第121話 ~ 異変 ➇ ~
第121話 ~ 異変 ➇ ~
序章
春を迎え暖かい日差しが差し込むようになったシラクニアの都市スクラ……
「ルメラ達は向こうで楽しくやっているようだな」
手にした手紙を読んでラッセルが笑う
「そのようでございますな……」
そう言うとその横でアスラクも同じように微笑んだ
ルメラ達は定期的に本国に報告書のような手紙を送っているのである
当然、手紙の内容はゲルマニア帝国の検閲済みである
「それはそうと、ゲルマニア帝国の連中の要求はどうだった」
そう言うとラッセルは急に表情を険しくした
「はぁ……それが、今のままでよいとの事です」
アスラクが意外そうな表情で言う
「そうか……」
「大賢者殿に感謝だな……」
そう言うとラッセルは遥か遠くの南の地、ガリアのある方角を見つめるのであった
そんな、ラッセルにアスラクが言い難そうに
「ルメラ様達は楽しくはくやっているようですが……」
「その……何と申しますか……」
アスラクは途中で口籠ってしまう
「ガハハハハーーーっ!!! 」
口籠ってしまったアスラクをみてラッセルが笑う
「まぁ……こればかりは、なるようにしかならんだろうな」
ラッセルはアスラクの方を見ると打つ手なしと言う口調で言うのだった
ラッセルが"大賢者殿に感謝する"と言ったのはゲルマニア帝国が"大賢者の呪い"を恐れ今期から大幅に増えると予想していたシラクニアに対する上納品の要求量が全く増えていなかったからである
ゲルマニア帝国の重鎮たちは、実際に大賢者の持つ超常の力をその身をもって経験している上に既にイベリア王国のカデーナ王朝の末路も伝わっており、歴史的にも大賢者伝説もあるため"大賢者の呪い"を本気で信じている者も多いのである
そして、それ以外にもう二つ……"北国病"の撲滅と"泥炭とストーブ"によるシラクニアの冬季国民生活の劇的な向上である
その他にも、入浴施設、肌荒れの対策薬、午後のティータイムに赤いスープ等々と冬季のシラクニア国民の生活習慣そのものを変えてしまったと言ってよいのである
その上に剣の腕は超一流、見てくれの良さに親しみやすい気さくな性格もありシラクニア国民からは老若男女問わずその人気は絶大なのである……
しかし、当事者のマノンも爺もそんな事など全く気にもしてはいない
その国の国民生活が劇的に向上すれば国民の大きな支持を得るのは、この世界でも同じなのである
ルメラがマノンと"交わり"その子を授かる事を国民が望んでいるのも当然の事であり、今回の王立アカデミ-への留学も国民の多くは賛同しての事である
だか、これはあくまでも表向きであり、本当はシラクニアという国の国家保障上の観点からの"大賢者の御威光"にあやかろうというのが今回のルメラ達4人の王立アカデミ-への留学を画策したアスラクの本当の目的なのである
当然、アスラクとしては不本意な事なのであるが国の事を思えば已む無しと割り切っての事である
当然、そんな裏事情はルメラ達4人の知った事ではない……ルメラ達4人は純粋にマノンの子が欲しいだけなのである
第121話 ~ 異変 ➇ ~
「ああ~良く寝た~」
ベッドから体を起こすと大きな伸びをする
"胸が大きいと……寝苦しいんだな……"
"仰向けでもうつ伏せでも寝苦しい……"
"横向きが一番楽だった、胸が大きいと大変なんだな……"
"レナはもっと大変なんだろうな"
胸が大きくなっては初めて分かる大変さに気付き、私は心の中でしみじみとそう呟くと見事に成長した胸を両手で持ち上げる
"やっぱり、全く小さくなってないや……"
"爺の薬はいつぐらいになったら効果が出るんだろう"
自分の胸の大きさを確認するとベッドから起き上がる
部屋の隅ではパックが止まり木に止まったままで寝ている
一時的に、爺の自信作"秘薬・寸胴貧乳の素"を一口飲んで気を失ったマノンであったがベッドに入った後は、いつものように熟睡しているのであった
"爺もまだ寝てるし……朝風呂にでも入るかな……"
私は休憩室を出ると温泉へと向かう服を脱ぐと鏡の前に立ち体に異変がないかを隅々まで確認する
"何処も昨日と変わってないや……"
そう呟くと温泉に入る
「はぁ~」
「今日は、アカデミ-に戻らないとな……」
「レナにも事情を話さないといけないし……」
などと独り言を言っているとパックが飛んでくる
「どうじゃ、体の具合は……」
爺の声が聞こえてくる
「体の調子はいつも通りだよ」
「胸の大きさは変わらないけどね……」
パックの方に振り向くとお湯に浸かったまま答える
「そうか……効果は無いか……」
「あの薬は"秘薬・ナイスバディの素"の効果を中和する物じゃから」
「その内に効果が出てくるとは思うがの……」
