ!"
"あのクソ野郎に一言いってやらないと私の気がすみませんっ!!」
ついに、アネットの堪忍袋の緒が切れるのであった……
それから数日後に、王女シルビィの懐妊が国内外に公表される事となる
第127話 ~ 平原の村 ➁ ~
大雨のせいでリドウの村で一泊することとなったマノン……
夜になると3人で夕食を食べながら話をする……
パン、スープ、合鴨の燻製、野菜のサラダであったマノワール村の実家とよく似た味付けで懐かしく思えた
"この家にはエレオノールとロザリーしか住んでいないのかな"
"随分と広いのに"
私は夕食を食べながらそんな事を考えているとエレオノールが私の方を見る
「今は……この家には私とロザリーの二人しか住んでおりません」
私の考えている事を見透かしたようにエレオノールが言う
すると、ロザリーの表情が哀しそうになっていくのが分かる
エレオノールの話では、元は4人家族だったそうである
家族構成は父の"アルベール"と母の"エレオノール、娘の"ロザリー"と4歳年上の兄の"クレマン"……
兄の"クレマン"はこの前のゲルマニア帝国との戦争で戦死、父の"アルベール"も1年前に事故死したそうである
そして、現在はエレオノールとロザリーの二人暮らしだそうである
「そうですか……」
「何かと大変ですね……」
私にはこれぐらいしか言葉が見つからなかった、自分の兄も同じようにゲルマニア帝国との戦争で命を落としているとは言えなかった
黙り込んでしまった私にエレオノールが話しかけてくる
「そうでもありませんよ」
「相方のアルベールはこの家と財産、そしてこの子を残してくれました」
「それなりに幸せなんです」
そう言うエレオノールの表情は私の目には本当に幸せそうに見えるのだった
食事を取り終えるとロザリーが早速、私に話しかけてくる
私はそんなロザリーに今まで行ったことのある街々の事をいろいろと話す
ロザリーは疑問に思った事を次々と質問してくる
そんな私とロザリーの姿を食事の後片付けをしながらエレオノールは微笑ましく見ているのであった
本来ならば、いかに長閑で人の良い村とはいえ、女二人の家に見ず知らずの旅の男を泊めるなど常識的に考えてあり得ない事である
しかし、エレオノールは何の躊躇いも無くマノンを家に泊める事を決めた、それにはちゃんとした理由があった
ロザリーは目が不自由である分、人に対する警戒心は強く本能的にその人物の本性を見抜く能力がある事をエレオノールは知っていたからである
"この子がここまで心を許す人は身内にすら無かった"
"しかも、出会ってすぐの見ず知らずの人間である"
同時にマノンのロザリーへの対応にも全くと言ってよいほどに不自然さが無い事にも驚いている
そして、もう一つエレオノールならではの勘である……
エレオノールは、かつてノルトン騎士団の女騎士であった
それ故に、一目見ただけでマノンが並外れた上位騎士であることを直感的に見抜いていたのである
"この方ならば道義に外れた事は絶対にすまい"
という確信もあったのである
夜も遅くなり、眠そうになったロザリーは自分の部屋へとエレオノールに連れられて行く
1人になった私はポケットからオウムの餌を取り出すとパックに与える
"お前さん……あの子の目を治してやりたいのか"
餌を啄むパックから爺の声が聞こえてくる
"……迷っているんだよ……"
"以前だったら何も考えずに治そうとしたよ……"
でも今は、自分でも何がしたいのか分からなくなっている
"今のお前さんの治癒魔法ならば難無く治せるじゃろう"
"どうするかは……お前さんの決める事じゃ……"
そう言うと爺は何も言わなくなってしまった
私は暫く天井を見上げてボォ~としているとエレオノールがこちらにやってくる
「ありがとうございました……」
「あんなに楽しそうなロザリーを見るのは久しぶりです」
そう言うと私の方をジッと見ている
「それでは寝室の方へご案内申し上げます」
私はエレオノールの後についていくと部屋に通された
「ここは客室にございます」
「ご遠慮なさらず、ごゆっくりと長旅の疲れをおとりください」
そう言うとドアを閉める
ロザリーの目を治すべきか治さざるべきか……
私は真剣に悩んでいたのだが……5分後には爆睡しているのであた
"……やはり、こ奴は変わらんの……"
大股をおっぴろげ爆睡しているマノンの姿を見て爺は少し嬉しそうに呟くのであった
エレオノールの言葉通りに遠慮なく爆睡していたマノンが目を覚ます
窓から明るい日の光が差し込んでいる
「もう朝か……」
マノンはベッドから起き上がると窓の外を見る
「天気は良いようだな……」
パックはまだ寝ているようだ、このまま寝かせておいた方が良さそうだ
私は荷物を背負うと部屋のドアを開け居間へと向かう……
今ではエレオノールとロザリーが食事の支度をしていた
「おはようごさいます、マノンさん」
丁寧な挨拶をするエレオノールの横でロザリーもペコリと頭を下げた
「泊めてくれて、ありがとうございました」
「この御恩は忘れません」
私がそう言うとエレオノールは首を横に振る
「たいそうな事はありません」
「この村では当たり前のことですから」
「それと、これをお持ちください」
エレオノールは燻製肉を2つ手渡してくれる
「随分とお気に入りのようでしたから」
そう言うとエレオノールは少し笑う
私は少し照れながらもありがたく燻製肉を受け取るのであった
それから、3人で朝食を食べる
燻製肉を載せた焼いたパンにスープを食べ終わると私は荷物を背負い亜麻の茎を処理するために畑の納屋へと足を運ぶ