爺は少し自信なさそうな口調である……
私は温泉から上がると朝食を取り王立アカデミ-へと帰るのであった
"なんか……凄く懐かしく感じるな……"
心の中でそう呟く……
人目を避けるために認識疎外の魔術を発動したままで、王立アカデミ-の門を潜り自分の部屋へと帰り付いた頃には昼になっていた
"お腹減ったな……学食にでも行くかな……"
私は認識疎外の魔術を解除すると部屋を出る……
パックは部屋に残ってオウムの餌を食べている
すれ違う生徒が少し不思議そうな表情で私を見ているのが分かる
"まぁ……無理も無いか……"
などと思いながら久しぶりに王立アカデミ-の昼ご飯を頂くのであった
"腹も肥えたし……"
"レナに話さないといけないな……"
それにしても……
なぜか……凄く注目されているような気がする
少し違和感を持ちながらも学食を出ると迎賓寮へと足を運ぶ、レナはこの頃よくルメラ達とお昼を一緒にしているからである
迎賓寮の前で偶然にレナと鉢合わせする
「マノン……」
私を見つけてレナは呆然と呟いた
「ただいま……レナ……」
そう言うと私はレナに微笑みかける
「少しいいかな……」
私がレナに問いかける
「うんっ! いいよっ!!」
レナは嬉しそうに答えた
認識疎外の魔術を発動すると二人で魔法工房へと向かう
「ここに来るのは久しぶりね……」
「約束、覚えててくれてたんだね」
レナはそう呟くと私の方を見て微笑んだ
「うっ……うん」
私は少し詰まったような返事をする
「忘れたてでしょう」
私の嘘を一瞬で見抜いたレナが少し不機嫌そうに言う
「ごめんなさい……」
私は素直に謝るのであった
レナの目的は、本と温泉なのは私にもよく分かっている
マノンは気付いていないが、レナ本人には他にも目的があるのであるが……
レナは魔法工房の図書室に入ると慣れた手つきで手際よく読みたい本を集めていく、既にこの図書室の蔵書の中で自分に興味のある書物が何処にあるのかを完全に把握しているのがわかる
"話は読書の後でいいかな……"
楽しそうに分厚い本を抱きかかえるようにしているレナを見て私は呟くのであった
読書に没頭するレナを図書室に残したまま私はその奥の魔法書庫へと入る
私にも調べたいことがあったからだ、それは"南極大陸のアル・マーノス共和国"についての事である
魔法書庫には"大氷河期"以前の情報が多く保管されており、その中には必ずアル・マーノス共和国の情報もあると思ったからだ
魔法書庫に入ると魔術の"魔法の書"の石板が保管されている棚の奥に別の"魔法の書"の石板が多く保管されている
私は、それらがの石板が歴史書であることを以前から知っていた
数百はある石板から目的のアル・マーノス共和国の記述を探し出すのは一苦労だと思う
(満杯状態の16TBのハードディスクからファイル名の分からないファイルを一つづつ探し出すようなものである)
"さてと……探しましょうか"
既に心が折れそうな私は自分で自分に言い聞かせるように呟くとずらりと並んだ石板を手にする
少しづ休憩しながら石板に記録された旧世界の歴史を紐解いていくと、ゲルマ帝国とアル・マーノス共和国の間にもごく少人数であるが行き来があったことが分かる
この一部の人々は自国に戻ることなく定住した者もおり、互いの魔法技術の向上に貢献した事、互いに交わり混血の人々もいたことなどである
悲しい史実として、時代や世相により両国では混血児がその異なる容姿から差別や迫害を受ける事があり一部の人々が難を逃れるためにこの大陸(三つの島)に逃げるように移り住んだことも記録されていた
今日、この大陸に住む黒髪や銀髪の人々はその子孫である可能性が高いとされる
ゲルマ帝国は地理的に極部に近く気温が低く、そこに住む人々は背が高く肌は白く髪の毛は金髪であり、食生活は小麦でパンを焼き酪農と畜産で得た乳製品と加工肉が主であり海藻や魚介類も食していた
ワインとビールをこよなく愛する民族であったようで、食習慣は今日の大陸の人々とほぼ同じ趣向であったことが分かる
一方のアル・マーノス共和国はやや極部から赤道よりであったため比較的気温が高く、そこに住む人々は背が低く肌は褐色で黒髪であり、食生活は水稲と魚介類と野菜を中心としており肉を殆ど食さなかった
ワインやビールは存在しなかったが、穀物や雑穀を発酵させた酒を作り飲んでおり酒の種類はきわめて豊富であった
魔力変換炉の遺構にあった大きな甕はワインではなく魚醬や穀物酢などの調味料の保存用か穀物・雑穀酒の発酵・熟成用の甕であることも分かった
両国の酒の製造法の詳細な情報の記録も見つかり、何故か極めて詳しく子細が記録されているのであった……