納屋に入ると亜麻の茎の前で分解錬成術を発動する
亜麻の茎は光の粒となり、その光の粒が集まりやがて綿のような亜麻の繊維だけになる
「上手くいったな」
私は亜麻の繊維を手にすると状態を確認する、持っていた布の袋を取り出すと亜麻の繊維を押し込むようにして詰め込む
「ふぅ~何とか入ったな」
パンパンになった布の袋を肩に担ぐと納屋を出る
歩いているとパックがこちらに向かって飛んでくる
「大変じゃ! あの女の子が大怪我をしたぞっ!!」
爺の言葉に私の顔から血の気が引いていくの分かる
私が慌てて家に入るとエレオノールが頭から血を流しぐったりとしたロザリーを抱きかかえて呆然としている
「何があったのですか」
私の問いかけにエレオノールはゆっくりとこちらに振り向く
「階段から足を滑らせて……」
エレオノールが階段の方に目をやる
「私にロザリーの様子を見せていただけますか」
エレオノールの傍に行くと震える手でロザリーを私の前のテーブルの上に寝かせる
私は何の躊躇いもなく魔術を発動しロザリーの頭部を検査する
"脳に異常なし・・・・脳幹に致命的な損傷……"
"その他の器官にも異常なし……"
"トロペで木から転落した子と同じか……"
私は精神を集中しロザリーの脳幹の修復に執りかかる
"心臓と呼吸器の強制機能回復……"
ロザリーは"ゴフッ"という声と共に呼吸を始め心臓が動き出す
エレオノールはただ呆然と私を見ている
1時間後にロザリーの脳幹の修復を完了する事が出来たが心臓が停止して5分近くが経っていたので脳細胞に障害が出ていないかが心配だった
"上手くいったな……"
"そして……もう一つ……"
私はロザリーの目に手を当てる
"網膜、視神経に異常なし……"
"水晶体に白濁を確認……"
私はロザリーの目を治すことを決めたのであった
暫くするとロザリーが目を覚ます
「ロザリー私が誰か分かるかい」
私の問いかけにロザリーがぼんやりとした表情で答える
「マノンさん……なの……」
「えっ……私、目が見えるの……」
ロザリーは何が起きているのか分からないでいる
「ロザリーっ!!!」
息を吹き返したロザリーにエレオノールは絶叫すると駆け寄り抱きしめる
「ああ……神よ……」
信じられない現実にエレオノールの目から涙が溢れ出す
「マノンさん、感謝のしようが……」
エレオノールがマノンのいた方に振り向くとそこにマノンの姿はなかった
「えっ……マノンさん……」
エレオノールは辺りを見回しマノンを探すがどこにも見当たらない
マノンは認識疎外の魔術を発動し玄関先でロザリーに異常がないのを確認するとそっと家を出ていくのであった
亜麻の詰まった大きな荷物を背負い、腰に燻製肉を吊るした格好はまるで盗人のようであるのだが……
肩に乗っかったパックがこちらを向くと爺の呆れたような声が聞こえてくる
「やっぱり……お前さんはかわらんの」
「お前さんは、これからも大陸中の病人を治して回る気なのかのう」
しかし、爺の呆れた声はマノンにはそうは聞こえなかった
「それもいいかもね……」
私は躊躇うことなく笑いながら言う
「はぁ~」
爺の困ったようなため息がマノンの耳元に聞こえてくる
エレオノールとロザリーが玄関先で遠くの晴れ渡った空を眺めている
「空ってこんなのだね……」
「お母さんってこんな顔なんだ……」
初めてハッキリと見えるもの全てがロザリーには新鮮だった
遠くを見つめぼんやりとしているエレオノールにロザリーが話しかける
「お母さん……後10歳若かったら……」
「とか考えてるんでしょう……」
ロザリーの言葉にエレオノールがビクッとすると、その顔が引き攣る……
ロザリーの言っている事は図星だったからである
「大丈夫よ……お母さんの志は私が引き継ぐから」
「私……いっぱい、いっぱい勉強して王立アカデミ-に行くね」
「そして……その……マノンさんの……」
ロザリーは真っ赤になるとそれ以上は何も言えなかったのだった
生れて初めてハッキリと見た人の顔がマノンだったのである……
生まれたばかりの雛の如くロザリーの心は一瞬でマノンのものとなっていたのである
そんなロザリーにエレオノールは微笑ましく思うのであった
それから4年後、ロザリーは王立アカデミ-の門を潜る事となる
元々、好奇心旺盛な事もあり物凄い速さで知識を吸収したのである
そして……もう一つ、マノンの残した置き土産……
それは、亜麻の茎から繊維を取り出し糸を紡ぎ布にするまでの全ての工程とその手法を書き記したマノンの置き手紙である
これにより、リドウの村はリネン(亜麻布)の一大生産地として発展し繁栄する事となるのである
泥の凸凹道は石畳となり藁ぶき屋根は瓦葺きに村の人口は数十倍になり立派な町となり、村人たちの所得は倍増することになる
更に、50年後にバイユーの金鉱脈が掘り尽くされた後には仕事を失った鉱夫達の生活の糧となるのである
亜麻布の製法を村に伝えたエレオノールは村の長となり、人々から慕われるようになっていた
そして、町の広場にはマノンの最も恐れるものが……そう、銅像である
しかし、その銅像は今迄のものとは違っているのであった
寝そべった少女の目に右手を当て左手には書を持っている
その傍らには亜麻の茎を束が置かれている……
そして、台座の碑文にはこう刻まれている
"我ら、子々孫々
未来永劫この事を忘れず"
この銅像は事実を伝えるための記念碑だったという事である
第127話 ~ 平原の村 ➁ ~
終わり