寿命はアル・マーノス共和国の人々の方が長くゲルマ帝国の平均寿命の65歳前後に対して80歳前後と15年以上長かった
その差は、食習慣に起因することは明らかであると記載されていた
断片的であるが、少しずつ旧世界に関する情報が集まってくるのであった
3時間ほどが過ぎた頃には首と肩に今までに感じた事のない倦怠感を感じるようになる
"疲れてきたのかな……"
"今日はこのぐらいにしておこう……"
私はそう呟くと首をコキコキすると"はぁ~" というため息が自然と出るのであった
そう……マノンが今までに感じたことのない首と肩の倦怠感は"肩凝り"である
その原因は何なのかマノンには分からなかった
マノンは石板を棚に戻すと魔法書庫から出て図書室へと向かう、予想通りレナが本に囲まれて読書に没頭している姿が見える
「少し休憩しなよ」
レナは私の呼び掛けに軽く頷くと素直に本を閉じる
「温泉に行かない」
私の誘いにレナが少し躊躇っているのが分かる
「着替えがないのよ……」
レナが少し困ったように言う
急にここへ来たので用意していなかったのである
「大丈夫だよ……」
「下着は無いけど服ならあるから」
私の言葉に安心したのかレナが椅子から立ち上がる
温泉に着くとレナは何の躊躇いも無く服を脱ぎ裸になる、その横で私は少し困っていた……
「どうしたのマノン、早く温泉に入ろうよ」
レナが服を脱がずに立ち尽くしている私に話しかける
「あの……その……」
「何といいますか……」
答弁に困った政治家のような私にレナが首を傾げる
「じつは……レナに言わないといけない事があるんだ」
私はそう言うと服を脱ぎ始める
「えっ……何なのそのグルグル巻いた布」
レナは不思議そうに私を見ている……そして、布を取り終えると豊満な胸が露になる
「……」
私の見事な胸を目の当たりにしたレナは凍り付いた表情でただ茫然としている
そして、震える手で私の胸に両手を伸ばすとこれは現実なのかと言わんばかりに私の胸をグニュグニュと揉み始める
「あっ! ちょっとくすぐったいよ」
私が胸を隠すようにするとレナは正気に戻る
「ぃぃぃぃぃぃったい、どうしたのよそれっ!」
「もしかして……女子に戻っちゃったの……」
そう言うとレナはその場にへなへなとへたり込み呆けたように私の胸を見ている
「アハハハ……」
レナは力のない声で笑う……この笑い声は絶望感に満ちていた
「あの……レナ……」
「大丈夫……」
レナのあまりの落胆ぶりに少し焦る私
"私の人生設計が……"
レナは何かに取りつかれたようにブツブツと独り言を言っている
「そんなところで座っていないで温泉に入ろうよ」
私はそう言うと下の服も脱いで裸になるとレナの視線が私の股間に釘付けになる
「えっ……」
レナは小さな声を上げると目をパチパチさせ私の股間にサッと右手を伸ばしたかと思うとアレを鷲掴みにした
「うっ!!!」
私は、いきなり股間を鷲掴みにされて呻き声を上げる
「痛いよっ! レナっ!!」
私の苦痛の声にレナは慌てて股間から手を離す
「ごめんなさい……」
「私ったら……でも、どうなっているのこれ」
レナは私の胸と股間を交互に見ながら戸惑ったように言う
「じつは……」
私は、今まであった事やこんな体になってしまったことの経緯を詳しくレナに話すのであった
因みに、"胸を大きくしたくて怪しい薬に手を出した"という事は恥ずかしくて言う事が出来なかったマノンであった
「それじゃ……女子に戻たんじゃなくて」
「胸が大きくなっただけなのね」
「体そのものは男子のままなのね」
そう言うとレナはホッとしたような表情になる
"だったら、いいのよね……"
レナは小さな声で何か言ったようだが私には聞き取れなかった
2人で温泉に浸かっていると頻りにレナは私の胸を気にして見ているのが分かる
「そんなに気になる」
横目で私の胸を見ているレナに問いかける
「まっまぁ……なんて言ったらいいのか」
「胸の大きなマノンに凄く違和感があり過ぎて……」
レナはこれが現実なのか信じられないような口調で言う
「だって……マノンの胸がおっ……」
レナはハッとすると途中で言うのを止めたが、レナが言おうとしていたことに何となく察しが付く私であった
「これは、一時的なものだから」
「その内にへっこんで無くなっちゃうってじっ……」
「パトリックさんが言ってたから」
私がそう言うとレナはにっこりと微笑んだ
温泉から上がると二人で保存食を食べる
それから、王立アカデミ-へ帰るはずであったかのだが……
素直にレナが引き下がるわけがない
"流石に、こんな体の状態ではちょっと……"と言う私の意向などそっちのけで、結局は魔法工房にお泊りすることになってしまうマノンであった……
第121話 ~ 異変 ➇ ~
終わり